世界を俯瞰するニュースを発信 -英BBCの新ニュースルーム訪問記(1)
今月上旬、中東カタールの衛星テレビ放送アルジャジーラが、米元副大統領アル・ゴアが立ち上げた、ケーブル・テレビ「カレント・テレビ」を買収し、ニュース・ウオッチャーをあっと言わせた。世界のテレビ市場(広告収入および有料テレビ)で最大の規模を占める、米国への本格的な足がかりをこれで作ろうとしたと言われている。24時間のニュース放送局アルジャジーラは、もともとはアラビア語で始まったが、今は英語版もある。ライバルは米CNNや英BBCだ。
24時間ニュースのテレビといえばCNN(1980年開始)が草分けだが、現在では世界各国に同様のサービスを行う放送局が発生している。
世界のテレビニュース市場で覇権を握る戦いが続く中、ラジオ時代を入れると創立から90年を超える歴史を持つBBCが、今月14日、新たな国際ニュースの生成・発信の場を本格的にスタートさせた。
BBCの事業は、日本のNHKのように視聴者から徴収する「テレビライセンス料」(NHKの受信料に相当)でまかなう国内向けの制作活動、広告収入と番組配信料で運営し、海外向け事業を担当する商業部門「BBCワールドワイド」、英外務省からの交付金が原資となる国際ラジオ放送「ワールドサービス」などによって構成されている。
ニュースの制作は、これまで、英国内向け、ワールドサービス、国際テレビ放送「ワールドニュース」、ウェブサイト「BBCニュース」など、複数の施設で行われてきたが、今月中旬からは、BBCのすべてのニュースの編集・管理部門を、ロンドン・オックスフォード・サーカス駅から数分の「新ブロードキャスティングハウス」に一手に集め、巨大なニュース編集室(=「ワールドニュースルーム」)を作り上げた。かかった費用は10億ポンド(約1430億円)に上る。
「新」というのは、1932年に建設された放送施設用ビル「ブロードキャスティングハウス」(日本での呼称は「報道センター」)の横に、拡張された形で建設されたビルだからだ。
BBCのすべてのニュース部門が一箇所に結集されたことで、一体、どんな変化が起きるのだろうか?
新体制に移行してから3日目、この「ワールドニュースルーム」を視察する機会を得た。そのときの模様を紹介したい。
―「6000人が働く」ニュースルーム
ニュースルームの見学を出迎えてくれたのは、BBCの商業部門の1つ「グローバルニュースリミテッド」社のリチャード・ポーター氏。
グローバルニュース社は昨年9月、ワールドニュース(国際テレビ放送)とオンラインのBBCニュースの国際版「BBC.com/news」とを統合管理するために創設された。
ポーター氏が担当するのは、ワールドニュースとオンラインのニュースに加え、ワールドサービス(ラジオ)の英語版のコンテンツ作りと運用だ。
ちなみに、24時間放送のテレビ・チャンネル、ワールドニュースは世界200カ国に配信されており、3億5000万戸の家庭や180万室のホテルの部屋、152の豪華客船、40の航空会社、23の携帯電話網で視聴できる。
日本でも人気がある番組の1つが、テクノロジーを扱う「クリック」だが、ほかにも丁々発止のインタビュー番組「ハード・トーク」、ライフスタイル番組「トラベル・ナビゲーター」などがある。
米CNNに相当する、英国の24時間の報道テレビが放送を開始したのは、1989年。衛星放送スカイテレビが最初だった。現在のワールドニュースの前身「BBCワールド・サービス・テレビジョン」の開局は1991年になる。
セキュリティー担当者のチェックを受けてガラスの回転ドアの向こうに入ると、眼下に広がるのが、広々としたフロアに並ぶコンピューターのモニターやデスクだ。かつてのバブル時代の証券会社のフロアを思わせる。その巨大な光景に息を呑まずにはいられなかった。
中央部には、天井部分から丸い輪が下がっている。「ハロー」(星の集まりおよびその周辺の光を発する物質から構成される薄い円盤状の構造)と呼ばれている。この下に位置する机にもたくさんのコンピューター・モニターが並び、忙しそうに画面に向かう人がたくさんいた。
「この中で、最終的には6000人が働くことになる」とポーター氏。
これまでは7つのビルにバラバラに存在していたニュース部門の記者や編集者らが一堂に集まるのだという。ハローの下にある机の集積部分には、ニュース生成過程のすべての情報が集まるようになっている。
世界中に特派員を置き、24時間報道を実行するBBCにとって、情報を一箇所に集めることはとても重要だ。また、例えばテレビの記者がテレビ媒体にのみ情報を出すことはもはやなく、ラジオ、あるいはネット用にも出力することが求められるため、中央の情報集積が必須となってくる。
スタッフは机に張り付いてばかりいるわけではなく、いざとなったらすぐに専門家の所に飛んでコメントをもらえるよう、余禄のカメラクルーもプールしてあるという。
この日は、朝、ロンドン・ボックスホール駅近くでヘリコプターがビルに墜落し、新体制になってから、初の大きなニュースが勃発していた。あちこちに設けられたテレビモニターが映し出すのは、現場にいた市民が撮影したと見られる、ヘリコプターの一部が燃えている映像だった。
