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新法の実効性をいかに高めるかが、きっきんの課題。誰も救えない新法としないために。司法判断も鍵

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
筆者撮影・修正

救済新法が1月5日に施行されました。しかしながら、旧統一教会の信者らが行っている献金事情とは乖離した部分があり、救われる人の範囲は限られています。それだけに、誰も救えない法律になる恐れもあります。

いかにして高額献金の被害防止の実行性を高めていくかが、きっきんの課題です。

「2023年の天一国指導者新年賀礼会」における韓鶴子総裁からの言葉

1月10日、立憲民主党を中心とする野党による国対ヒアリングが行われました。

その中で興味深かったのは、ネット上でアップされているという「2023年の天一国指導者新年賀礼会」における韓鶴子総裁からの言葉です。

「天寶(てんぽう)家庭になって」との言葉を通じて、430代の先祖解怨(先祖の恨みを解くこと)を成し遂げることへの呼び掛けもありました。先祖解怨はタダで行えることではありません。お金がかかります。阿部克臣弁護士からは「時代によって異なるが、1176万円ほどになるのではないか」との指摘もあり、1000万円以上の献金が必要になると思われます。

立憲民主党の山井和則議員からは、これ(韓鶴子の発言)が本当であるとしたうえで「被害者救済法が成立した後も、信者らに献金を呼び掛けているとすれば、統一教会が新法を気にしていない表れとも、とらえられるのではないか」と指摘します。

旧統一教会において、トップである韓鶴子総裁の発言は、神の言葉として絶対視しています。そのために、信者らが今後も借金をするなどをしてでも、高額な献金をする状況が続く可能性は十分にありえます。危機感をもって、新法の実効性を高めていかなければなりません。

今後の実効性に影を落とすかもしれない「念書」問題

今回、取り上げられたのは、中野容子さん(仮名、60代)の被害における「念書」問題です。

中野さんの86歳の母親が旧統一教会の信者として、2004年から2010年までの間に1億円を超える献金をしました。その被害を知った中野さんは母親とともに、2017年に東京地方裁判所へ損害賠償請求の訴えを起こしました。しかし、1審、2審とも却下されました。現在、最高裁判所に上告中です。

敗訴の要因になったのが、母親が書かされた念書への署名と、その様子を写したビデオの存在です。

この念書について、昨年の国会でも取り上げられています。

山井議員からの質問「自主的に献金した旨の念書に署名させられた場合、政府案の救済の禁止や取り消しの対象になるでしょうか」。

それに対して、岸田首相は「寄付の勧誘に際しての法人等の不当勧誘行為により、個人が困惑した状態で取消権を行使しないという意思表示を行ったとしても、そのような意思表示の効力は生じないと考えられる。むしろ、法人等が寄付の勧誘に際して、個人に対し、念書を作成させ、あるいはビデオ撮影をしているということ自体が、法人等の勧誘の違法性を基礎づける要素と一つなり、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求が認められやすくなる可能性がある」との認識を示しました。

この答弁を踏まえて、12月28日に消費者庁から発表された「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」の解説資料(Q&A形式)では次のようになっています。

Q12「困惑した状態で寄附の返金の請求をしないという寄附の返金に関する合意書(いわゆる念書)を書かせた場合にはその念書は有効ですか」

「困惑した状態でサインをした、寄附の一部の返金のみで和解する旨の合意や寄附の返金を求めない旨の念書は、民法上の公序良俗に反するものとして、無効となり得るものと考えられます。また、個別の事案にもよりますが、法人等が寄附の勧誘をするに際し、「返金逃れ」を目的に個人に対して念書を作成させ、又はビデオ撮影をしていること自体が法人等の勧誘の違法性を基礎付ける要素となるとともに、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求が認められやすくなる可能性があると考えられます」となっています。

今回の国対ヒアリングでは「念書の無効は、過去にも遡及(そきゅう)するのか」の質問もありました。

消費者庁の中村氏は「(Q12に関しては)新法ではなく、今までの民法上の解釈によるものとして、新法の成立に合わせて、確認したもの」と答えています。

木村壮弁護士は「念書を作ることは、社会通念上おかしいことであり、違法行為を隠そうとしている。Q&Aにて、これが示されたことには、大きな意味合いがある。このことが文書になることはとても重要だ」と話します。

阿部弁護士からも「行政側からの念書無効の解釈はでましたが、今後、司法がどう判断を下すのか。それが問われます。念書はここ10年ほどでたくさんある。今後の(中野さんの)裁判の結果しだいでは、状況は大きく変わってくる」といいます。

山井議員からは「もしこの最高裁判決で、念書が1審、2審の判決を支持して、有効とされれば、念書があれば(教団は)勝てると思うようになる。念書を書かせたら、怖いものなし。一気に統一教会は全国の高額献金者に念書へ署名させていき、被害拡大の恐れもある」と危機感を募らせます。

中野さんの裁判における「念書」問題は、司法の判断しだいでは、新法の実効性にも影を落とすことになりかねず、非常に注目されています。

新法の実効性を促すために必要な方策

新法の実効性を高めるために「宗教2世ネットワーク」からは、“書面送付制度”が提案されています。

これは「被害者らから法テラス等を介して相談を受けた弁護士が、配慮義務違反が疑われる事情を書面に記し、寄附の勧誘者(旧統一教会)、寄附者本人(信者、宗教1世)、消費者庁(新法の所管庁)等へ送付する」というものです。

また、全国霊感商法対策弁護士連絡会からは「被害者ではない人たちからも、広く禁止行為や違反行為を110番できるような仕組みを通じて、違反・被害の事実が国に集まる形を作ってほしい」との“通報制度”の提案もなされています。

これに対して、消費者庁からは「消費者センターに相談があれば、消費者庁に集めるようになっている」との言葉もありました。

しかし今後、旧統一教会問題のすべてを消費者センターに通報させた場合、これまで相当数の相談電話が法テラスや関係省庁連絡会議に寄せられていたことを考えると、電話回線がパンクする恐れがあります。

何より、この世には様々な悪質商法がありますので、相談員たちの通常業務に負担が出てくる懸念もあります。そうした状況を生じさせないためにも、新たな情報集約の手段は今後、必要になってくるのではないかと考えています。

また、新法の配慮義務に違反した場合の法人名公表は、1年以内に施行となっています。

その時期を問われて、消費者庁は「準備を進めていまして、1年にならないように」とはっきりとした期限を明言しませんでした。

もしこれが1年後の施行となれば、その間に、配慮義務を無視した献金行動が横行することにもなりかねず、そのあおりをうけた被害者家族も増えてしまいます。一刻も早い、施行が求められています。

新法の実効性を高めるための議論は始まったばかりです。

今回のヒアリングにてお話をされた中野さんは、次のように話します。

「被害にあった方々、その家族の方々に決して被害回復を諦めないでいただきたい。母のような被害を決して繰り返したくありません」

「法律の制定と施行を出発点として、より有効に被害救済と防止のできる、より確実な司法判断につながるような内容へと整備されることを願ってやみません」

被害者をこれ以上、増やさないためにはどうするべきなのか。そのための努力と知恵を、官民一体となって出し合い、進めていく時を迎えています。

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

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