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「ダイナミックコリア」ふたたび…総選挙惨敗で尹錫悦大統領がまず行うべき、たった一つのこと

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
4月1日、医大定員増をめぐる国民向け談話に先立ち挨拶する尹大統領。大統領室提供。

 昨日10日に行われた韓国総選挙は野党の圧勝に終わった。 

 全体の3分の2、200議席以上の獲得という「完勝」を予感させる出口調査の結果からは多少しぼんだものの、大統領に批判的な野党全体の議席は190を超えた。与党は最大野党だった前回20年の総選挙での大敗を繰り返した。

 本記事を通じ、歴史的な結果となった総選挙の中で見落としてはならない、いくつかの重要な部分を指摘すると共に、韓国社会の今後を見通してみたい。

総選挙の開票結果。筆者作成。
総選挙の開票結果。筆者作成。

 開票結果は上記の通りとなる。詳細な分析は後段で行う。

 ひとまず議席数を見ると、与党「国民の力」は衛星政党を含め108議席、最大野党「共に民主党」は同175議席、今回の選挙に合わせ結党された比例専門政党「祖国革新党」は12議席、与党から分かれた「改革新党」は3議席、最大野党から分かれた「新しい未来」が1議席、そして「進歩党」1議席となった。

◎尹錫悦大統領への強い「拒否反応」

 結果について、まずは前回との類似性を指摘できるだろう。進歩系に分類される政党と、保守系に分類される政党の獲得議席の割合はほぼ変わらない。進歩系の圧勝が続いた。

 これがどんな事を意味するのか。

 いきなり余談となるようで恐縮だが、私は何よりも有権者による保守系への「見限り」(彼らの立場からは‘限界’)を表している可能性があると見ている。前回の「180議席」も大きな衝撃として受け止められたが、今回の「約190」もとんでもない結果である。「200に届かなかった」で済む話ではない。

 1948年の韓国政府樹立から98年まで政権をほぼ独占し、その後も尹錫悦氏を含め4人の大統領を輩出するなど産業化と民主化の現代史で続いてきた保守政党は、その寿命を迎え、転換を求められているのではないかという疑いが尽きない。この点は後日、専門家による詳細な分析と共に別途触れてみたい。

・大統領選の勝利から2年、評価は一変

 韓国では一般的に、今回の総選挙の結果は「尹錫悦政権への審判」と見なされている。22年5月に発足した尹政権に対し「このままではいけない」と強く警告したという意味だ。

 10日晩、筆者が電話取材した韓国の政治学者・李官厚(イ・グァヌ)建国大学教授は「(野党が)180議席を超えるということは、(有権者が)政策的な水準で問題を提起したのではなく、国政を管理する能力がないと判断したということ」と今回の選挙結果を読み解いた。

 付言すると、日本社会ではようやく尹大統領の物価オンチを象徴する「長ネギ事件」が伝わっているようだが、これを単なる物価認識の問題と受け止めてはいけないということだ。

 つまり、尹大統領の周囲にはおべんちゃらを言う人物しかおらず、尹大統領もまたそれを見抜けないという「政権運営・管理能力の低さ」、言い換えれば「無能さ」を象徴する出来事として韓国社会では受け止められていると理解する必要がある。

 さらにこのような認識は、筆者が前回の記事でも書いたように、経済・エネルギー政策、外交・安全保障政策や南北関係、市民との意思疎通、拒否権の乱発といった多くの分野に及んでいる。

 韓国有権者の約60%が持つ尹政権への強い不満は、あちこちで常識外の方向に尹政権への「不安」に他ならない。

 選挙を前に、政治経験のない素人のまま大統領になった尹錫悦という人物への信頼が広範囲で失われていた。これが今回の選挙を通じ表面化したと見るべきだ。

 有権者であり主権者として市民が投票を通じ行動する。社会や政治の変化の激しさから揶揄する意味で自嘲的に使われることが多い「ダイナミックコリア」だが、今回はその本来の持ち味を遺憾なく発揮した形だ。

