安倍昭恵さんは「安倍晋三」を商標登録できるのか?
X(ツイッター)で「安倍晋三」が商標登録出願されていることが話題になっています。出願人は安倍昭恵さんです。昨年の6月に商願2023-066597が、7月に商品・役務を追加する形で商願2023-076608が出願されています。いずれも、審査待ち状態であり、登録はされていません。特許庁の実体審査もまだ始まっていませんが、そろそろ何らかの見解が出ても良いタイミングです。両出願とも、可能な限り広範囲の商品・役務を指定しており、防衛的な色彩が強い出願です。
気になるのは昨年の出願の時点でなぜこれが話題にならなかったかです。出願人が炎上除けのために、Xの商標速報botの掲載を削除依頼していたのかもしれません。
さて、これらの出願の登録可能性はどうでしょうか?結論から言うと登録の可能性は高いでしょう。
気になるのは「他人の氏名を含む商標」を登録しないとする商標法4条1項8号の規定ですが、この規定は生存する人物にしか適用されないので、安倍元首相には関係ありません。万一、同姓同名がいた場合はその人の許可が必要になります。日本人の姓名の統計情報サイトによれば、安倍晋三氏の同姓同名者は「全国におよそ3人いる」そうです(具体的な計算ロジックは不明)。特許庁の審査で職権調査(電話帳の検索等)により、同姓同名者が見つかった場合には、その人の承諾書をもらえという拒絶理由通知が出ます。審査段階で同姓同名者が見つからなかった場合でも、登録後に同姓同名者が異議申立/無効審判を行う可能性は残ります。とは言え、その可能性はきわめて低いでしょう。
※4条1項8号の改正により「他人」にも知名度があることが要件になりましたが、それは今年4月1日以降の出願に適用されますので今回のケースには関係ありません(公開時点の記事では私の勘違いで誤った情報を書いてしまいましたので修正しました)。
では、死亡した人物の名前は勝手に商標登録出願してもよいのでしょうか?
歴史上の有名人物(たとえば、織田信長)を縁もゆかりもない人が商標登録出願すると、公序良俗違反(4条1項7号)による拒絶の対象になり得ます。亡くなった政治家の例で言うと、比較的最近に「角栄」なる商標登録出願が「田中角栄を認識させる」ということで、4条1項7号により拒絶されています。安倍晋三氏が歴史上の人物にあたるかについては議論の余地があるかもしれませんが、全然関係ない人や組織が出願するならまだしも、安倍昭恵さんの出願であれば、「安倍晋三」の名前を関係ない人に勝手に利用されることを防ぐためということで、いずれにせよ公序良俗には違反しないと考えてよいのではと思います。
特許庁がこのままスルーで登録するのか、拒絶理由通知(一種の暫定的拒絶)を出して、いったん安倍昭恵さん側の意見を聞く形になるのかはわかりません。先に、そろそろ何らかの見解が出ても良いタイミングと書きましたが、特許庁もこの扱いを検討中で時間がかかっているのかもしれません。
なお、言うまでもないことですが、この後に、「安倍晋三」が商標登録されても、広く「安倍晋三」という言葉を使うことが禁止されたり、安倍昭恵さんの許可が必要になったりということではありません。あくでも商品やサービスの標識として勝手に「安倍晋三」という言葉を使ってはいけなくなるということです。たとえば、安倍元首相と全然関係ない人が勝手に「安倍晋三政治塾」なるセミナーを始めた場合に、商標登録があれば商標権を行使して差止め(場合によっては損害賠償請求)できます。商標登録がなくても虚偽表示や名誉毀損等で訴えることはできますが、商標権行使の方が確実性ははるかに高いです。