東芝NANDフラッシュを誰が買うか
東芝メモリに日本勢が誰も応札しなかったが、その理由について先日「東京新聞」から電話インタビューを受けた。国内の半導体企業の理由は二つ。一つは、毎年数100億円規模の投資に耐えられないこと、もう一つは東芝のNANDフラッシュ事業を使って自社の製品ポートフォリオやビジネス戦略から相乗効果が得られないことだ。自分はインタビューする方だが、インタビューされることもしばしばある。少し説明を加えたい。
日本の半導体メーカーは、世界でも極めて特殊だ。1970年代から1990年代にかけてずっとDRAMを生産してきた。しかも1984年のプラザ合意で円高が世界で容認された翌85年には日本のNECが世界の半導体企業の売り上げトップになり、日立製作所や東芝、三菱電機、富士通などと共に日本の半導体企業はトップテンランキングの常連となった。1990年代はじめまで日本の天下が続いた。日本企業の世界シェアは50%を超えた年もあった。1992年にインテル社にトップを譲っても2位NEC、3位東芝、4位モトローラ、5位日立、6位TI、7位富士通、8位三菱電機、9位フィリップス、10位松下電器、と日本勢はまだ強かった。しかし、1位を譲ってからは後退していく一方であった。
このため、国内では官庁と親会社を中心にみんな一緒に微細化技術を開発しよう、と経済産業省主導のさまざまなコンソーシアムを設立したが、全て失敗に終わった。日本の半導体産業は世界シェアを落とす一方で、以来一度も日本の半導体産業が浮上した年はなかった。最大の理由は、東京新聞で報じられたように、失敗したのに全てのプロジェクトを成功、と評価したからだ。このことは本音が聞ける会で複数の関係者が証言している。エンジニアなら、顧客からのクレームや、半導体チップに何か不具合が見つかると、徹底的に分析し、故障原因を突き止め、二度と不良品を出さないように対策を講じてきた。霞が関がプロジェクトを失敗と評価したなら、なぜ、どのようにして失敗に至ったのか、を研究し、対策を打てたはずだ。しかし、成功と評価したために分析せず、ひたすら失敗を繰り返してきたのである。
1980年代中ごろから1990年代にかけて日本に席巻された米国企業はどうやって回復させてきたか。何度もいろいろなところで書いてきたが、みんなでまとまって何とかしよう、というような考えはなかった。唯一、セマテックという組織を作り連邦政府の資金を投入したが、結局失敗に終わり連邦政府は手を引いた。むしろ、米国半導体企業1社1社が真剣に自社の強み・弱み・世界的なトレンド・脅威などを検討し、自社の道を自分で切り開いてきた。
米国企業の中で、真っ先にそのことに気が付き実行してきた企業がインテルである。1984年ごろからDRAMは日本勢が強く、しかもメモリ容量をもっともっと上げていくだけのコモディティ製品になった以上、インテルのやるべき製品ではない、と割り切った。当時、同社のCEOであった、故ロバート・ノイス氏が来日し記者会見を開き、「DRAMはマイクロプロセッサと共に当社が発明した製品だが、DRAMはもはやコモディティになったから、我々はDRAM製品から手を引く」と述べた。それ以来、インテルはマイクロプロセッサに特化し、コンピュータの世界を支配するようになり、1992年に世界のトップにのし上がった。それ以来、ずっと2017年の今でもトップを行く。
インテルだけではない。TIもナショナルセミコンダクタ(今はTI)も、サイプレスもIBMも、どのようにして半導体事業を立て直したのかをインタビューした企業は全て、自社の歩むべき道を自分で見つけたからと答えている。
また、DRAMという製品は世の中でもまずないほど、マーケティングの努力の要らない製品だ。つまり顧客に次の製品は何が欲しいのか、を聞かなくてもよかった。4倍の容量を作ればよいからだ。当時のDRAMメモリは容量が少なくてどうしようもないほどだった。今なら1チップで512Mバイトのものがあるが、日本メーカーが全盛の64Kビットや256Kビット製品はわずか8Kバイト、32Kバイトしかなかった。だからひたすら大容量化を進んだ。
