夫婦げんかは見せた方がいい! 『新ニッポンの父ちゃん』に学ぶ、「イクメン」登場後の子育て
共働き世帯の増加に伴い、家事・育児の分業や、父親が育児に関わることのメリットについて言及されることが増えた。「イクメン」という言葉の認知も広がり、実際に育児や家事に携わる男性も増えている。5月20日に発売されたコミックエッセイ『新ニッポンの父ちゃん~兼業主夫ですが、なにか?~』(主婦の友インフォス情報社/絵・アベナオミ/1080円)で、自身の兼業主夫体験をまとめた杉山錠士さんも、ここ数年で育児現場に男性が増えたことを感じているひとりだ。杉山さんに、男性が育児に関わることについて聞いた。話は共働き家庭のあり方や、育児論にも及んだ。
杉山錠士さん……1976年生まれ。1997年からラジオやテレビの放送作家として活躍。10歳の長女なっちゃん、2歳の次女たまちゃん、デザイナーとして働く妻あやこさんと4人暮らしで、結婚後から家事・育児を分担。2008年頃から本格的に「兼業主夫」としてフリーランスの仕事と両立しながら育児家事全般を担当。長女の通う小学校でPTAを務めたりパパ会を主催したりするほか、NPO法人ファザーリングジャパンの活動にも参加。仕事と家事育児に追われる傍ら、2012年からは飲食店「旗の台BAL Cero」を経営。
■「イクメン」という言葉について思うこと
――『新ニッポンの父ちゃん』では、長女なっちゃんのときの乳幼児検診(2004年)の際には会場で男性が杉山さん1人だったのに対し、次女たまちゃんのとき(2012年)にはパパ率が20%ぐらいに増えていたという実感を書かれています。ここ10年近くで、育児を行う男性は増えたと感じていらっしゃいますか?
杉山さん:非常に感じますね。それは周囲の対応を見ても感じます。長女のときの検診では、女医さんや保健所の方に気を使われたり、「どうしたんですか?」「お母さんは?」と言われたり。「(子どもの)普段の様子はわからないですよね?」と言われたりもしました。でも、次女のときは「イクメンなんですね」「普段から見てるんですか?」など、普通に接してもらえて楽でしたね。本にも書いたように、男性の姿が多かったのも印象的でした。ぼくはフリーランスなので普段着ですが、スーツ姿、ワイシャツ姿のパパもいましたね。
――「イクメン」という言葉の効果はやはり大きかったのでしょうか。
杉山さん:そうだと思います。ただ、本当の理想は「イクメン」という言葉がなくなることですよね。男性が育児をすることが当たり前であればわざわざ「イクメン」という言葉は必要ない。最近は「ワーキングマザー」という言葉を耳にすることが以前より減ったように、いつか「イクメン」という言葉も聞かなくなるといい。以前、「父親がベビーカーを押しているだけで『いいパパね』と言って変にもちあげられるのは困る。逆セクハラでは?」という海外のニュース記事がありましたが、そうだよなあと。
――私は昨年、「横浜市「ゼロ達成」の裏で激増する潜在的待機児童」(ダイヤモンドオンライン/2013・6・7)という記事を書いたときにも杉山さんに取材しました。当時、杉山さんが「イクメン」という言葉があまり好きではないと仰っていたことを覚えています。
杉山さん:周囲の男性ではぼくよりももっと反発している人もいましたね。「イクメン」と呼ばれる場所には絶対行かないとか。なぜかといえば、イクメンと言われるほど奥さんの立場が悪くなるから。それに、なんだか「小バカにされているのでは?」という気持ちもありますよね。見下したようにこの言葉を使う人もいるし、それにこちらはブームに乗っかるような軽い気持ちで育児をしているわけではないですから。でも、その後少し心境の変化がありました。
――変化とは?
