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【福岡・冷蔵庫2遺体事件】8050問題介護 ひきこもり状態の子に周囲ができること

池上正樹心と街を追うジャーナリスト
相談できずにいた介護の悩みや将来の不安などを受け止める、心のケアが求められている(提供:ankomando/イメージマート)

 福岡市の住宅で冷蔵庫の中から高齢夫婦の遺体が見つかり、80代の両親の首を絞めたとして8月26日に殺人罪などで起訴された次男(59歳)は、約40年にわたり、ひきこもりがちだったという。筆者は、新聞社からの取材で、この8050世帯の悲劇のことを初めて知った。

 8月27日付の西日本新聞によると、次男は家族以外とはほとんど接点がなく、身体の具合の悪い母親の介護をしていた父親が転倒して負傷し、介護認定の手続きを進めている中で、事件が起きた。そして、次男は「父からトイレの介助を頼まれ、こんな生活が続くなら殺したほうがいいと思った」などと供述しているという。周囲は「将来を悩んでいたのかもしれないが、相談を受けたことはなかった」とも報じられた。

 取材で主に尋ねられたのは、「父親の介護認定の手続きが進められている中で、ひきこもる本人にも悩みなどを確認する作業もあったほうがよかったでしょうか?」という問いだった。実際に紙面に掲載されたのは、働かなければ1人前ではないという価値観にとらわれて、なかなか相談できない傾向がある中で、「孤立せずに悩みを打ち明けてほしい」というシンプルなコメントだった。

 筆者が最近、全国各地の講演会や職員研修などでよく尋ねられるのも、このように介護で自宅に入ったヘルパーやケアマネージャーらが、ひきこもる子の同居者を把握したとき、声をかけていいのかどうか、声をかけるとしたらどう関わればいいのかといった質問だ。

 今回、どうすれば悲劇を防げたのかについては、ひきこもり状態にあった本人に家族がどのように接していたのか、どういう認識の下で介護認定の手続きが行われていたのかなどの詳細がわからないので、他のひきこもる人たちの事例から類推することしかできない。とはいえ、ここまで至る前に、周囲は何かできることがあったのではないか、とも思えるのだ。

「親を殺害して冷蔵庫に遺棄する」の部分だけで切り取られてしまうと、残忍で許されない犯罪として受け止められがちだが、今後の教訓は見えてこない。もちろん「ひきこもり40年」だから、このような事件を起こすわけでもない。同じ状況に直面する当事者からは「事件と捉えること自体、どうなんだろう」との違和感も聞かれた。

国は「良質な支援者の育成」に予算増額要求

 40年という月日を想像すると、とても長い時間だ。この間、本人の中で何が起こっていたのか。このようなひきこもり状態に至った背景や過程はわからないものの、ずっと精神的に孤立していれば、第三者からの客観的な情報が遮断され、適切な判断もできにくくなる。

 家族以外との接点がなかったという次男は、周囲からの責められるような空気に脅えながら、息を潜めて生活していたことが想像できるし、家族もそんな子の存在を周囲に隠していたのかもしれない。本人や家族からすれば、「相談してほしい」と呼びかけられても、なかなか相談ができないから、ここまで孤立していたのであろうことを理解する必要がある。なぜ、相談できなかったのか?その心情や背景などについても考えていく必要がある。

「こんな生活が続くなら…」という供述からは、絶望的になるほどの介護の悩みが伝わってくる。

 次男は、ずっと周囲の人に恐怖を感じながら、両親の介護を家族である自分がこれから1人で担っていかなければいけないというプレッシャーに追いつめられていたのではないか。周囲の誰かが次男に寄り添って、介護の悩みや将来の不安な気持ちを受け止めてあげる悲嘆のケアができていれば、ここまで追い詰められることはなかったかもしれない。

 一般的に、介護に入った家でひきこもる子らの存在を把握したとき、他の同居家族と同じように声をかけてほしいし、偏見を持たないでほしい。親の介護認定手続きなどの介護方針を情報提供し、共有していくことは、それだけでひきこもる本人の安心感につながる可能性もある。中には、抵抗される場合もあるかもしれないが、それは、自分の生活している「生存領域」が外部から来た何者かに侵害されるのではないか、自分が外の社会に連れていかれるのではないか、などと脅威に感じているからだと思う。

 親を元気に回復してあげるために来たという訪問の目的がきちんと伝われば、それまで本人の中にあった警戒感も少しは払しょくできるだろう。ドア越しなどから声をかけたりメモを渡したりして、連絡先なども伝えておけば、たとえ何もリアクションがなかったとしても、訪問の意図は少なくとも本人の元に届くのではないか。

 ひきこもる本人が介護のことで悩みを1人抱えていたとすれば、今後、どうにもならなくなったときに相談につながる可能性もあるだろう。将来を絶望したとしても、多様な選択肢があるという情報を届けて上げられれば、これから生きていくことに希望を持てるかもしれない。

 介護のために入った支援者が、ひきこもる子らの心のケアをするのは、本来の業務ではない。しかし、同居者の中に、ひきこもる子を把握したときには、ひきこもり支援の担当部署に共有し、介護者と連携して悲嘆のケアの対応をしていくことも、こうした悲劇を防ぐためには大事なのではないかと思う。

 2020年12月にも兵庫県で、無職の50代三男が、長男の事故死によって90代母親の介護に直面し、母親と無理心中する事件があった。母親の元にはデイサービス職員が訪れていたものの、室内からは三男の手書きで「ごめん」「疲れた」といった趣旨のメモが見つかったという。

 このような8050問題の介護に直面している人は少なくない。

 厚労省は令和4年度の予算概算要求で、「良質な支援者の育成」などの「生活困窮者自立支援・ひきこもり支援」に昨年度より手厚く増額要求をしている。

 ひきこもり支援における「良質な支援者」に必要な資質は、本人を自立させるためのテクニックではない。喫緊の対応が求められているのは、ひきこもる心情や特性を理解し、共感できて、当事者たちの悩みなどを受け止められる、そんな優しい人材づくりである。

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。約30年前にわたって「ひきこもり」関係の取材を続けている。兄弟姉妹オンライン支部長。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』や『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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