才能どこかに売ってないか? 崖っぷちバンドのマネージャーを演じた元アイドルへの無茶振りと刺さった言葉
鳴かず飛ばずのバンドを担当する音楽事務所のマネージャーが、崖っぷちで奮闘する映画『ディスコーズハイ』。初主演の田中珠里は大規模な美少女コンテスト出身で、アイドル活動を経てドラマ『荒ぶる季節の乙女どもよ。』などで存在感を発揮。1月には人気マンガが原作の舞台『BASARA』で主人公を演じた。今作でも暴言を吐いたり、おかしな挙動をする役でインパクトは絶大。「殻を破って変な役にどんどん挑戦したい」と語る。
ガッツリ変な役に挑戦したいです
――デビューのきっかけになったコンテストから今年で10年ですが、当時から女優になりたかったんですか?
田中 最初は歌手を目指していた母の影響で、「歌いたい」というのがありました。幼稚園の頃から、マイクを持った女の子の絵を付けて「歌う人になりたい」と書いていたんです。
――では、演技に興味を持ったのはいつ頃から?
田中 アイドルをやりながら、17歳のときに初めてドラマに出させていただいて、「もっとやりたいな」と思いました。自分と違う人を演じることは、難しいけど楽しいんだと感じたんです。
――その後いろいろ出演する中で、転機になったような作品はありますか?
田中 『荒ぶる季節の乙女どもよ。』ですね。オーディションで受かって、原作の特徴的な髪型に寄せて、自分の殻を破った感覚がすごくありました。
――小説を書くために性について知ろうと、エロチャットをしている女子高生役でした。
田中 すごく濃い作品で、今までになかった挑戦をして、演技についてより考えるきっかけになりました。
――今年は舞台『BASARA』から主演作が続いていますが、自分でも舞台や映画はよく観ますか?
田中 はい、観ます。ミュージカルも好きですし、映画では最近『死刑にいたる病』を観ました。すごく重い内容で、阿部サダヲさんの表情だけでもゾクッとして。ああいうスリルのある、サイコパスの役をやってみたいと思いました。
――好きな傾向はそっち系なんですか?
田中 シリアスな映画が好きかもしれません。『告白』とか『渇き。』とか。そういう作品に出たいと常に思っています。ガッツリ変な役に挑戦したいので。
モヤモヤを人に話せないのは役と似ていて
目に見えないものに翻弄される音楽業界が舞台の『ディスコーズハイ』。叔父のコネで音楽事務所に入社した瓶子撫子(田中)が担当するバンドは、デビュー以来鳴かず飛ばず。自身も極度のあがり症で、会社のお荷物扱い。新曲の予算もロクに下りず、自らの手でMVを制作することになるが……。
――『ディスコーズハイ』で演じた撫子も、変な役ではありますね。
田中 そう。結構ブッ飛んでる役で楽しかったです。
――人物像は最初からイメージできました?
田中 ここまで強い女性とはイメージできませんでした。でも、自分と性格が似ている部分があって。私はあんなに思ったことをバンバン言ったり、「うるせえな!」って誰かを殴ったりはしませんけど(笑)、モヤモヤした気持ちを人に話せなかったり、大事なところで失敗したりはします。それでお芝居がしやすかったと思います。
――珠里さんも大事なところで何かやらかしたことが?
田中 ありました。アイドルをやっていたとき、寝坊してライブが始まる1時間前に、マネージャーさんの電話で起こされました(笑)。もう間に合わないと思ったんですけど、「今すぐ来てください」と言われて、髪ボサボサのすっぴんで家を出ました。着いたらちょうど、みんなが出番前の円陣を組んでいるところで、「おはようございます……」と輪に入りました(笑)。運が良かったのが、野外ステージで池を挟んで、お客さんと距離が離れていたんです! すっぴんだったので助かりました(笑)。
現場で急に高速まばたきを「やってみて」と(笑)
――岡本崇監督とも話して、撫子のキャラクターを作っていった感じですか?
田中 そこまで話してなくて、私が考えてきたプランをお伝えしたら、「それでいいよ」と言ってくださって。任せていただいた感じでした。でも、「死ね!」とか言ったりするのは台本にあったので、私が入れたわけではありません(笑)。
――撫子は叔父でもある事務所の社長と、担当するバンドのメンバーにだけ、口が悪くなったり暴力をふるうようですね。
田中 そうなんです。近しい人にだけ、イライラしたり思ったことをうまく言えないと、つい手が出てしまいます。ただただ不器用で、そういう行動を取ってしまう女性なんだと、感じてもらいたいです。
――ビンタするシーンとかは躊躇なく行けました?