杉山さん:時間が経って考えが熟成したというか。父親同士で話したりするうちに、「周囲からのいろいろな圧力や批判や好奇の目は、いわゆるウーマンリブと言われる時代の女性の方がキツかっただろうね」とも思うようになりました。「イクメン」はまだ、「頑張ってるね」とほめられることも多い。ほめられることはうれしいですから。だから以前より、「イクメン」という言葉を受け入れられるようになりました。
■自分の時間をつくる、「自分中心」の子育て
――ご著書の中で、杉山さんが奥さんのあやこさんに「自由な時間がほしい」と言い、「私が会社に行っている間が十分自由な時間じゃろー!」と言い返される場面があります。「自由な時間がほしい」というのは、兼業主婦や専業主婦の方に取材していても聞く悩みです。以前、2人の子どもを育てる専業主婦のお母さんの1日に密着したことがあるのですが、確かに自由な時間はないなと思ったのを覚えています。
杉山さん:ぼくはフリーランスなので、確かに時間通りに会社に行く必要はありません。でもだからって「あそこのランチおいしかったよ」って言ったら「ヒマだったんだね」と思われるのは違う(笑)。結局、妻は妻で「家にいるんだからヒマな時間あるでしょ」って思っているし、ぼくはぼくで「会社に行ったって、全部が全部拘束されているわけではないはず」と思う。お互いに「自分の時間ぐらいあるでしょ」って思っているんですよね。でもなぜ本人は自分の時間がないように感じてしまうのかといえば、「今、自分は自由」と思っていないから。意識的に自分の時間をつくるようにしないと自由にならない。だから、「~~をするために、やりくりして時間をつくろう」と意識的に思って時間をつくらないと、自由な時間は生まれないんです。
――「家事を10分以内で終わることとそうでないことに分けて片付ける」など、時間の使い方についてのノウハウも面白く感じました。
杉山さん:家事・育児はやろうと思えばやることは無尽蔵にあります。理想を追い求めればきりがないけれど、仕事と両立したり、自分の時間をつくろうとするならそれなりのやり方がある。また、ぼくは子ども中心に時間を使うのではなく、自分中心に、という気持ちでいます。
――自分中心?
杉山さん:何でも子どものペースに合わせたり、子どもを優先したりしていると子どもは勘違いします。もちろん親としての責任は果たしますが、子どもは神様じゃないですから、親の都合を説明して親のペースに合わせて行動してもらう。こうするのは自分の子どもの頃の経験があります。ぼくは3人兄弟の末っ子ですが、子どもの頃から父や兄たちのペースについて来れたらついて来い、という家だった。大人たちの遊びの集まりに放り込まれたり(笑)。でもそうすると、子どもは自分でそこについていこうとする。大人たちが自分に合わせてもらうのに慣れていると、成長の機会をひとつ失ってしまいます。
――なるほど。
杉山さん:それから、子どもが「やりたい」と言ったことはやらせません。ぼくが料理をしていると長女は「それやってみたい」と言うけれど、やらせない。
――えっ、逆ではないんですか?
