教育は今後メンター・相互学習の時代へ
私はこれまで、政策研究や政策づくりの仕事をしてきているが、それと同時にこれまでに20年以上にわたって大学等で教鞭をとってきている。
その経験(これは個人的な経験にすぎないが)からいえることは、年齢的に経験のある教員・教師が学生や生徒に対して授業を教えるというこれまでの教育のスタイルは今後急速に役割が縮小していくのではないかと考えられるということだ。
もちろん、その従来の教育スタイルは、多くの対象者に何かの分野における基礎を比較的短期間で形成するという意味では、それなりに有効なやり方であった。社会に変化の速度が現在と異なり比較的ゆっくり出会ったときには特にそうであったといえるだろう。
しかしながら、それも、現在のようにあらゆる情報等がデジタル化できる時代になり、デジタル化された情報で修得把握できるシステムと組わせたオンディマンド対応などで、各対象者向けにより個別対応できるようになってきているなか、これまで以上に一つの教授法に過ぎなくなってきているといえるだろう。
また社会の変化の速度が比較的にゆっくり出会った際には、ある分野の専門的な知見の基礎があれば、それを活かして長らく仕事や活動に活かすことができた。場合によっては、定年時まで活用できたのである。
ところが、特にこの10年、いや5年ぐらいかもしれないが、社会の変化の加速度化が進展する中で、その教育モデルは完全に崩れ、過去のものになってきた感がある。私たちが、考えたり活動する上での土台となる基礎をキチンと学ぶ機会を持つことの重要性は今後も失われないだろうが、これからは絶えず学び続けることがより重要になってきているのである。その意味からも、その学び続ける土台を早くつくることが必要になってきているのである。そのことは、不可逆的な流れであるということができるだろう。その流れは、近年の「リカレント教育(注1)」「リスキリング(注2)」の関心高まりにも符合するものである。
その学び続けられる土台の構築には、対象者は、ある分野の専門的基礎を習得した後には、できるだけ主体的に学んだり、自身で研究できる機会や時間・経験を持つことが重要だ。そしてそのためには、「メンター」の存在(注3)と相互学習の機会が重要であると考えられる。
私たちは、自分で主体的に学んだり研究することが突然にできるわけではない。しかし、絶えず教師がいていつも教えてくれていては、そのような資質を育てることはできない。その資質を育てるには、自身でもがいたり悩んだりしながら、そして考えながら学びことが必要である。ただその場合、自分だけで学ぼうとしても行き詰る。そのようなときに必要なのは、時に前ではなく横にいて並走してくれて、時に別の視点や立場から助言してくれるメンターの存在である。これからの教育や人材育成では、従来のような教員や教師ではなく、メンターが必要かつ重要なのである。
特に近年のように、特に社会変化の速度の加速化と大きな変貌の時代では、年齢や経験があることが、視野を狭めたり、従来のやり方に固執させ、逆にディスアドバンテージになることもあるのである。その観点からも、最近若い人材から学ぶ「リバースメンタリング」(注4)の意味の重要性も高まってきているのである。
またもう一つは、「相互学習」だ。読者の方も経験があると思うが、自身で独学で学び続けるのは至難の業だ。また何かの問題や課題を考える場合に、自分が他の方に教えることで、自身がいかに理解できていないかということがわかるという経験をしたことも多いだろう。
このように考えると、複数で相互に教え合い、学び合いという「相互学習」が、自身が学び、成長していく上で貴重かつ重要な機会になると考えることができるのである(注5)。
これまで、今後の教育の可能性および可能性について述べてきたことからもわかるように、近年急速に広まってきているSTEM教育やSETAMA教育(注6)、Edtech(注7)およびコロナ禍という必要性に迫られてある程度広まった遠隔教育(注8)も含めたICT教育などの流れも踏まえながら、「メンター(的教育人材)」「相互学習」の視点から、今後の日本および世界の教育の方向性および教育機関および教育人材の在り方を再構築していく必要があるといえるだろう。このことは、従来の教育や教育機関の在り方を大きく変えていくということができるだろう。
(注1)リカレント教育(recurrent education)とは、「社会人になってからも、学校などの教育機関に戻り、学習し、また社会へ出ていくということを生涯続けることができる教育システムを指す。リカレント(recurrent)には、繰り返しや循環といった意味があり、回帰教育、循環教育と訳されることもある。また、「学び直し」と表現されることもある。」(出典:「リカレント教育」((株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」)より)
(注2)リスキリング(reskilling)とは、「働き方の変化によって今後新たに発生する業務で役立つスキルや知識の習得を目的に、勉強してもらう取り組みのことだ」(出典:「【2分でわかる】リスキリングとは? 人材育成への導入時5ステップも解説」リカレント)
(注3)メンターとは、「・『良き指導者』『優れた助言者』『恩師』の意。自分自身の仕事やキャリアの手本となり、助言・指導をしてくれる人材のことを指す。
・人材育成の手法としても用いられており、組織として関与する上司や役職者ではなく、関与度の低い他部門の人材や先輩(役職の無い人材)をメンターとして任命し、日頃の悩み相談やキャリアパスの見本となる人材を割り当てることもある(メンタリング制度)」(出典 人材マネジメント用語集[(株)アクティブアンドカンパニー])
(注4)リバースメンタリングとは、「若手社員や部下がメンターとなって上司や先輩社員に助言する仕組みのことです。一般的なメンター制度とは逆方向となることから、逆メンター制度ともいわれています。労働市場では、ゆとり世代やミレニアル世代、ジェネレーションYと呼ばれる若い世代が増えています。彼らは、従来の社員とは異なる価値観や感覚を有しており、新たな視点や気づきを与える存在であると考えられています。」(出典:「リバースメンタリングとは?役員や管理職を育成できる手法について」(mistucari、2021年6月27日)
(注5)この「相互学習」と上述の「リバースメンタリング」の観点からも、次のような試みは番組等は、非常に興味深い視点を与えていると考えることができる。
子どもが教える学校は、「10代の子ども達が先生となり、授業を行う学校です。授業づくりを通して、彼らの中にある『熱源を見つけ、伝える力を育む』プログラムです。」
大人顔負け知識を身に着けた子どもの「博士ちゃん」が、授業を行う番組。
(注6)EdTechは、「Education(教育)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、テクノロジーを用いて教育を支援する仕組みやサービスを指します。生徒向けの学習支援システムや教師のための授業支援システム、英会話やプログラミングなどをインターネット上で学習することができるサービス、学校での利用を主眼に置いたSNSなど、EdTechに分類できるサービスは数多く登場しています。」(出典:「意外と知らない?ITトレンド用語 EdTech(エドテック)とは」
ICT Business Online)
(注7)
「STEM教育とは?
S:Science 科学 T:Technology 技術 E:Engineering 工学 M:Math 数学
これらの頭文字を取った教育分野を、STEM(ステム)教育と称します。
科学者やエンジニアを育てる教育というより、自分で考え、自分で学んでいく子どもたちを育てるという教育方法です。
STEM教育とSTEAM教育のちがいは?
STEM(ステム)教育に、『Arts』芸術性を加えたものが、『STEAM(スティーム)教育』です。 芸術性を加えることで、創造性が鍛えられ、新しい着眼点や問題解決能力に結びつきます。」(出典:「STEM教育って何?メリットやSTEAM教育との違いは?」、ロボ団、202年8月21日)
また「STEAMS(スティームス)教育とは?」(コエテコ、2022年1月17日)なども参照のこと。
(注8)「遠隔教育」(東京新聞サンデー版大図解No.1460、2020年6月7日)など参照。