(参考記事)「ひどいにも程がある」…投開票を明日に控えた韓国総選挙を動かす‘尹錫悦はもう限界’世論の中身

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/d3f18eaaf7118aedd3269ddfbcd36b90d5e4960d

◎選挙結果のポイント

 選挙結果を受け、筆者が個人的に注目するポイントをいくつか挙げてみたい。ふたたび冒頭の表を引用してみる。

総選挙の開票結果。筆者作成。
総選挙の開票結果。筆者作成。

(1)政治の多元化・多様化の失敗

 韓国では「巨大両党」、「両党」という言葉が頻繁に使われる。保守系と進歩系を代表する「国民の力」と「共に民主党」を指すものだが、今回の選挙でも両党(衛星政党含む)が獲得した議席は全体の94.33%に上った。

 なお、驚くことに前回20年の総選挙でも両党は全く同じ94.33%の議席を獲得していた。

 これはやはり前回20年の総選挙から導入された「準連動型比例代表制」が、多様な政治勢力を政界に引き入れるという当初の目的を完全に果たせていないことを意味している。

 原因は得票数に応じて小選挙区で敗れた政党にも比例議席を補填するという制度そのものでななく、巨大両党が最大の議席確保しようと、制度を骨抜きにする衛星政党を作っていることにある。

 この「反則」が2度続いたことにより、同制度の導入における最大の貢献者であると同時に、最も同制度の恩恵を受けるとされた「正義党(現在は緑色正義党)」は獲得議席ゼロに終わり、党として再起不能に近い打撃を受けた。

 一方、この巨大政党が相手をけなし、そこから得られる反射利益を糧としてきたことで韓国における政治の発展、社会の発展が止まっていると指摘するのが、いわゆる「第三極」だ。

 前出の正義党もこれに含まれるが、今回新たにこの点を最大の解決課題とし、韓国政治の革新を訴えた「改革新党」と「新しい未来」は合計で4議席の獲得にとどまった。

 派手な結果を前に見落としがちだが、今回の総選挙を経て韓国政治はさらに硬直度を増す可能性が高い。

 なお、曺国(チョ・グク)元法務部長官率いる「祖国革新党」は第三極に含めるべきではない。同党は「共に民主党」と近いところにいる。

 筆者は9日、緑色正義党の張惠英(チャン・ヘヨン、37)議員を訪ねインタビューを行った。張議員は「産業化、民主化を経てきた韓国の次の課題は『多元化』だ」と述べた。筆者もこれに共感するものだが、その未来はさらに遠ざかった。

(2)李俊錫の当選

 改革新党の李俊錫(イ・ジュンソク、39)代表は、ソウル郊外にある京畿道(キョンギド)華城(ファソン)乙選挙区で当選した。

 現与党の代表を務め、22年3月の大統領選での勝利に貢献した同氏は、過去にソウルで3度落選しており、今回の選挙が政治家生命を左右すると見られてきた。

 同じ選挙区に共に民主党から立候補した韓国最大の自動車会社・現代自動車で社長を務めた孔泳云(コン・ヨンウン、60)氏に大差を付けられていたが、大逆転での勝利となった。

 同選挙区はハイテク工団のベッドタウンとして、有権者の平均年齢が34.7歳と全国で最も低い。地元を捨て敢えてこの地域を選んだ李俊錫氏の執念が実った形だ。

李俊錫氏の選挙事務所の外壁に掲げられた大きな懸垂幕型ポスター。10日、筆者撮影。
李俊錫氏の選挙事務所の外壁に掲げられた大きな懸垂幕型ポスター。10日、筆者撮影。

 筆者も選挙当日の10日、現地を訪れ投票を終えた数人の市民に話を聞いたが、明確に李俊錫氏を支持する声を耳にする割合は高かった。

 だが「反フェミニズム」と「能力主義」を掲げ、保守化する若者男性の支持を取り込む李氏の政治ビジョンは危うい上に、敵を作り続ける政治スタイルがどこまで支持を拡大するのかは疑問だ。一方で、ハーバード大卒という経歴からその行政能力に期待する声も現場にあった。

