「1987」から33年…文大統領が掲げる韓国民主主義の課題は「格差」
1987年6月は韓国の民主化実現における転換点として記憶されている。約半月にわたり100万人以上がデモに参加し、大統領直接選挙制をはじめとする民主化を勝ち取ることに成功したからだ。それから33周年を迎え、文大統領は「平等な経済こそ実質的な民主主義」と課題を挙げた。
●「6月抗争」とは
10日、「6.10民主抗争」の33周年を迎えソウル市内で記念式典が行われた。
式典が行われた民主事件博物館(2022年正式開館予定)は過去、警察庁の保安本部の「対共分室(保安分室)」と呼ばれた建物だ。1970年代から80年代にかけて、民主化運動を行った人物を連行し激しい拷問を加えた現場で、韓国市民にとっては軍事独裁の象徴であると同時に、恐怖の対象でもあった。
そして「6.10民主抗争」をはじめ、1987年6月の間続いた民主化運動「6月抗争」の引き金としても重要な役割を果たした。87年1月、学生として民主化運動を続けていたソウル大学生、朴鍾哲(パク・ジョンチョル)は、この建物に連れ込まれ拷問を受け死亡する。
警察はこれを隠蔽しようとしたが5月に天主教(カトリック)正義具現司祭団は拷問死の事実を公開、先の4月に当時の全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領が「残る任期中に大統領直接選挙制への改憲をしない(護憲)」と宣言したことと相まって、民主化を要求する韓国社会の声は一段と高まった。
そして6月9日、ソウル市内で行われたデモで延世大学生の李韓烈(イ・ハンニョル)が催涙弾を受け重傷を負い(7月に死亡)、翌6月10日にはソウルで学生、労働者、宗教人など広範な市民が参加する大規模な朴鍾哲氏の追悼式が行われ世論が沸騰した。今回の記念式はこの日に由来する。
さらに同年6月26日には6月10日よりも大規模なデモが全国で起きる。ついに6月29日、次期大統領後継者だった盧泰愚(ノ・テウ)は大統領直接選挙や言論自由化などの改憲を行う宣言を発表する。この全体の動きを韓国では「6月抗争」「6月民主抗争」と呼ぶ。軍事独裁政権から民主主義を勝ち取った現代史における記念碑的な出来事だ。
●民主化運動の歴史を継承
この日、文在寅大統領は就任直後だった2017年6月以来、3年ぶりに記念式に参加し演説を行った。平素より短めだった演説には二つのポイントがあった。
まずは「6月抗争」の意味を強調し、歴史の継承を図ったことだ。
「人間としては耐えることが難しい苦痛と恐怖と恥辱を受けた」人々が、「不幸な空間を民主主義の空間として再生させた」という言及からは、韓国の民主主義は与えられたものではなく闘いの末に勝ち取ったものであるという認識が読み取れた。
その象徴として、韓国政府は14人の民主化功労者たちに勲章と褒賞を授与した。
いずれも韓国で民主化運動に関わったことのある人ならば知らない人はいない人物だ。彼らの功績を今あえて強調する背景には、大学生の半数以上が「6月抗争」を知らないと言われる中で、ふたたび民主化運動の歴史に焦点を当てる狙いがある。
さらに「私たちはコロナを克服する過程で連帯と協力の民主主義を見せた。私たちが作った民主主義が韓国をコロナ防疫の模範国にした」という解釈には、民主主義の歴史と2020年の今を結びつける役割がある。
文大統領による3年前の演説には、新型コロナへの言及の代わりに憲法を違反した朴槿恵大統領を弾劾に追い込んだ「ろうそくデモ」があった。それをより身近なコロナに置き換えることによって、民主主義は日常の中にあるものという点を強調したのだろう。
社会、そして社会的正義に対する自発的な献身を想起させるものと言い換えられるかもしれない。
●格差の解消が課題
二つ目は、韓国の民主主義が直面する課題についての認識だ。関連する一節を引用してみる。
ここに出てくる「平等な経済」という言葉には韓国各紙も注目している。
現在、韓国で最も喫緊な社会的課題は経済格差だ。2020年3月に統計庁が発表した最新の調査では、上位20%の処分可能所得は下位20%の6.54倍となっており、微少な改善が続くものの依然としてOECD諸国のうち最低レベルにとどまっている。
やはり3年前の演説を見てみよう。「私たちの新たな挑戦は経済での民主主義だ。民主主義がご飯であり、ご飯が民主主義とならなければならない。所得と富のひどい非平等が私たちの民主主義を脅かしている」と、当時も格差の解消を強調していた。
これらの言及からは、韓国の民主主義を維持するためには格差の問題に向き合うことが不可欠であるという強い問題意識が読み取れる。
格差が広まる所にポピュリズムが入り込み、排外主義や少数者への差別が増えるという社会の悪化から、韓国だけが例外である保障はない。ネット世界を中心に、そうした言説の裾野は徐々に広がっている。
11日、韓国大統領府高官は「経済の平等」について「包容成長・公正経済」と説明した。共に成長し、大企業による総取りを防ぐというものだ。ではこれをどう実現するのか。この言葉はただでさえ共産主義を想起させ「反共」意識が強い韓国では誤解を呼びやすい表現である。
文大統領の答えは「葛藤と合意は民主主義の別の名前だ」、「私たちは葛藤の中で相生(共生)の方法を探し不自由さの中から平穏を探さなければならない。それが民主主義の価値だ」というものだった。社会的合意を作る過程がいるということだろう。先は長い。
●日本とは異なる社会
韓国の現代史は、豊富なストーリーと共に語られる特徴がある。そしてそれは、様々な立場から可能である。
例えば世界最貧国だった韓国が「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を遂げ、今や世界10位圏の経済規模を持つ国になったというものがあれば、1960年に初代大統領の李承晩政権を倒した4.19革命から朴正熙・全斗煥の軍事クーデター、1980年の5.18光州民主化運動を経て1987年に民主化を成し遂げ、2016年のろうそくデモまで「民主主義の発展」でつなげる別の視点もある。
さらに南北の分断・対立が現在進行形であることから、ドラマチックなストーリーには事欠かない。
日本社会としては「どんな見方が正しいのか」と韓国社会を評価しようとするのではなく、まずは「日本とは全く異なる現代史を歩んできた国であり市民だ」と見る方がしっくりくるだろう。
その上でなお、民主主義というものが韓国市民にとって何よりも誇りを持ち、譲れないものであるという認識を持つ必要がある。そしてその「誇り」はこの日の記念式に見られるように、事あるごとに再生産されているのである。
これを象徴するかのように、演説の締めの部分には以下のような一節があった。引用して本稿を終える。