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消費増税による鉄道運賃の値上げ 政権の方針不明確で鉄道会社の対応遅れる

小林拓矢フリーライター
JR東海は、消費増税時の値上げを記者会見で話している(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

 10月1日に消費税の税率引き上げが行われる予定だ。本来ならばこの増税に備えて、さまざまな箇所で対応のための実務的な動きがあってもいいはずだが、世の中全体で対応が遅れている。

 鉄道業界も同じだ。消費増税に伴う値上げを公表した事業者は少ない。長崎電気軌道は過去の増税で利用者への転嫁を回避してきたが限界ゆえに値上げを行い、名古屋市営地下鉄は消費増税時の増税分の値上げを公表した。沖縄都市モノレールも、値上げを決定している。

厳しい状況の事業者による大幅な値上げ

 シビアな状況に置かれている鉄道会社では、今回の増税を前に大幅な値上げを発表しているところもある。JR北海道は、11.1%の値上げ率で、普通運賃に関しては平均で15.7%値上げすることになった。距離が100kmの区間での値上げがとくに激しく、初乗り運賃は200円になるという。なおJR北海道は、運賃の値上げを主なものとし、特急料金の値上げは消費税の増税分しか行わない。

 北陸鉄道も13.153%の値上げを行うという。北陸鉄道のプレスリリースによると、「施設・車両修繕費の増加、運転電力料金の値上げ等により損失の計上が拡大する傾向にあります」という。北陸鉄道の鉄道事業は16期連続の赤字となっており、北陸電力の値上げなどの影響を受け1億662万円の営業損失となった。

 えちごトキめき鉄道は、5月23日の取締役会で運賃を平均30%上げることを決定した。株主総会後に国土交通省に認可を申請する。消費増税後の2020年4月に行うという。経営不振の責任を取り嶋津忠裕社長は退任を表明する。沿線の人口減や、厳しい自然環境などの状況の中、観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花」の利用者も減少しているという状況となっている。これまではJRと同じ水準の運賃だったものの、その水準では経営が厳しいということになる。

 これらの鉄道各社は、ただでさえ厳しい状況に置かれている中、消費増税をきっかけに値上げをしないと、値上げのチャンスを失うという状況にある。それゆえ、増税を期に値上げという経営判断となる。利用者にとって不満はあると思われるが、鉄道事業の維持、安全な運行のためには必要なコストであり、現実にはそれさえも削っている鉄道会社もあるため、この値上げの判断を否定するつもりはない。

そもそも消費増税は行われるのか

 だがしかし、多くの鉄道会社は消費増税にともなう値上げを行うかどうかさえ明言していない。背景には、安倍政権の消費増税に対する姿勢が不明確であり、景気の判断を見て決定できる状況ではないというものがある。生活が厳しい中で消費増税に対する批判は根強く、安倍政権を支持しているような保守系の雑誌であっても、消費増税の反対を打ち出す論調を誌面で展開している状況がある。

 また加えて、7月には参院選があり、この選挙で消費増税を争点にするという可能性もある。衆参ダブル選挙の可能性もあり、そうなると10月に増税を行うことを景気が悪いと判断しない限り決定していながら、消費増税の是非を選挙戦で大々的に議論するという可能性も大きい。

 そういう状況がある限り、鉄道会社は「値上げ」を簡単に打ち出すことは難しくなってくる。政権が消費増税を決定しない限り、鉄道会社としては動きようがない、という現実もある。

消費増税時の値上げを明言する鉄道会社が

 だが、消費増税時の増税分だけの値上げを明言する鉄道会社がある。JR東海だ。プレスリリースこそ出していないものの、5月17日の記者会見で金子慎社長が「増税に伴い、初乗り運賃を計算通り上げていく」と話したと、『日本経済新聞電子版』の5月17日の記事では報じている。初乗りを140円から150円にするという。これまでJR東海は消費税導入時や増税時の初乗り運賃は据え置き、JR西日本やJR東日本と合わせてきた。引き上げ幅は、増税に見合う規模に調整し、JR東日本や首都圏の多くの鉄道会社が採用している1円単位の運賃を採用しないという方針を示した。

 JR東海は、消費増税が行われた場合に運賃を値上げするということを述べている。ただし、JR東海は企業の活動において非常に慎重な会社である。リニア中央新幹線でさえ、長期的な計画のもとにある。それが、消費増税が行われるかどうかがいまだわからない状況で、「税率の引き上げが行われたら」という留保条件がつくものの、値上げをこの時期に表明するというのは意外でさえある。

 増税が行われるとある程度確かなところから情報が伝わっているのだろうかと考えると、同社の葛西敬之名誉会長が安倍政権と近いということに気づいた。最近の「首相動静」を見ると、3月29日に葛西名誉会長は安倍首相・北村滋内閣情報官と会食し、5月16日にも安倍首相と会っている。このあたりで、今後の政治の方針が共有され、その中で消費増税が行われる可能性も伝えられたということも考えられる。政権と近い人物が経営陣にいることで、企業活動に有利な情報を獲得できたという見方もできるのだ。そのぶんだけ準備に余裕が持てることになる。

 確実に増税が行われるとなると、それに対して鉄道会社は対応を取らなければならないはずだ。しかし、現実には遅れている。参院選の結果が出て、消費増税が確実になるまで鉄道会社は動きようがない。

 鉄道会社は、政治の動きに左右されながら、値上げという経営上重要な判断をしなくてはならない。その意味では、態度をあいまいにする現在の政権のやり方には問題があるのではないだろうか。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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