 当選を受け、同氏は「与党は本当に峻厳な民心の審判を受けた」とし、「改革新党が議席数は多少すくないかもしれないが、私たちは本当に次元の異なる議会政治活動を行い、尹錫悦政府の間違った点を指摘し続ける政治を行う」と明かした。

 今回の当選により、同氏はふたたび若い政治家の代表格に踊り出るものと見られる。その言動に注目が集まるだろう。

(3)沈相奵の落選

 昇る星もあれば、散る星もある。

 今回の選挙で、過去3度当選した京畿道高陽(コヤン)甲選挙区で落選した沈相奵(シム・サンジョン、65)元正義党代表は11日、政界引退を表明した。

 ソウル大在学時から民主化運動や労働運動に深く関わり、その後も労働運動の現場で先頭に立ってきた現場たたき上げの同氏は04年、「民主労働党」の比例候補1番となり政界入りする。

 その後、韓国の左派政党の顔の一人として、そして激しくあらそう保守・進歩の間で第三極として厳しい環境の中で政治活動を続けてきたが、落選を受け今回ついに退くことを決めた形だ。

緑色正義党の沈相奵氏(左)。同氏のFacebookより引用。
緑色正義党の沈相奵氏(左)。同氏のFacebookより引用。

 同氏は政界引退を表明する会見の中で、以下のように述べている。

 私はこの25年間、進歩政治一筋で人生を捧げてきました。国民の暮らしとかけ離れた政治を変えるために政治を始め、権力を握るよりも大きな夢、正義が実現する福祉国家に向けて邁進してきました。
 極端な陣営対決政治の狭間で、価値と所信を守ろうとする私のもがきは、常に現実政治の壁にぶつかり、時には無謀な意地と思われたりもしたようです。
 しかし、その夢を決して諦めなかったことで、韓国社会の弱者と普通の市民の権利が改善され、韓国社会が少しでも進歩してきたと信じています。 
 私と進歩政党が本当に愛したのは理念ではなく、隣人として生きていく普通の市民の暮らしでした。それが今まで進歩政党を作ってきた力であり、私の自負心だったという点を、はっきりと申し上げたいです。

 沈相奵氏の政界引退により、韓国の左派(改めて言うが、進歩系がみな左派ではない)は大きな柱を失うことになるだろう。

(4)年齢別の投票行動

 今回の総選挙の投票率は67.0%だった。これは前回20年の66.2%を上回り、00年以降に行われた6度の総選挙の中で最も高かった。

 韓国市民が社会を変えるための意志表示として投票を行っていることが、今一度あきらかになったと言ってよいだろう。

 興味深かったのが年代別の投票行動だった。

 選管が発表する資料では、年代別の投票率が分かるだけで、年代別の投票先は分からない。それを唯一知ることができるのが出口調査だ。

 約50万人を対象に行われた今回の出口調査のうち、比例投票における「年代別支持政党」をグラフ化したのが下記のものだ。ここから読み取れる年代別の投票行動の特徴はこう整理できる。

放送3社による出口調査で明らかになった年齢別投票先(比例)のグラフ。KBSをキャプチャ。
放送3社による出口調査で明らかになった年齢別投票先(比例)のグラフ。KBSをキャプチャ。

 ・18〜29歳男性:与党衛星政党「国民の未来」の人気(31.5%)が最も高く、最大野党の衛星政党「共に民主連合」への支持(26.6%)がそれに続いた。人気が全くないと思われていた「祖国革新党」にも17.9%が投票し、この世代の男性からの支持が多いとされる「改革新党」には全年代で最も高い16.7%が投票した。

 ・18〜29歳女性:「共に民主連合」の人気が51.0%と半数を超えた。「緑色正義党」への投票も5.1%と全年代で最も高かった。「祖国革新党」には18.5%が投票した。

 ・30代:男性は保守系政党に最も多く投票した。「改革新党」に9.5%と全年代で2番目に多く投票した。女性は第三極の「新しい未来に」全年代で5.9%と最も多く投票した。「祖国革新党」への支持は男女共に23%台だった。