ポーター氏によれば、事件・事故現場に出くわした市民がBBCに映像を自発的に送ってくるのが日常的になっている。こうした素材は「ユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツ」(UGC)と呼ばれ、その信憑性(情報提供者の本人確認、映像が真実を語っているかなど)確認のために、BBCは一定の人員をあてている。
「確認作業をすれば時間がかかるが、どんなときにも、BBCとして、正確で、信憑性の高い報道を行うことが大事だと思う」(ポーター氏)。
フロア内をピンクの上着姿の人が時々、歩いていた。「新体制に移行して間もないので、技術的な疑問を持っているスタッフがまだ多い。助けてくれるサポートの人たちだよ」。
ヘリコプター事故の様子を伝える、ワールドニュースの司会者の姿がモニターの1つに映る。ワールドニュースは英国外向けのテレビ放送となるが、「BBCは英国の放送局なので、今回のような事故は国内のニュースであっても、国際放送で伝えている」。
テレビモニターがいくつも並ぶ、コントロール・ルーム。あるモニターの中では数人の人物が歩き回り、その周囲を緑のシートが覆っている。緑のシート部分には、3Dを含むさまざまな映像を入れ込むことが可能だ。ポーター氏は、例えば日中の尖閣諸島問題の説明に、周辺の地形を3D化した映像を組み込んだという。
「どんなセットもこれで作成が可能になった」ー。「ハード・トーク」の収録に、これまでは「本当の家具を周囲に置いていた」。これからは、司会者とインタビュー対象者以外は、「本物でなくても良くなった」。
新設の放送施設は、地上9階、地下3階の建物で、地下の1つにあるのが、ワールドニュース用の「スタジオB」。引越しの前までは、西ロンドンにある放送施設「テレビジョン・センター」の小型スタジオを使っていた。新スタジオは司会者が座る席の後ろに、横長の大きなスクリーンが設けられている。動画、静止画、グラフィックなどを強いインパクトを与える形で映し出せるという。
ポーター氏によれば、狙いは「ダイナミックなプレゼンテーションによって、BBCが視聴者を重要に思っているというメッセージを伝えること」。主力ニュース番組「GMT」は英国時間では昼の放送開始だが、日本では時差の関係で午後9時ごろになる。重みのあるニュースが日本に住む視聴者に伝わることを望んでいるという。
地上5階の一角にあるのが、27の言語で放送される、ワールドサービスのオフィスだ。机とモニターが並ぶ中に、ミニスタジオが散在する。あるスタジオの予定表を見ると、「ブラジル、ウズベキスタン、ロシア・・・」という順番が書き込まれていた。
BBCの国際ラジオ放送は1930年代に始まったが、最近はラジオよりもテレビで見たいという人も増えているため、各地域の地元テレビ局との協力で、番組作りを始めているという。
ラジオのワールドサービスと、テレビ放送のワールドニュースのスタッフとが協力して作っているのが、「フォーカス・オン・アフリカ」(「アフリカに焦点を置く」)だ。1つの横長のデスクを、シェアしながら使っていた。
「こういう共同作業がしやすくなったのも、ニュース部門が一堂に集まったからこそだ」という。
テレビ放送は英語だが、世界の複数の言語で、「地元の声を入れた報道をBBCニュースという1つのブランドの中で発信できるのが強みだ」。
ー視聴者のために番組作り
世界に向けてのテレビ放送というと、米国ではCNNが著名だ。アラブ世界ではアラビア語ばかりか、英語でも放送をするアルジャジーラ(アラビア語は1996年、英語は2006年開局)がある。フランスでも、24時間ニュースのテレビ局として、フランス語、英語、アラビア語で放送する「フランス24」(2006年開局)があり、ロシアには「ロシア・トゥデー」(2005年開局、英語、ロシア語、スペイン語、アラビア語でも放送)がある。
BBCの国際放送は、上記のほかの放送局とどこに違いがあるのだろうか?また、英国内の放送業の巨頭BBCが、商業部門を持つ必要はあるのだろうか?
ニュースルームの視察を一通り終えた私は、ポーター氏にそんなことを聞いてみた。
「BBCの基本は、公共サービスの提供者であること」、と同氏は話しだす。
「BBCの商業部門は広告で運営されているけれども、その収益をBBCの活動のために戻している。これがBBCのジャーナリズムに投資されている」。
実際に、2011-12年度のBBCの年次報告書によると、商業部門BBCワールドワイド(国際テレビ放送BBCワールドニュースの広告業務を委託されている)は、約2億ポンドを、BBCの国内向け放送のために「戻して」いる。前年比では19%の増加だ。
BBCの存在目的は「株主の利益を拡大するためではなく、政府に仕えるためでもない。私たちは、視聴者のために活動している」(ポーター氏)。
世界のニュース報道市場にはさまざまな参加媒体がいるが、「視聴者のために活動」という部分が、BBCが信頼を得ている理由ではないか、と同氏は言う。(続く)