杉山さん:「やりたい」と言ってすぐに「じゃあやってごらん」と言ってやらせると、子どもはすぐに飽きてしまう。「これは大人しかできないことだからダメ」と言っていると、子どもは「やりたい」という気持ちが強くなるので交渉するようになるんです。「~~までならできるからやらせて」とか。そこまで自分で言うと、「じゃあやってごらん」と言ったときにすごく喜ぶし、簡単に投げ出さない。
――簡単にやらせないことが、挑戦意欲につながる場合もあるんですね。
杉山さん:面白いんですが、最近長女から「パパはやりたいって言ったことは、大体やらせてくれるよね」って言われたんです。ぼくは自分ではやらせていないつもりだったのでそう聞いたら、「でも、やらせてくれないことには理由があるからでしょう」って。夏休みはよく大勢でバーベキューをするのですが、去年のバーベキューでぼくが魚をさばいているのを見て長女と友達の女の子の2人が「やってみたい」と言ったんです。「1回だけさばき方を教えてくれれば覚えるから、やらせてほしい」と。だから1回教えてやらせてみたら、割とスムーズにこなしていました。子どもはすごいですよね。
■夫婦げんかは見せた方がいい
――『新ニッポンの父ちゃん』の中では、一時は離婚も考えたほど夫婦げんかも絶えなかったことも書かれています。私の両親も共働きだったのですが、けんかばかりで、子どもの頃にそれがとてもイヤでした。私は共働き家庭を応援したいという立場ですが、共働きだと、どうしても夫婦ともに時間の余裕がなくなり、それが理由でけんかが増えるのであれば悲しいな……とも思っていて、その部分に少し葛藤があります。
杉山さん:共働きだからけんかになる要素が多いのは間違いないと思います。2人とも社会に出ていて、お互いに自分の仕事がある。その分、家庭の中で話し合わなければいけないこと、調整しなければいけないことは多いし、夫も妻も自分の意見を言わなければ成り立たない。だからときにはけんかにもなります。ただ、これは育児教育ジャーナリストのおおたとしまささんにも言われたことなのですが、「夫婦げんかは子どもにも見せた方がいい」ですよ。見せないよりいい。
――見せない方がいいのかと思っていました……!
杉山さん:正確に言うと、けんかをして、仲直りをする様子まで見せるべきなんだそうです。それが大事。夫婦が「けんかしたくないから」という理由でお互いに意見を言わないのはよくないし、けんかを始めた瞬間に、子どもを他の部屋に行かせたり、というのもよくないです。けんかから仲直りまでを見ることで、子どもは「言葉ひとつで相手を怒らせてしまうことがある」ことを学ぶし、けんかをしても人と人は言葉で仲直りできることを学びます。「主張したい内容は正しいけれど、言い方が間違っている」ということってありますよね。そういうことも、両親の関係、もしくは親と子どものやり取りで学ばせるべきだと思います。
――その後、けんかは減りましたか?
杉山さん:そうですね。夫婦の関係にしても親子の関係にしても、想像通りにいくことはない、ということがわかると、受け入れられるようになってくる、と思います。
――現在も育児の途中ですが、育児から学んだことは、どんなことですか?
杉山さん:これも同じですが、「どんな相手も2人といない」ということですね。育児書やマニュアルにあることは、大体の目安にはなるけれど、当てはまらないことも多々あります。育児書をにらめっこするよりも、自分の子どもをちゃんと見ないといけない。『新ニッポンの父ちゃん』を読んだ人や周囲の友人に「杉山さんはすごくお子さんや奥さんのことを見てますよね」って言われるんですが、見ていないと育児も家事もできないですよ。「自分の子どもはこういうタイプなんじゃないか」と、既存のタイプに当てはめてしまおうとすることって多いと思うんです、その方が理解できたような気持ちになるから。でも、想像通りになることなんてないです。奥さんについても同じ。
――長年一緒に暮らしてもわからないことがある……?
杉山さん:わからないところしかないですよ。わかった気になれば裏切られる。秒単位で子どもは成長するし、大人は劣化します(笑)。わかった気になって安心せず、常に相手のことをしっかり見ることが家庭では大事なのではないかと思います。
――ありがとうございました。
子育て中の人や教育に携わる人からよく聞く言葉のひとつが、「多様性を理解できる子どもになってほしい」というもの。杉山さんの話を聞いて、家庭の中で母親だけが子育てをするのではなく、父親が積極的に関わることは、家庭の中で学べる最初の「多様性」なのではないかとも感じた。性差による子どもに対する関わりの違いもあるだろうし、それ以前に母親と父親はそれぞれ一個人であり、子どもに対する接し方が違って当たり前だ。「想像通りになることはない」「どんな相手も2人とはいない」という言葉から、大人も子育てを通して、「多様性」というものを改めて知るのだと感じた。