 ・40代:男性では「祖国革新党」への支持が41.5%と最大だった。男女ともに同党と「共に民主連合」への支持率を足すと70%を超え、全人口ボリュームの中で最大の進歩派支持層であることが分かる。

 ・50代:男性の「祖国革新党」支持が44.5%と全年代の中で最も高かった。女性は「国民の未来」への支持が29.4%に及んだが、全体では進歩派が60%を超えており、やはり進歩派支持層であることが明白だ。

・60代〜70代以上:与党衛星政党「国民の未来」への支持が半数を超え(60代男性だけ46.9%)、やはり保守寄りであることが分かる。

 全体的に判断する場合、18〜39歳までの若者層の投票が多様化しており、この世代が巨大両党ではない代案投票先を探していることがよく分かる。韓国政治の革新は、この世代からはじまる可能性がある

◎争点:尹錫悦大統領が記者会見を開くか

 「今後どうなる」という質問を、昨日から何度も耳にしているが、はっきり言ってまだそれは分からない。

 共に民主党の李在明(イ・ジェミョン、60)代表は11日、「与野党みなが、当面する民生(庶民生活)経済危機の解消のために力を合わせるべき」と述べた。

 また、同党の共同選対委員長を務めた金富謙(キム・ブギョム)元総理は「尹大統領は早くに李在明代表に会い、今後の国政運用の方向について議論し、国家的課題を解決する方案について大枠で合意すべき」と道筋を示した。

 さらに、今回の選挙で尹政権審判世論に火を付けた「祖国革新党」の曺国代表は10日、「今回の総選挙の結果を謙虚に受け止めなさい。その間の数多くの失政と非理(不正)に対し国民に謝罪しなさい」と、尹大統領との正面衝突を続ける姿勢を示している。

 このように、方針転換を要求されている尹錫悦大統領は11日、「今回の総選挙に表れた国民の意を謙虚に受け止め、国政を刷新し民生安定のために最善を尽くす」…と述べたとされる。

 なぜ妙な表現を使ったというと、直接こう話したをメディアの誰一人として確認できていないからだ。

 大統領室の幹部や国務総理をはじめとする政府要員たちが一斉に辞意を表明したと韓国メディアは伝えているが、これは当たり前に行われることで、驚きに値しない。

総選挙から一夜明けた今朝11日の『京郷新聞』一面。「“残る3年は変われ”民心の爆発」とある。筆者撮影。
総選挙から一夜明けた今朝11日の『京郷新聞』一面。「“残る3年は変われ”民心の爆発」とある。筆者撮影。

 筆者が今日11日の報道をチェックする中で何よりも驚いたのは、尹錫悦大統領がこの期に及んでも未だ記者団の前に姿を表そうとしないことだ。

驚くなかれ、尹大統領は就任100日を迎えた22年8月以降、一度も記者会見を行っていない。一度も、だ。申し訳程度に行っていた「ぶら下がり会見」も記者からの追及が強まるや同年11月に中止したままだ。

 前述したように「尹政権審判」世論の核心部には他でもない、「尹大統領が何を考えているのか分からない」という不安が存在している。

 例えば今回の選挙結果を「市民が戦争危機を遠ざけた」と評する向きがある。これに筆者も大いに同意するものであるが、この見立ての背景にもやはり、尹大統領の真意がどこにあるか分からない怖さがある。

 さらに尹大統領の目の前で施政の転換を求めた人物が、あっという間に口を塞がれ手足を抱えられ強制退場させられる事件が二度も続いている。一人は現役議員であった。このように、尹政権の硬直ぶりは尋常ではない。

 一方でこの日、大統領室は尹大統領が今後、野党との接触を増やしていくという見解を示している。

しかし今求められているのは、こんな伝言ゲームのようなやり取りではない。

 尹大統領が国政の最高責任者として記者団の前に立ち、肉声で様々な問いに答えることが何よりも必要だ。そうしてこそ、市民たちは変化を実感できるだろう。

 尹大統領は5月10日に就任から丸2年を迎える。この時にまで記者会見を行えないようならば、前途は暗いと見る他にない。(了)

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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