田中 全力で行かせていただきました(笑)。ためらいはありましたけど、叩くのも蹴るのも一発のほうが、相手の方もいいじゃないですか。だから、集中してやりました。
――「うっせえな!」みたいな言葉も普段は使わないですよね(笑)?
田中 使っていたら怖いですよね(笑)。でも、この映画の撮影の前が『荒ぶる~』だったんです。本郷ひと葉ちゃん役では重めの声を意識してきて、そこからの撫子で、若干抜けてなかったのが良かったと思います。自分の中で気持ちを高めながら言っていました。
――一方で撫子は極度のあがり症で、緊張すると唇を尖らせ目をパチパチさせて“ピヨる”場面もありました。あれは練習したんですか?
田中 あの高速まばたきは、現場で直前に「やってみて」と言われたんです。ムチャ振りでした(笑)。たぶん私自身がわかりやすく緊張するのを撮りたかったんでしょうね。一生懸命頑張ったんですけど、あんなアップでガッツリ映るとは思ってなくて、いまだにちょっと恥ずかしいです(笑)。
自分のズバ抜けた才能は思い浮かびません
――珠里さんも関わりがある音楽業界の話で、リアルに感じたところもありました?
田中 マネージャーさんが大変なのは身近で見てきたので、わかりやすかったです。撫子より下京(慶子)さんが演じた別久のほうが、本来のマネジメントのやり方ですよね。撫子は不器用で、うまくリーダーシップを取ってバンドをまとめられませんけど、そっちのほうがアーティストとの距離は縮まって、仲良くなれるようにも思いました。
――この映画のテーマのひとつになっている“才能”についても考えました?
田中 ズバ抜けた才能があるからこそ、変な部分もある天才型の人っていますよね。私もそういう人になりたいですけど、自分に何かズバ抜けているものがあるか考えると、パッと思い浮かばなくて。好きなことはいっぱいあるんです。でも、「これなら一番できる」とか「誰よりも体が柔らかい」とか、そういうものはありません。だからこそ、ひとつの才能がある人に憧れます。
――人の才能を目の当たりにして、圧倒されたことも?
田中 あります。アイドルグループをやっていた頃、フェスで他のアイドルさんを見ると、ステージでキラキラ輝いているんです。本物というか、同世代なのに次元が違うと感じました。「負けたくない。もっと頑張らないといけない」と刺激をもらいました。
自分の想像以上のトーンが出て強めになりました
――撫子がバンドメンバーに「向いてるかどうかわかんのかよ!? やり切ったヤツがやっと言える台詞をお前が言うんじゃねえよ!!」などと怒鳴る場面もありました。
田中 あれは刺さります。台本で読んだときから、めちゃめちゃ良い台詞だと思って、自分で言いながら、すごく感動しました。「やり切ってから言え」というのは、お芝居でもそうだと思いますし。
――結構長い台詞で、気持ちを作って撮ったんですか? あるいは勢いで言ったような?
田中 あのときは、スタジオで撮影できる時間が限られていたんです。ほぼ一発で撮らないといけなくて、すごくプレッシャーがありました。それがかえって良かったのか、全力でやったら自分で想像していた以上の声のトーンが出て、強めになりました。
――火事場のバカ力が出た感じですか?
田中 そうですね。この映画には良い台詞がたくさんあるんです。それと同じくらい、おかしい台詞やシーンもあるので(笑)、目をこらして観ていただかないと、聞き逃してしまうかもしれません。でも、本当に心に響いて、私自身が背中を押された台詞も多かったです。
落ち込んだときはこってりしたラーメンを(笑)
――撫子は「もうダメかな」と諦めかけたりもしていましたが、そういう状況は珠里さんも経験ありますか?
田中 やめたいと思ったことはありませんけど、普通に落ち込んだり、前向きになれないことは日々あります。
――でも、「やめたい」まで行ったことはないと。
田中 ないですね。何くそ根性というか、「やるぞ!」という想いのほうが強いかもしれません。
――元アイドルの人からは「グループがなくなった途端、ファンがスーッといなくなる」という話をよく聞きます。
田中 私は変わらず応援してくださるファンの方が1人でもいれば、勇気をもらえています。グループがなくなったのは悲しかったけど、お芝居をやりたいと思っていたので、そこまで落ち込まず、次に行こうという気持ちになれました。
――日々で落ち込んだときは、どう立ち直るんですか?
田中 おいしいものを食べます(笑)。1人で何も考えず、めちゃめちゃこってりしたラーメンを食べたり、焼肉に行ったり。普段は気をつけて、撮影がある日の前とかは食べないようにしますけど、落ち込んだときは替え玉もして、スープも全部飲み干します(笑)。
殻を破ろうと自分に言い聞かせて
――撫子が亡くなった母親に言われて忘れている“魔法の言葉”のようなものは、珠里さんにはありますか?
