非正規格差・最高裁判決の解説~退職金・賞与の格差は合理的で扶養手当の格差は不合理なの?<下>
前回記事「非正規格差・最高裁判決の解説~退職金・賞与の格差は合理的で扶養手当の格差は不合理なの?<中>」からの続き
10月15日の最高裁判決
いろんな手当や労働条件が争点となった日本郵便事件
最後に、10月15日に出た3つの判決についてです。
いずれも日本郵便が被告となった事件で、原告らは郵便配達や仕分けなど、郵便事業の現場で働く方々です。それぞれ、東京、大阪、福岡の高裁判決を経て、最高裁での審理となりました。
10月13日には賞与や退職金がいずれも不支給であっても不合理ではないとした最高裁判決が出ている一方で、日本郵便事件の最高裁判決は、各手当・各労働条件の相違を不合理だとし、日本郵便側の上告審での主張は全て退けられ労働者側全面勝利判決となったのでした。
たった2日で最高裁が変わった?
同じ非正規労働者に対する最高裁判決なのに、たった2日で、まるで結論が逆のようで不思議に思った方も多いのではないでしょうか。
しかし、最高裁のこれまでの判断方法からすれば、各事件の結論はそれぞれの事例に対する判断ということになり、矛盾はないことになります。
ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件の扱い
まず、今回、最高裁は同日同時刻に3件の判決を出していますが、当然ながら順番があり、最高裁のホームページを見ると、最初に福岡、次に東京、最後に大阪の順で判断した形跡がみえます。
そして、福岡高裁を原審とする最高裁判決を見ると、ハマキョウレックス事件と長澤運輸事件のうち、長澤運輸事件を引用しています。
上記の太字部分の謎の文字列が長澤運輸事件のことを言っているわけです。
次に出た東京高裁を原審とする最高裁判決では、全く同じことを述べるのですが、引用しているのは福岡高裁を原審とする上記事件となります。
両判決ともに個々の労働条件が定められた趣旨を個別に考慮するとの判断が踏襲されています。
これは、10月13日の賞与や退職金の判決でも、その性質にさかのぼって個別に判断するべきとした判決と、概ね似たような判断枠組みだといえると思います。もっとも、明らかに言い回しが違うので、そこに何か意図があるかもしれません。
いずれにしても、そうした個別判断の結果なので、ある事案では「〇〇という労働条件」の相違は不合理であるが、ある事案では「〇〇という労働条件」の相違が合理的という判断が変わっても、何らおかしくないわけです。
日本郵便事件で不合理な相違とされたもの
日本郵便事件では、次の手当及び労働条件の相違が不合理であると認められました。
最高裁で不合理であるとされた手当・労働条件
- 扶養手当
- 年末年始勤務手当
- 年始期間における祝日給
- 夏期冬期休暇制度
- 有給の病気休暇制度
なお、最高裁は判断しませんでしたが、高裁までで確定したものとして以下のものがあります。
高裁で労働者が勝って最高裁が会社側の上告を受理せず不合理な差であると確定した手当
- 住居手当
住居手当は既に確定していました。
高裁で労働者が負けて最高裁が労働者側の上告を受理せず不合理な差ではないと確定した手当
- 夏期・年末手当(夏期・年末賞与)
夏期・年末手当はいわゆる賞与なのですが、地裁・高裁と認められないまま、最高裁も審理対象とせず、確定していました。
それぞれの理由
まず、最高裁は、扶養手当の目的について、
としました。
その上で、「本件契約社員についても、扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれるものであれば、扶養手当を支給することとした趣旨は妥当する」として、扶養手当の支払いを命じました。
次に、年末年始勤務手当については、郵便の業務を担当する正社員の給与を構成する特殊勤務手当の一つであり、
としました。
そして、年末年始勤務手当の性質や支給要件及び支給金額に照らせば、これを支給することとした趣旨は、時給制契約社員にも妥当するものとして、相違は不合理であるとしました。
また、夏期冬期休暇について、時給制契約社員に与えないことは不合理であるとする高裁の判断を是認した上で、1 審原告らに損害があるとして、損害がないとした原審を破棄して、損害額をさらに審理させるために、高裁に差し戻しました。
そして、有給の病気休暇について、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障を図り、私傷病の療養に専念させることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられるとした上で、この目的に照らせば、時給制契約社員についても、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、その趣旨は妥当するとして、病気休暇について有給と無給の相違を設けることは不合理としました。
このように最高裁は、比較的淡々と各手当・各労働条件を検討して、結論を出していきました。
扶養手当や病気休暇制度については、継続的な勤務が見込まれれば、その差は不合理だとした点は、特に大きいところかと思います。
なお、私も上記日本郵便事件の東京高裁を原審とする事件の代理人の端くれでした。
先日開かれた最高裁の弁論期日では、上記のうち病気休暇について不合理な差を認めるべきとの主張を行いましたので、最高裁の今回の判断は、その声が届いたものと安心しているところです。
10月13日と15日の判決の違いはどこに?
さて、とはいえ、2日にわたって出された5つの最高裁判決ですが、10月13日と15日のそれぞれの判決群には違いがあります。
10月13日の判決群は、第三小法廷にて出されたものですが、判決の内容からして長期雇用のインセンティブ論が大きな影響を与えていることがわかります。
たとえば、大阪医科大学事件は、日本郵便事件の病気休暇制度と似た「私傷病による欠勤中の賃金」という労働条件の相違も論点の一つとなっていました。
この点、大阪医科大学事件の第三小法廷は、正職員休職規程において、私傷病により労務を提供することができない状態にある正職員に対し給料が6か月間払われ、休職給(休職期間中において標準給与の2割)を支給することにしていることについて、その目的を「正職員が長期にわたり継続して就労し,又は将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし,正職員の生活保障を図るとともに,その雇用を維持し確保するという目的によるものと解される。」として、正面から長期雇用のインセンティブであることを肯定しているのです。
一方、日本郵便事件では、こうした長期雇用のインセンティブ論は出てきません。むしろ、有期雇用労働者について、継続的な勤務が見込まれれば、休める日数はともかく有給と無給という相違があることは不合理としているのです。これは第一小法廷の判断です。
この違いは、最高裁の小法廷を構成する裁判官によっての違いなのか、事案の違いなのか、いろいろ考えさせられるところがありそうです。
ただ言えることは、長期雇用のインセンティブ論を正面から肯定したか否かが、結論に影響を与えたということです。
今後はどうなる??
現在、労働契約法20条はパート有期法8条に移されています。
そして、法律の文言も少し変わっています。
(*今は過渡期で、パート有期法8条は大企業のみに施行され、中小企業には来年の4月1日から施行となります。したがって、現在は、中小企業には労働契約法20条が適用されます。)
上記の通り、具体的な例示として、基本給と賞与が挙げられています。
今後は、こちらの法律の解釈をめぐって、様々な裁判が起きていくものと思います。
今回、涙をのんだ賞与、退職金も、他の事例ではまだわかりません。
そして、非正規労働者の格差是正の本丸である「基本給」についても、いつか判断が出されるときがくるかもしれません。
2012年に生まれた労働契約法20条をめぐる一連の事件の最高裁判決は、この5判決でいったんはひと段落ですが、既に地裁・高裁レベルでは様々な事案が係属しています。
これらもいずれは最高裁に上がっていくことでしょう。
そのときに、非正規労働者にとって前進した判決が出るかどうかは、今回の5つの判決をどう活かし、どう乗り越えるか、これからの労働者・労働組合の運動にかかっているものと思います。
(終わり)