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「電車の中でそんなことしちゃいけないよ」 小学生でもわかるマナー違反が堂々とできる夜行列車が走る

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

「おじさん、電車の中でそんなことしちゃいけないよ。」

小学生でもわかるマナー違反が堂々とできる夜行列車が2月24日から25日にかけて、新潟県上越市のえちごトキめき鉄道で運転されました。

名付けて「令和の普通夜行列車」。

昭和の時代は夜行列車が全国を網羅していて、特急や急行はもちろんですが、特別料金不要で乗車券だけで乗れる普通列車の夜行列車もたくさん走っていました。

国鉄は国民の足という定義づけでしたから、特急券や急行券を買わなくても、乗車券だけで全国どこへでも行ける仕組みがあったのです。

その普通列車の夜行列車を再現するべく、えちごトキめき鉄道ではふだん走っている通勤形電車を使用した夜行列車を運転しました。

ロングシートで一晩過ごす

通勤形車両というのは山手線や京浜東北線などと同じロングシート車両。

寝台でもなければリクライニングする座席でもなく、ただの通勤形車両。

その車両を使用した普通列車の夜行列車という設定です。

もちろん座席定員がありますから完全予約制。

「そんな列車、誰が乗るんだ?」

「まるで苦行に挑む修行僧のようだ。」

などとネットではいろいろと話題にしていただきましたが、お一人9900円の参加料金で定員16名が発売開始後1時間で満席となりました。

運転されたのはえちごトキめき鉄道の妙高はねうまライン。

起点の直江津から妙高高原間の37.7kmを一晩かけて2往復するだけ。走行距離約150kmの夜行列車です。

運転時刻は次の通りです。

直江津 22:09 ⇒ 妙高高原 23:12

妙高高原 23:22 ⇒ 直江津 0:04

直江津 1:30 ⇒ 妙高高原 3:42

妙高高原 4:10 ⇒ 直江津 6:18

(途中駅での運転停車あり)

こういう、何の変哲もない普通の通勤形電車。

夜行列車と言っても特別な仕掛けはありません。

ロングシートの座席にこうして横になって同じ区間を行ったり来たりして、朝になったら直江津に戻ってくるという列車です。

都会の電車でこんな格好で寝ていたらマナー違反もいいところ。

小学生だって「おじさん、そんなことしちゃだめだよ。」ってわかりますから、係員や他の乗客からひんしゅくものですが、「この座席のこの部分は今夜はあなただけのものですよ。」という指定席ですから、つまりはそういう普段できないようなことを堂々とできるという体験を買う「今だけ、ここだけ、あなただけ」の特別な商品なのです。

苦行なのか修行なのか

この列車を企画した時に、

「いったい誰が乗るのか?」

「乗客はまるで修行僧だ。」

などとネットで話題になりました。

事実、筆者も若いころさんざん夜行列車に乗りました。

当時はお金がない学生でしたから宿泊代金を節約できる夜行列車はありがたい存在で、もちろん寝台でもグリーンでもなく硬い座席で一晩過ごす夜行列車には「辛かった思い出」がたくさんあります。

だから修行と言えば修行かもしれません。

乗車の受付開始は21:40。

昭和の時代も夜行というのはだいたいそのぐらいの時間に出ていましたが、それまでは寒い待合室でじっと待つことから始まります。

でも、なんだか皆さん、待ってること自体が楽しそうですね。

受付開始時刻になると皆さん待ってましたと集まってこられます。

この2人は地元の若者。

手にしているのは行程表です。

この列車は22:09に直江津を出て、妙高高原を2往復して翌朝6:18に直江津に戻ってくるダイヤですが、この2人は2月23日の朝6:52に直江津を出るところから同じET127系で運転されている一般の電車に乗り続けていて、夜行終了後も25日の夜までずっと乗り続けるという耐久40時間コースを実践されている10代の若者2人。

「え~っ、ずっと乗ってるの?」

と聞きましたところ、

「はい、もちろんです。」

とこの笑顔。

これが修行僧の実像です。

こちらの二人も新潟県民。

実はこの127系電車は新潟県のJR線からはすでに引退している車両ですが、小さいころから慣れ親しんだこの127系電車の大ファンとのこと。

「大変な修行だね。」

と言ったら、

「何言ってるんですか。ロングシートで横になれるなんて、こんなに楽なことはないですよ。」という返事。

「この企画をしていただいてありがとうございました。」

と感謝されました。

昨今は昭和の国鉄形が大人気ですが、若い人たちには平成の車両も「懐かしい」部類に入ってきているのです。

各種サービスをご用意しています

ただ単に「ここで寝てください」と電車を用意するだけでは魅力的な旅行商品とは言えませんから、地元新潟のコシヒカリを使用したお弁当とお茶、寒さ対策のブランケットなど各種記念品もご用意いたしました。

また、一往復して戻ってくる直江津駅では停車中に熱々のカップ麺をサービスします。

昔の夜行列車も深夜の駅で長時間停まる列車があって、そういう駅ではホームの立ち食いソバやさんが営業していました。

今の時代はそんな時間にお店を開けることは無理ですが、こうして寒い深夜の駅のホームでカップ麺をすすることは、当時を知る世代の人たちには懐かしいでしょうし、若い人たちにはきっと良い思い出になっていただけるでしょう。

そんな思いを込めたサービスです。

こちらの男性は何をしているのかというと、行先表示を撮影しています。

えちごトキめき鉄道の127系電車はJRからの払い下げ車両ですので、行先表示の幕にJR時代の行先がいくつか入っています。その幕をくるくると回しながら、当時の行先駅名が出たところを写しているのです。

この幕回しサービスは古い車両の列車だからこそできるサービスで、今の新型車両はLEDですから、こういう列車にご乗車いただくお客様方にとっては、貴重な体験なのです。

皆の夢を乗せて「出発進行!」

そんな皆様ですが、夜も更けてきてそろそろ眠くなる時間です。

座席にお戻りいただいて、思い思いの格好でくつろいでいます。

午前1時25分。

車内の明かりが消えました。

いよいよ就寝モードですね。

午前1時30分。

ご参加いただきました皆様方の夢を乗せて、「令和の普通夜行列車」は直江津駅を発車していきました。

「列車の中で一晩過ごせて、お弁当にお茶、こんな暖かなブランケットが付いて、夜鳴き蕎麦のサービスまであるんですよ。これで9900円なんて安すぎますよ。」

ご参加された皆様方は口々にそうおっしゃられましたが、これが毎日満席になれば鉄道会社の経営も黒字化するのでしょうけど、16名様という大変ニッチなマーケット狙いの旅行商品です。

運転してくれた2人の乗務員は若手のプロパースタッフ。

「面白いですよね。」と嬉々として乗務してくれました。

受付や夜中の蕎麦などのサービススタッフは筆者を除くと2人だけ。

運転士と合わせても計4人で対応しましたので、お客様16名様でも十分黒字ではありますが、ご参加いただいたお客様から「安いですね」と言われたこと。募集開始から1時間で完売となったことを考えると、ニッチなマーケットではありますが、潜在需要としてはまだまだあるのではないかと感じました。

要員の関係がありますので次回はいつできるか未定ですが、こういう取り組みを続けていくことで鉄道に親しみを持っていただき、話題になれば地域にとってもプラスになるのではないかと考えます。

※本文中に使用した写真はすべて筆者撮影のものです。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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