Yahoo!ニュース

藤井聡太八冠、プレイバック八冠ロード ~渡辺明九段との連戦、そして七冠へ~

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 2023年、藤井聡太八冠(21)が歴史的な偉業、全タイトル制覇を達成しました。

 年明け時点では五冠を保持していた藤井五冠(当時)は、2月に開幕した第48期棋王戦コナミグループ杯五番勝負と、4月に開幕した第81期名人戦七番勝負で、立て続けに渡辺明九段(39)からタイトルを奪取しました。

 この記事では、藤井八冠と渡辺九段による2つのタイトル戦に焦点を当てます。

角換わり腰掛け銀シリーズ

藤井五冠が3勝1敗で棋王を奪取した
藤井五冠が3勝1敗で棋王を奪取した

 第48期棋王戦コナミグループ杯五番勝負は、全4局が角換わり腰掛け銀という珍しいシリーズとなりました。

 これは、渡辺棋王(当時)の趣向によるもので、藤井五冠(当時)もそれを避けずに、全局角換わり腰掛け銀となりました。

 この戦法は定跡が整備されているため研究でカバーできる範囲が広く、すぐに終盤戦に突入することが多いです。このシリーズでも対局ごとに迫力ある終盤戦が続きました。

 その中で、藤井五冠の読みの深さと判断力が光り、開幕2連勝を果たしました。

 そして迎えた第3局。終盤で優位に立った渡辺棋王でしたが、二転三転し、最後は藤井五冠が詰みを逃す波乱の展開となり、渡辺棋王が1勝を返しました。

 先手番を落として流れが悪くなった藤井五冠ですが、第4局で強さを見せて踏みとどまりました。渡辺棋王の猛攻をしのいで、反撃に移ってから素早く相手玉を寄せて勝利。棋王のタイトルを奪取し、タイトルを6つに増やしました。

渡辺九段の戦略変更

藤井六冠が4勝1敗で名人を奪取した
藤井六冠が4勝1敗で名人を奪取した

 A級順位戦でプレーオフを制した藤井六冠(当時)が、初めて名人戦の舞台に登場しました。

 この名人戦七番勝負では、渡辺名人(当時)が棋王戦とは戦略を変え、矢倉や雁木などの角を交換しない相居飛車を主戦に据えました。

 角を交換しないと戦いが始まるのが遅く、中盤でのねじり合いが長引く傾向にあります。

 棋王戦では角換わりで結果が出なかったため、渡辺名人は大きく戦略を変更したのです。藤井六冠もその戦略を真正面から受け止めて、このシリーズではジリジリした戦いが増えました。

 このような戦いでは渡辺名人に一日の長があったか、渡辺名人が序盤でペースを握って進めるケースが目立ちました。

 藤井六冠が第1局を制して迎えた第2局は、後手番ながら渡辺名人が積極的に局面を動かし、リードを奪って終盤戦に突入しました。

 しかし、一瞬のスキをついて藤井六冠が逆転に成功し、勝利を収めました。

「第81期名人戦七番勝負第2局 主催:毎日新聞社・朝日新聞社・日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王―△渡辺明名人73手目▲2六歩まで 杏=成香
「第81期名人戦七番勝負第2局 主催:毎日新聞社・朝日新聞社・日本将棋連盟」 ▲藤井聡太竜王―△渡辺明名人73手目▲2六歩まで 杏=成香

 飛角両取りにかまわず▲2六歩と金取りに歩を打ったのが勝因となる一手でした。これは、「両取り逃げるべからず」を実践する一手で、後手が取るとしても飛車か角のどちらか一方であり、そこで▲2五歩と金を取れば後手玉が一気に危険になります。

 △2六同金には▲同角△同成香に▲1五角の王手成香取りが厳しく、△3五金のように金を逃げると▲5三成香~▲2二角の攻めが厳しく、いずれも先手の一手勝ちとなります。

 この手は一見しただけでは良さが分かりにくいですが、双方の玉の距離感を的確に見極めた好手なのです。この手が決め手となり、藤井六冠が2連勝で好スタートを切りました。

藤井六冠の勝負手

 互いに1勝ずつを加えて迎えた第5局でも渡辺名人が序盤でリードを奪いました。

 追い込まれた藤井六冠は、豪快な勝負手で局面の打開をはかります。

「第81期名人戦七番勝負第5局 主催:毎日新聞社・朝日新聞社・日本将棋連盟」 ▲渡辺明名人―△藤井聡太竜王70手目△4六角まで 全=成銀
「第81期名人戦七番勝負第5局 主催:毎日新聞社・朝日新聞社・日本将棋連盟」 ▲渡辺明名人―△藤井聡太竜王70手目△4六角まで 全=成銀

 図の△4六角は攻防の手です。対して▲3四飛も急所に飛車が動く先手の待望の一手ですが、そこで△6六角と飛び出したのが藤井六冠の用意した勝負手でした。

 藤井六冠の玉は3四に動いた先手の飛車に睨まれて危険ですが、安泰だった渡辺名人の玉も、2枚の角が急所にきいて一気に危ない格好になりました。

 この藤井六冠の勝負手に渡辺名人が方針を誤りました。

 6六角を取って一度受けにまわれば分のある終盤戦でしたが、実戦では6六角を取らずに▲2三桂から攻めたのが失敗でした。

 藤井六冠が反撃に移ると2枚の角の威力で瞬く間に渡辺名人の玉に必至がかかり、藤井六冠が勝利を収めました。

 この勝利で藤井六冠は名人を獲得し、タイトルを7つに増やしていよいよ全冠制覇が現実味を帯びたのです。

渡辺九段の再起に期待

 名人戦第5局を最後に藤井八冠と渡辺九段は対戦していません。名人戦以降、渡辺九段が調子を落としているのが一因です。

 渡辺九段は藤井八冠との戦いで様々な戦略を駆使し、その戦略に藤井八冠は苦しめられてきました。その戦いぶりに、藤井八冠の全冠制覇を阻止するのは渡辺九段だ、そう思っていたファンも多かったでしょう。

 羽生善治九段(53)の全冠制覇を防げなかった谷川浩司九段(61)は、無冠に転落した後に再起し、羽生九段からタイトルを奪い返していきました。

 歴史は繰り返すと古くから言われています。

 筆者が練習将棋を行っている場所では、渡辺九段が若手に混じって練習将棋を指している姿を見かけます。対人での練習に重きを置いていなかった渡辺九段ですが、試行錯誤を繰り返している様子がうかがえます。

 その強さからヒール役にまわることも多かった渡辺九段ですが、今はファンの期待を一心に受けています。藤井八冠と渡辺九段がタイトル戦でぶつかれば、必ず盛り上がることでしょう。

 渡辺九段の再起に筆者も期待しています。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

遠山雄亮の最近の記事