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全人代「中国の国防費」は脅威か――狙いは台湾統一

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
北京政府が台湾の国土の上にも翻させたいと思っている「五星紅旗」(写真:ロイター/アフロ)

 今年の中国の国防費は7.5%増(約20兆円)となった。来年の台湾総統選に備え、独立派を抑制する狙いがあるが、アメリカの軍事力には及ばない。中国の言い分と脅威の程度、そして日本の取るべき姿勢を考察する。

◆中国の言い分

 3月5日午前、李克強首相による政府活動報告が終わると、午後からは全人代(全国人民代表大会)に提出された2019年の予算審議が始まった。その予算案によれば、今年の国防費は1兆1898億元(19兆8,500億円。約20兆円)で、前年比7.5%増となる。昨年の8.1%増よりも下回る。

 これに関して全人代のスポークスマンである張業遂報道官は、以下のように述べている。

 ――中国の国防費を縦軸で見ると、2016年までは5年連続の2桁台の成長だったが、2016年以降は1桁台に下がっている。横軸で比較するならば、中国の国防費の対GDP比は昨年約1.3%で、同期の一部の先進国は2%以上だった(引用はここまで)。

 張報道官が言うところの縦軸というのは、中国自身の国内における定点推移という時間的変化のことで、横軸というのは、時間を止めたときの国際社会における比較のことを指す。

 たしかにスウェーデンのストックホルム国際平和研究所が昨年(2018年に)まとめたデータによれば、2017年における軍事費規模世界トップ10の軍事費の対GDP比(%)の平均は約3%で、2017年の中国のGDP比(1.9%)は、世界平均よりも下回っている。同様に、2018年における「一部の先進国」では、たしかに2%を超えており、中国はGDP規模が大きい(分母が大きい)分だけ、「GDP比」となると今年は「1.3%」と、かなり小さくなっているのは事実だ。

 中国では、3月15日まで全人代が開催されているので、毎日のように中央テレビ局CCTVで全人代のための特別番組を組んでいる。現状を紹介し、記者会見なども踏まえながら、3月11日(再放送かもしれない)、国防費に関して女性の解説委員が次のように言っていたのが印象に残った。

 すなわち、「世界は中国の国防費の増加に関して異様なほどの強い関心を持っているようですが、実際、世界トップ10の国防費の規模を考えてみてください。トップのアメリカ1ヵ国だけの金額が、残り9ヵ国すべての軍事費の合計と同じか、時にはそれよりも大きいんですよ」と、やや自嘲気味に解説したのだ。

 調べてみると、ストックホルム国際平和研究所の2018年データ(2017年の集計)によれば、たしかにアメリカ1ヵ国で6100億ドルで、アメリカを除く世界トップ10の内の残り9ヵ国の国防費総計は6615ドルと、ほぼ6100億ドルに近いと言えば近い。

◆法外な昨年のアメリカ国防予算

 解説委員は続けて、アメリカの「2019会計年度(2018年10月~2019年9月)の国防予算」が如何に法外なほど高額なものであるかに関して解説を始めた。

 「アメリカの国防費は7160億ドルで、過去9年で最大規模になりました。それに対して中国の国防予算は、わずか1776億ドルに過ぎません。アメリカの4分の1でしかない。だというのに、特に日本などは何を騒ぐのでしょうか」と強調した(7160億ドルは約78兆円)。

 たしかに3月4日、全人代開幕前に全人代の張業遂報道官が記者会見を行なった時、ブルームバーグの記者が「中国の国防費が拡大を続けている。アジア太平洋の一部の国は、これが脅威になるとし懸念している。それから日本などの国は、中国の軍事費の透明度について懸念を示した」と切り出しながら質問している。日本語に翻訳されたページ<全人代報道官、中国の軍事費に関する日本などの懸念にコメント>があるので、こちらでご確認いただきたい。

 なぜブルームバーグの記者が日本に関する例を挙げながら質問したのか、やや奇異にも思うが、アメリカの新聞記者にも、中国の軍事費に対する日本の世論が際立って見えたのだろう。

 解説委員は続けた。

 「おまけにアメリカは、『一つの中国』という大原則を侵して、国防権限法に台湾への武器供与を強化する方針を盛り込んでいる。これは米中国交を正常化したときの約束に違反します!」と語気を荒げた。

◆建国70周年記念と台湾統一

 中国の最大の関心事は、まさにここにある。

 特に今年は中国(中華人民共和国)建国70周年記念だ。

 1月6日付のコラム<「平和統一」か「武力統一」か:習近平「台湾同胞に告ぐ書」40周年記念講話>で書いたように、習近平国家主席は今年1月2日、「台湾同胞に告ぐ書」発表40周年記念で講話し、2020年の台湾総統選に向けて「一国二制度」による平和統一を選択しない限り、武力統一もあり得ると脅した。武力統一というのは胡錦濤政権時代の2005年に全人代で採決された「反国家分裂法」を指す。