田中 私の母はすごくポジティブなんです。私が落ち込んでいても「大丈夫だよ。気にしなくていいよ」という言葉しか返ってこないから、いつも救われます。友だち感覚で相談したり、最近だと一緒にお酒を飲んで話したりもしていて、「珠里は珠里らしくしていればいいから」というのは常に言われますね。
――撫子にとっての別久のようなライバルは、珠里さんにはいますか?
田中 自分自身がライバル、と言ったらカッコつけてるみたいですけど(笑)、最近本当にそう思うんです。お芝居でもちょっと構えてしまう部分があるので、もっともっと殻を破らないとダメだと、自分に言い聞かせていますから。
――美少女イメージも破っていこうと?
田中 もともと美少女ということでもないので(笑)、いろいろな役にどんどん挑戦していきたいです。
キツく見られがちなので柔らかい表情を意識します
――『ディスコーズハイ』を撮影したのは2年前だそうですが、今観ると、どんなことを感じますか?
田中 ちょっと恥ずかしいですね(笑)。今ならもっとこういう演技ができたとか、いろいろ考えてしまうので、リラックスしては観られません。でも、あのときの自分にはこれが精いっぱいで、切羽詰まった感じも撫子と似ていると思うので、そこはぜひ観ていただきたいです。
――見た目は2年前と変わったと思います?
田中 変わってないと思います。昔から顔はあまり変わってないですかね。今のほうが、やさしい顔つきになったかもしれませんけど。
――やさしくなったのは、珠里さんの内面の変化を反映して?
田中 私は映像だとキツく見られがちなんです。それでマッサージもして、表情が柔らかく見えるように意識しています。「キツい人ではないですよ」と(笑)。
――でも、珠里さんのルックスは、さっき挙がったようなエキセントリックな役に合う気がします。
田中 確かに。そういう役はぜひぜひやりたいです。
お芝居を第一に歌もずっとやっていけたら
――珠里さんはクラウドファンディングでコラボCDを制作しましたが、音楽活動も続けていくんですか?
田中 音楽にはずっと携わっていきたいです。今度の舞台『文化住宅の窓際にはマーガレットを』でも歌う場面があって、いつかはミュージカルにも出たいです。
――音楽的にはどんな嗜好ですか?
田中 ジャズが好きです。オシャレな感じのスタンダードナンバーがいいんですよね。目の前で演奏してくれるジャズバーに行ってみたくて。自分がジャズを歌いたいということではないですけど、アイドルの頃のように生で歌える環境があったらいいなと思います。お芝居を一番にやりつつ歌も歌って、好きなことができるようになっていきたいです。
――「もっと売れたい」とか野心的なものもありますか?
田中 よく「田中じゅり」と呼ばれるんです。ちゃんと「田中しゅり」で覚えていただけるように、頑張りたいです。
夏にサウナ付きの温泉で整いたいです
――仕事以外にもやりたいことはありますか?
田中 めちゃめちゃあるんです。絵も描きたいし、乗馬もしたいし、陶芸やサーフィンにも挑戦したい。陶芸は体験でお皿とコップを作ったことはあって、楽しかったです。1人の空間で集中するのも好きなんですよね。
――とりあえず、この夏は何かに取り組みますか?
田中 温泉に行きたいです。夏ですけどプールや海でなくて(笑)、温泉巡りをしてリラックスしたいなと。コロナ禍で地方に行けなかったので、最近ちょっと落ち着いてきたところで、遠出もしてみたいです。
――急に温泉に目覚めたんですか?
田中 最近サウナが好きになったんです。だから、サウナ付きの温泉に行きたくて。サウナはずっと入っていられるタイプです。水風呂と行ったり来たりしながら、永遠にいられるので、汗を流して整いたいです(笑)。
Profile
田中珠里(たなか・しゅり)
1998年12月14日生まれ、京都府出身。
2012年に「全日本国民的美少女コンテスト」でファイナリスト。2016年にドラマ『刑事 犬養隼人』で女優デビュー。主な出演作はドラマ『だから私は推しました』、『ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~』、『荒ぶる季節の乙女どもよ。』、舞台『BASARA』ほか。7月8日公開の映画『ディスコーズハイ』、7月8日~12日上演の舞台『文化住宅の窓際にはマーガレットを』(恵比寿エコー劇場)に主演。
『ディスコーズハイ』
監督・脚本/岡本崇 出演/田中珠里、下京慶子、後藤まりこほか
7月8日よりアップリンク吉祥寺、8月6日より大阪・第七藝術劇場、8月19日より京都みなみ会館にて公開