今でも日本の半導体メーカーの中には、次の主力の市場を探す努力が足りないところが多い。一方で、DRAMのように巨額の設備投資が必要な分野にはいきたくない、というトラウマがある。よく「羹(あつもの)に懲りてなますを吹く」といわれるが、DRAMで懲りたからメモリはやりたくないという気持ちが強く、巨額の投資を行う体力も経営力もない。東芝のNANDフラッシュの買収でも全く同様で、東芝以外の企業は巨額の投資に踏み切れないからNANDフラッシュはやらない。
しかも大半の半導体メーカーはDRAMがなぜ失敗したのかをきちんと分析せず、安易にシステムLSIに飛びついたが、システムLSIの本質を経営者が理解していなかった。システムLSIとは、ハードウエアだけではなくソフトウエアも組み込んだチップのことだ。ここで力を入れるべきは、ソフト開発の「人」と、「アーキテクチャ」の設計者である。にもかかわらず、DRAM同様の設備投資に明け暮れ、半導体メーカーの多くは体力を失った。
NANDフラッシュというメモリもDRAMと同様、巨額の設備投資が必要な製品である。DRAMにはトラウマ、システムLSIは模索、といった状態の半導体メーカーが多かったが、産業再編によって、自社の強みを生かして企業を伸ばす経営者がようやく今現れてきたところである。もはや半導体メーカーでさえも、みんなで「仲良しクラブ」を作ろうと考えるところはもうなくなっている。
半導体各社は、例えばルネサスは、クルマとIoT、アナログチップに的を絞り、中堅の新日本無線はパワーマネジメントやMEMSマイク、SAW(表面弾性波フィルタ)など成長分野だけに特化し、回復してきた。ソニーもCMOSイメージセンサとその周辺ICに特化している。今の日本企業でメモリを手掛けているところは東芝しかなくなった。東芝のNANDフラッシュ工場がもし無料だとしても欲しくない、というのが国内半導体だろう。
ではどこへ売るか。一つはファンドや銀行系だ。もう一つはNANDフラッシュの顧客、ないしは関連する企業になろう。鴻海精密が東芝に興味を示すのは、それを購入する顧客だからである。鴻海は、東芝から購入したNANDフラッシュをiPhoneに組み込み、アップルへ納入している。ただし、極めてクセのある経営者だけに「お坊ちゃま企業」の東芝では対応が難しいだろう。新聞ではソフトバンクの孫正義CEOと鴻海がビジネス上で関係するから、という捉え方だが、それだけで2兆円は出資できない。
もちろん海外のメモリメーカーに買ってもらうという手はあるが、今のところSKハイニックスが手を挙げているようだ。しかしSKハイニクスはかつてエルピーダの買収の時にも手を挙げて、広島の工場をさんざん見て研究し尽くしたあと、手を下したという「前科」がある。東芝にも同じことをする可能性は高い。あるいはサムスンという可能性もあるが、東芝の四日市工場を折半して使っているウェスタンデジタルが許さない。
国内メーカーならあとは、日立やNEC、富士通などストレージサーバーを手掛けている企業だろう。ただ、2兆円全ては出資しない。100億円程度の小口の出資の可能性は十分ある。NANDフラッシュ製品の安定供給を期待できるからだ。東芝は、NANDフラッシュの次の製品としてPCRAMやMRAMという次世代の不揮発性メモリを開発しているが、これらを期待する国内外のコンピュータメーカーやクルマメーカーは出資先(出資額はせいぜい数%~10%どまり)の選択肢に入る。
東芝は2次応札を考えているという報道もあるが、決断を長く伸ばすことではない。また自らも資金調達に動くべきであり、待っていてはシャープ同様、評価額を下げられるようになる。東芝はあくまでも入札にこだわっているという声も聞くが、もしこれが事実なら、東芝もシャープのようになるだろう。自ら動くことが問われているのである。
(2017/04/16)