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穀物が足りなければ、昆虫を食べれば良い? ~本当の狙いは昆虫食の普及に非ず~

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

国際連合食糧農業機関(FAO)と経済協力開発機構(OECD)は6月6日、「Agricultural Outlook 2013-2022(農業展望 2013-2022)」という報告書を共同でまとめた。

同報告では、力強い需要拡大が続く一方で、供給の伸びは鈍化することで、今後10年にわたって穀物や家畜価格などの食糧価格が高止まりするとの厳しい見方が示されている。13年に関しては、大規模な増産によって穀物価格の沈静化が予測されているが、先行きは決して楽観視できないことが強調されている。

供給サイドでは、食糧増産ペースの明確な鈍化が予測されている。具体的な数値を見てみると、過去10年の増産率は年間+2.1%だったのに対して、今後10年は同+1.5%に留まる見通しである。何か特定の分野で生産が滞るといった訳ではなく、生産コストの上昇、生産資源の制約、環境面への影響などが、食糧増産への障害になることで、世界的に食糧生産が困難な時代を迎えるとの見通しになっている。

途上国に関しては、生産技術が遅れているため、先進国からの技術移転によって比較的高いレベルでの増産率を達成できる余地がある。単純に、現在先進国で採用されている生産技術を新興国でも活用できるようにすれば、生産性の大幅な向上による増産が達成できることになる。ただ、従来のように農耕地面積の拡大に依存することが難しくなるため、増産ペースの鈍化は避けられない状況にある。

一方、需要も従来との比較では拡大ペースが鈍化するものの、新興国を中心に着実な拡大傾向が続く見通し。世界の人口拡大、所得水準の向上、都市化などを受けて、1人当たりの食糧需要は南米、アジアに加えて、東欧、中央アジアなどで大きく拡大することが想定されている。

特に、中国の需要拡大ペースは消費の伸びを年間0.3%程度上回る見通しであり、過去10年と同じペースで国際食糧需給を引き締めることが予測されている。1978年~2011年にかけて同国の農業生産は4.5倍に拡大したが、今後10年は農地と農業用水不足から、増産ペース鈍化が予測されている。

中国政府は、これまで小麦とコメを戦略物資と位置付けで自給自足体制に固執する一方、大豆は海外に依存する政策を採用しており、既に世界最大の大豆輸入国となっている。しかし、今後は他の農産物に関しても海外依存度を高めざるを得なくなる可能性があり、不確実要素として注目される。

主要国の在庫水準は依然として低く、天候不順などがあれば食糧価格のボラティリティ(価格変動率)は容易に高まる可能性が、食糧安全保障における重大な関心事となる。

■昆虫を食糧システムに組み込む必要性

今報告では、こうした食糧安全保障に対する解決策の一つとして、食糧ロスや廃棄の削減が重要と指摘されている。要するに、「MOTTAINAI(モッタイナイ)」精神のことである。

日本の場合だと食品廃棄物は年間2,000万トン近くが発生しているが、これは年間の食糧輸入の約3分の1に相当する規模である。カロリー(熱量)ベースだと、供給カロリーと消費カロリーとの間に25%のギャップが存在しており、概ね4分の1が消費されずに廃棄されている計算になる。この全てが賞味期限切れや食べ残しといった訳ではないが、食糧供給問題を考えるに際しては無視できない規模であることは間違いない。

一方、5月にFAOがまとめた「Future Prospect for food and feed security(食糧・飼料保障の展望)」では、昆虫食の可能性に言及したことが注目されている。

同報告では、飢餓との闘いにおいて食糧・燃料・飼料調達拠点としての森林の重要性を強調し、食糧安全保障政策の中に森林や農地内の樹木の取り扱いも組み込むことを主張している。それに加えて、「森林から得られる栄養分・蛋白分の高い食糧源の一つが昆虫」だとして、FAOとしては恐らく初めて食糧としての昆虫に関して本格的な報告を行っている。

日本でも長野県などで昆虫食文化が報告されているが、FAOによると世界で少なくとも20億人が伝統的な食糧として昆虫を摂取している。具体的には、甲虫(31%)、芋虫(18%)、蜂・蟻(14%)、バッタ(13%)などとなっており、たんぱく質や脂質、カルシウム、鉄分、鉛分など栄養面でも高い評価が下されている。

このように書くと「穀物が足りなければ、昆虫を食べれば良い」と受け止められ易く、この報告書が公表された直後のメディアの報道でも「昆虫を食べよう=FAOが報告書」(Reuters)といった興味本位の報道が目立った。

ただ実際にはこの報告書は昆虫食の普及を推奨しているものではなく、報告書を作成したFAO林業局ミューラー林業経済政策・林産品部長も「FAOは、人々が昆虫を食べるべきだ、と言っている訳ではない」と明言している。これはFAOのプレスでも明記されている。

FAOが意図しているのは、食糧供給システムに昆虫を組み込むことで、特に飼料向けに活用することを目指すものである。例えば、家畜飼料では魚粉が多く使用されているが、これを昆虫で代替できれば、人間の食べる食糧を実質的に増産したのと同じ効果が得られることになる。

また、既に昆虫食が普及している地域では、昆虫を食糧として認めることで、保健衛生面での法整備や品質管理の強化などを行い、より安全な食糧としての昆虫を供給することも可能になる。

もちろん、世界的に昆虫食文化が普及するのが最も近道なのだろうが、既に昆虫食文化を持つ世界人口の3分の1が安定的・安全に昆虫を調達できる環境が整備されるだけでも、穀物や畜産物に対する需要抑制と言う形で、食糧需給の安定化につながる。そして、本来であれば人間が食べることのできる飼料までも昆虫で代替できることになれば、食糧供給環境は一変する可能性もある。

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(画像出所)FAO

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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