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「佑都はスーパーポジティブ」。森保監督も脱帽する長友の「強靭メンタル」の源流は?

元川悦子スポーツジャーナリスト
サウジアラビア戦の2点目をアシストした長友佑都(写真:ロイター/アフロ)

批判を糧にして、魂のこもったプレーを披露

「みなさんの批判が僕の心に火をつけてくれたなと。改めて批判は自分にとってのガソリンで、必要なものだと感じましたね、追い込まれれば追い込まれるほど、逆境になればなるほど力を発揮できる。僕の魂の叫び、聞こえました?」

 1日の2022年カタールワールドカップ(W杯)アジア最終予選の天王山・サウジアラビア戦(埼玉)。負けたら自動出場圏外のグループ3位転落もあり得た状況で、凄まじい闘争心と気迫あふれるパフォーマンスを見せたのが、長友佑都(FC東京)だった。

 彼は最終予選突入後、凄まじい逆風にさらされている。全ての始まりは昨年9月の初戦・オマーン戦(吹田)を落としたことだろう。当時、長友は20-21シーズンを1年間戦ったマルセイユを退団し、無所属。ギリギリまで欧州内移籍を模索していたが、6月の日本代表戦を最後に公式戦から遠ざかり、実戦感覚に不安を抱えていた。その長友の左サイドを崩され、ラスト1分というところで失点したことで、風当たりが強まった。

最終予選序盤戦苦戦の戦犯扱いも

 次の中国戦(ドーハ)以降もスタメンは不動だったが、佐々木翔(広島)や中山雄太(ズウォレ)と終盤に交代するケースが続いた。9月シリーズの直後、彼は11年ぶりに古巣・FC東京に復帰。Jリーグ組としてコンディションを引き上げ、実戦感覚を取り戻そうと最大限努力していたが、10・11月の4試合を見ても、1対1の局面で相手を抜ききれなかったり、クロスの精度が今一つだったりする印象が否めなかった。かつてインテルやガラタサライに所属していた頃はもっとキレや鋭さがあったと指摘する声も少なくなく、厳しい声は依然として消えることはなかった。

 こうした意見を助長したのが、10月のオーストラリア戦(埼玉)で長友が上がった裏を突かれ、失点につながったこと。カバーに行った守田英正(サンタクララ)がファウルを犯し、相手のFKの名手・フルスティッチ(フランクフルト)に同点弾を奪われたが、そのシーンも逆風を強める一因になったのではないか。

森保監督は絶対的な信頼を寄せているが…。
森保監督は絶対的な信頼を寄せているが…。写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 迎えた2022年。35歳のベテランを起用している森保一監督は「ヒートアップする長友バッシング」に対して、このような見解を示していた。

「佑都は世界のトップトップの経験がありますし、代表としても日本で最高の経験を持ってて世界基準を見せられる選手。奪いに行く守備ができるのも強みです。データ上でも批判を受けるような数字は全く出ていない。オーストラリア戦の時、背後を取られた場面は佑都だけの問題ではなかったし、チームでどうプレスをかけるかがうまくいかず、連係連動が取れていない中での失点。彼だけのせいではありません」

 指揮官は多くのサポーターに理解を促すコメントを出したのだが、27日の中国戦(埼玉)で後半13分に長友と交代したばかりの中山が得意の左足でワールドクラスのクロスを入れ、それを絶好調男・伊東純也(ゲンク)がヘッドで決めると、再び「長友は先発から外すべき」という意見が過熱する。日本代表OBの城彰二氏や田中マルクス闘莉王氏までもそういった発言をしたのだから、世論はどんどんそちらに傾いていく。「使い続ける森保監督が悪い」といった意見もSNS上では散見されたが、指揮官がベテラン重視のメンバー起用を続けていることもあいまって、彼がスケープゴートになっている印象も否めなかった。

「全然弱いですよ、僕のメンタルは」

 それだけ周囲がザワザワしているのであれば、常人なら逃げ出したくなって当然だ。ナーバスにもなるだろうし、「このまま先発で出ていていいのだろうか」と迷いが生じることだってあり得る。しかしながら、長友はサウジ戦2日前の取材対応に笑顔で登場。

「左サイドが停滞するのは僕の責任だと思ってます。拓実(南野=リバプール)に中でプレーさせてゴールに絡む仕事をするように仕向けたいんで、もっと僕が動かないとダメですね。自分が全てを打開できれば何の問題もない。それはちゃんと受け止めないといけないと思います」と堂々とコメント。伊東が無双状態の右サイドに比べて攻撃が機能していないと指摘される左サイドの責任を一心に背負って、修羅場をくぐり抜ける覚悟を改めて示したのだ。