 「台湾同胞に告ぐ書」は改革開放を宣言した翌年の1979年1月1日にトウ小平が発表したもので、その日はちょうど、米中国交正常化が正式に成立した日でもあった。

 そのアメリカが、今では中国(大陸)に敵対し、台湾を応援しようとしている。そのことに対する中国の対米警戒心は尋常ではない。

 来年には台湾総統選がある。

 CCTV4(国際チャンネル)のお昼のニュースでは、全体が40分から45分程度の長さのニュースの中で、毎日10分から15分ほど台湾現地からのニュースに割くほど力を入れている。いかに「一国二制度」を基軸にする「92コンセンサス」を認める国民党が優勢であるか、いかに蔡英文総統が率いる台独(台湾独立)を唱える民進党が劣勢であるかを追いかけて、しつこく報道しまくる。特に台湾の経済界や青年たちは中国大陸の方にしか関心がなく、いかに蔡英文が孤立しているかを強調しているのである。

 そのため台商(台湾商人)には大陸における特別の優遇策をさらに強化し、台湾青年を大陸に招いて勉学させるなど、あの手この手で勧誘している。

◆日本に安保対話を求めた蔡英文を蹴った日本

 このことは日本と無縁ではない。

 今年3月に入って、蔡英文は日本のメディアの取材を受けて「日本と安保問題に関して対話をしたい」という期待を述べたという。3月3日の台湾メディア(中央社)が伝えた。  

 一方、3月2日の産経新聞の<蔡英文総統、日本に安保対話要請 本紙インタビューで初明言>によれば、どうやらその「日本のメディア」は産経新聞であるらしい。

 中国(北京政府)からのプレッシャーが強まる中、蔡英文としてはアメリカが「台湾旅行法」などで台湾とアメリカの政府高官を含めて行き来する自由を認めるなど、台湾に対する融和策を進めているので、きっとアメリカの同盟国である日本も、同じように対応してくれるにちがいないと期待したのだろう。

 ところが3月8日に開かれた記者会見で、産経新聞の力武記者の質問に対して、河野外務大臣は「日本と台湾との関係は,非政府間の実務関係を維持していくというので一貫しておりまして,この立場に基づいて適切に対応してまいりたいと思います」と述べたようだ。外務省のホームページの中の<河野外務大臣会見記録>が伝えている。

 これら一連の流れに関して「中国台湾網」は<“安保対話”一方的な願望 蔡英文、又もや日本に恥をかかせられた>とせせら笑っている。河野大臣の「日本と台湾との関係は,非政府間の実務関係を維持していくというので一貫しておりまして」というフレーズは、「拒絶」の意味でしかないという解釈だ。

 河野大臣の回答を待つまでもなく、昨年10月26日に習近平国家主席と会談した安倍首相は「一つの中国」を強力に謳っている「四つの政治文書の原則」を厳守すると習近平の目の前で誓ったのだから、安倍首相は「台湾は中国の一部にすぎない」と宣言したようなものだ。

◆それでも中国の国防費が脅威なのか?

 もし、中国の国防費が日本にとって脅威だというのなら、せめて蔡英文の切なる願いを温かく叶えてあげるような対応をしてほしい。アメリカには出来て、日本には出来ない理由はどこにあるのか?

 日本は第二次世界大戦における敗戦国だからなのか?

 だから、いつまでも中国の顔色を窺いながらでないと行動できないのか?

 それとも、経済的に強くなった中国には、平身低頭していないと、日本の経済が成り立たないと思っているからなのか?

 中国を経済大国にのし上がらせたのは日本だ。

 1989年6月4日の天安門事件で経済封鎖をした西側諸国の制裁を最初に破ったのは日本であり、1992年10月には天皇訪中まで実現させて、日本は中国に経済繁栄のきっかけを作ってあげた。あの時も中国はまず日本の経済界を動かした。

 そして今、3月11日付のコラム<全人代「日本の一帯一路協力」で欧州への5G 効果も狙う>に書いたように、アメリカを追い抜こうとしている中国の背中を、日本は「やさしく」押してあげている。

 そんな日本に、「中国の国防費は不透明だ」とか「中国の国防費の増大は日本に脅威だ」などと言う資格が、どこにあるというのだろう。

 結論的に言えば、中国の現在の軍事力は、アメリカに遥か及ばないので、中国は戦争を仕掛けてきたりはしないだろう。中国が台湾を軍事攻撃すれば、アメリカが黙っていないからだ。現状では、中国はアメリカの軍事力には絶対に勝てない。

 但し、ハイテク分野では違う。

 習近平の国家戦略「中国製造2025」を達成して、アメリカを超える「危険性」を孕んでいる。それは、実際には起きないであろう火を噴く戦争よりも、実は恐ろしい。実現性が高く、目に見えない形で迫ってくるからだ。

 その中国に手を貸しているのが日本だ。

 これに関しては警鐘を鳴らし続ける。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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