日銀の異次元金融緩和、円建て金価格は5,000円台を回復へ
4月3~4日の日本銀行・金融政策決定会合で黒田東彦総裁が打ち出した新たな金融緩和策は、未だ金融市場で猛威を振るっている。ドル/円相場は、日銀会合前に1ドル=92.50~93.50円のレンジで取引されていたのが、本日の東京市場終盤には2009年5月以来となる99円台に乗せており2営業日が経った今も尚、金融市場に大きなショックを及ぼし続けている。
事前のマーケットでは、これで「当面の円売り材料は出尽くし」と評価されるリスクが警戒されていた。しかし、黒田総裁の打ち出した「量・質ともに次元の違う金融緩和」はマーケットの期待にがっちりと応えた形になり、逆にドル高・円安傾向を加速させている。今後は特にサプライズ感を伴った金融政策などは要求されておらず、今回決定された金融緩和策を着実に履行していく過程で、その緩和効果が確認できるのかを見極めるステージに移行することになる。
金融緩和政策で脱デフレが可能かは議論のある所である。ただ、少なくとも日銀のデフレ脱却に向けて何でもやるという基本方針を打ち出したインパクトは大きく、市場関係者の「期待」に働きかけることには間違いなく成功している。この脱デフレ「期待」に基づいて実体経済・マーケットが動きだせば、仮に金融緩和政策の効果が理論上は存在しなくても、脱デフレが達成できる可能性が高まる。
従来、日銀はマーケットのプレッシャーに押されて金融緩和策を打ち出すも、自らがその効果を疑問視している姿勢を示す最悪の対応を繰り返してきたことで、脱デフレ「期待」に働きかけることに失敗してきた。そもそも、小出しの金融緩和政策が、日銀の本気度を疑わせていた。しかし、黒田総裁は従来型の小出しの金融緩和政策との決別を鮮明にしており、2%の物価上昇を「2年程度の期間を念頭において、できるだけ早期に実現する」という政策目標に向けての強い決意と行動を示している。
黒田総裁は会合後の記者会見で、「ポートフォリオ・リバランス」効果について言及している。要するに、日銀が国債を購入して金利を低く抑える一方、リスク資産運用や貸し出しを増やすことで、「物価安定の目標」の早期実現を目指すことになる。その意味では、足元の株高に象徴される資産価格上昇は、良好なスタートダッシュを切ったと評価して良いだろう。
■円の通貨価値と円建て金価格
一方、金価格はこうした金融緩和政策に対して敏感に反応する傾向が強い。ドル建て金価格は08年以降に上昇角度を切り上げているが、その最大要因に米連邦準備制度理事会(FRB)が異例とも言える金融緩和策に踏み切ったことで、ドルの通貨価値が不安視された影響が指摘されている。
米国では、ティー・パーティー(茶会党)主導で、10以上の州が金貨と銀貨を法定通貨とする動きが報告されているが、これなども米国民の間に広がる通貨供給拡大政策に対する不満・不安を象徴する動きと言える。政府・中央銀行が再現なく紙幣を増刷する中、供給量の制限があり、政府や中央銀行の信認に依存しない「通貨としての金」が評価される傾向が強いためだ。
こうした状況は、当然に円についても同様である。日銀のバランス・シート(保有資産)は、12年末の158兆円から14年末には290兆円まで拡大する見通しであり、実際に市中に流れるか否かは別問題としても、マネタリーベースは急速に拡大することになる。
これまで、日銀は円の通貨価値に過大な配慮を示してきたことが、円建て金価格を国際相場と乖離した安値圏に抑制してきた。しかし、日銀も欧米と同レベルの金融緩和政策に乗り出す中、円の通貨価値が毀損されるリスクが、円建て金価格の押し上げ圧力として機能し始めることになる。
本日(4月8日)、東京商品取引所(TOCOM)の金先物相場は1グラム=5,000円台を回復した。メディアでは、「為替の円安を受けて」との解説が一般的であるが、その底流には円の通貨価値に対する不安が、円建て金価格を押し上げているとの視点が存在することも紹介しておきたい。
金価格は、金融政策が適切に運営されているか否かの指標である。これまで、過度に通貨価値に配慮した金融政策が日本経済の低迷を招いてきたことを考慮すれば、現在の金融緩和政策が必ずしも批判されるべきものではないと考えている。ただ、こうした紙幣増刷政策に危機感を覚える向きが増えてくれば、円建て金価格に上昇圧力が働くことになる。ドル建て金価格とは独立した価格形成を開始した円建て金価格は、異次元金融緩和策の通知票として有効な指標となるだろう。