 この質問を筆者がした際、「長友君はホントにメンタルが強いですね」と声をかけると「全然弱いですよ。僕のメンタルは」と彼は苦笑した。確かに2008年から日本代表における彼の一挙手一投足を見続けてきたが、弱くなった時期もあった。

2014年ブラジルW杯後の苦しみを乗り越えて

 最たるものは、2014年ブラジルW杯からの半年間だ。2011年1月に移籍したインテルでレギュラーを張り続け、UEFAチャンピオンズリーグ(UCL)のベスト4を経験したことで、当時の彼には「自分はトップ・オブ・トップで戦い抜いてきた選手」という自信とプライドがあった。それがブラジルW杯での惨敗でズタズタに引き裂かれ、何を目指したらいいのか分からなくなった。そのせいか、いつも記者に明るく笑顔で話をしてくれていた長友が、申し訳なさそうに取材ゾーンを無言で去っていくという異変が起きたのだ。

 とりわけ印象的だったのが、ハビエル・アギーレ監督(現パチューカ)時代に挑んだ2015年アジアカップ(オーストラリア)の準々決勝・UAE戦前日だ。指揮官とともに会見に登壇した彼に「ブラジルW杯で敗れて、いろんなことを考えたと思うが、何が足りないのか。この大会で何をトライしていくのか」と筆者が問いかけたところ、長友は30秒近く押し黙り、答えを見つけられなかった。見るに見かねてアギーレが「私が答えますよ」と助け舟を出したが、本当にこの時期の長友は精神的にボロボロになっていたように映った。それだけの地獄を見たからこそ、あとは上っていくだけだと、いい意味で割り切れたのかもしれない。

森保監督が最後に頼るのは強い人間

 同年3月にヴァイッド・ハリルホジッチ監督(現モロッコ代表)が就任してからは本来の前向きさを取り戻し、チームがよくなるために何をすべきかを第一に考えるようになった。2018年ロシアW杯直前に西野朗監督が就任し、全く未知数な状態で赴いた直前合宿地のゼーフェルトでも、「おっさんジャパン」という批判とチーム全体に漂う停滞感を打破すべく、いきなり金髪で登場。「スーパーサイヤ人になりたかったけど、ただのスーパーゴリラになった」と笑いを取り、場を和ませた。この男がいなかったら、ロシアでの快進撃も、16強入りもあり得なかっただろう。この時、コーチを務めていた森保監督は彼の存在価値の大きさを痛感したはずだ。

 今回の最終予選で序盤の入りに失敗した日本代表はもはや1つの失敗も許されない状況だった。明暗を分ける大一番・サウジ戦はメンタル的に強い人間でないと重圧をはねのけることはできない。そこで指揮官が重責を託したのは長友だった。「今日ダメだったら代表もダメだなと思っていた」と、彼自身も国際Aマッチ133試合の代表キャリアを懸けてピッチに立った。

覚悟と決意をピッチで押し出した長友
覚悟と決意をピッチで押し出した長友写真:森田直樹/アフロスポーツ

長友が改めて示した代表選手の基準

 その覚悟と決意は攻守両面に色濃く表れていた。序盤から左サイドで激しいプレスをかけに行き、南野との連係でボールを奪取。デュエルの強さを前面に押し出した。タッチライン際の上下動もこれまでの最終予選の中では目に見えて多く、深い位置までえぐる回数も増えた。そして後半5分には伊東のダメ押し弾をアシスト。今回も23分で中山との交代を強いられたものの、持てる全てを出し切り、チームの窮地を救ったのは確かだろう。

「佑都は物事をスーパーポジティブに変換でき、自分の成長に変えていける人間。練習中も人一倍元気に取り組み、クオリティも求めながら、突き抜けたポジティブさをどんな状況でも変わらず示せる。そこがスーパーなところ。まだまだスタメンを張れるだけのパフォーマンスは示してくれた」と森保監督も太鼓判を押したが、大ベテランが踏みとどまってくれたのはやはり大きい。中山筆頭に周囲の若い面々に「これ以上のパフォーマンスと影響力を示さないとスタメンは張れない」という危機感を抱かせる人間は必要なのだ。

 これで逆風はいったん止むだろうが、いつ再び同じような苦境が訪れるか分からない。それでも長友佑都という人間は決して高みを目指すことを諦めないはず。こんなメンタルモンスターはそうそう出てこない。発言や立ち振る舞い含め、これからも長く日本代表に居続け、前向きな気運を生み出してほしいものである。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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