遺伝子組換えメダカ流出で逮捕者の衝撃
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メダカ流出で逮捕者
メダカは私たちにとってお馴染みの動物だ。飼いやすく繁殖力が強い。オスメスを見分けるのが簡単で、生殖周期が短いことから、研究にも使われてきた。遺伝子組換えを行うことも可能で、遺伝子を入れたり削ったりすることもできるようになっている。
ところが、この愛らしい動物が突如事件の主役となった。
赤色に発光するように遺伝子改変したメダカを未承認で飼育、販売したなどとして、警視庁生活環境課は8日、千葉県九十九里町の自営業、古川敏一容疑者(68)ら男性5人をカルタヘナ法違反の疑いで逮捕したと発表した。同法違反での逮捕は全国初。いずれも容疑を認めているという。
出典:赤く光るメダカ販売か 東工大から流出 カルタヘナ法違反で初の逮捕
東京工業大学の公式発表を見てみたい。
2023年2月17日、警視庁より、環境中での使用等が承認されていない遺伝子組換えメダカが一般に流通していること、また、捜査の結果、当該遺伝子組換えメダカは、過去に本学に在籍していた学生によって本学から持ち出されたものであることが判明したと連絡がありました。
本学が調査を行った結果、当該元学生は、2009年4月から2012年3月までの間、遺伝子組換え淡水魚を使用する研究室に所属していたことが確認されました。また、当該研究室で淡水魚の飼育管理作業に関わっていたことから、遺伝子組換えメダカの飼育室に出入可能であり、持ち出しが可能な状況にあったことがわかりました。
遺伝子組換え生物等の取扱いに対する教育訓練は、遺伝子組換え生物等を取り扱う各研究室において行われていましたが、このような事案が発生したことは、当時の教育訓練が不十分であったことによって起きたものと考えられます。
出典:遺伝子組換えメダカの学外持ち出しに係る文部科学省からの厳重注意について
学生がメダカの卵を持ち出したという。
遺伝子組換え生物は、本来は環境にない生き物なので、環境中に流出しないように管理されている。それを学生が持ち出したという。これは自然界に本来ない生物が広がってしまう可能性があり、非常に大きな問題だ。
遺伝子組換え生物の管理はどうなっているのか?
記事の中で「カルタヘナ法」という法律が出てきた。この法律について簡単に振り返ってみたい。
カルタヘナ法とは、遺伝子組み換え生物等の使用について規制することで、生物多様性を確保するために制定された法律である。2004年に施行された。
カルタヘナ法の目的は、遺伝子組換え生物等を使用等する際の規制措置を講じることで、生物多様性への悪影響の未然防止等を図ることです。
この法律によって、遺伝子組換え生物を食用や飼料用等として使用、栽培、育成、加工、保管、運搬、廃棄することなどあらゆることが規制されている。当然販売、展示も規制対象となる。
カルタヘナ法のもとになったのは、国際的な枠組みであるカルタヘナ議定書であり、現在170を超える国と地域がこの議定書に批准している。なお、アメリカやカナダは批准していない。
この議定書は,遺伝子組換え生物等(現代のバイオテクノロジーにより改変された生物(Living Modified Organism。以下,LMOという。))が生物の多様性の保全及び持続可能な利用に及ぼす可能性のある悪影響を防止するための措置を規定しており,生物の多様性に関する条約(以下,生物多様性条約という。)第19条3に基づく交渉において作成されたものである。
出典:カルタヘナ議定書(生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書)(Cartagena Protocol on Biosafety)(外務省)
今回の事件は、このカルタヘナ法に違反して逮捕者が出た初めてのケースとなり、各界に衝撃を与えている。
研究現場に大きな影響も
こうした遺伝子組み換え生物が売買されていたことに驚くが、問題はこの光るメダカが流出した原因が、東工大で研究をしていた学生が持ち出したことだということだ。
東工大の発表にもあるように、持ち出そうと思えば持ち出せた、「教育訓練が不十分であった」ということになるが、一体どうやれば防げるのだろうか。
原因の究明
当該学生が所属した研究室の当時の指導教員から事件当時の様子を聴取した。当該学生は研究室で維持していた淡水魚の飼育管理作業に関わっており、遺伝子組換えメダカの卵を持ち出せる環境にいたことがわかった。当時、遺伝子組換え実験の教育訓練は研究室ごとに行われており、当該研究室においても組換え大腸菌の廃棄は不活性化後に行われていたことなどから、拡散防止の教育はされていたものと思われる。しかし遺伝子組換えメダカがこのような形で淡水魚飼育室から持ち出されたことから、当時の教育訓練が不十分であったことによって起きたものと考えられる。
東工大では以下のような対策を取るという。
教育体制は当時に比べ徹底したものになっている。しかし今回の事件を受け、以下の対策を追加する。
1 淡水魚飼育室の管理強化 ・遺伝子組換え魚を飼育する学内すべての施設・部屋に暗証番号キーを導入し、入退室を限られた人員に制限する。 ・学生のみでの淡水魚飼育室への入室を原則禁止する。 ・当該施設・飼育室への入退室を記録し、教職員が厳密に管理する。
2 遺伝子組換え体の取扱いに関する学生への教育の徹底 ・カルタヘナ法をはじめとしたライフサイエンス研究関連法令並びに生命倫理を取り扱う学部3年次の授業科目「生命倫理・法規」を必修化する。
管理を厳格化する方向だ。今回の事件の重大性を見れば当然とは言える。
しかし、あまりに厳格になりすぎれば、研究が行いにくくなる。すでにSNS上では不安、懸念の声が聞かれる。
研究不正の対応とも同じで、問題が起こるたびに手続き、管理をより強化する方向に向かうのは、ある種仕方ないのかもしれないが、事件の防止と研究環境の規制のバランスを模索する必要はあるだろう。
「想定外」は起こる
しかし、メダカが観賞用として売買される状況に目をつけた学生(学部生)が卵を持ち出すといった事態を想定した人はどれだけいるだろうか。関係者にとってはある種の「想定外」だったのではないか。
そう、研究不正なども含め、常に「想定外」の事態は起こる。
個別事例を禁止するだけでは、「想定外」が出た時に防ぐことはできない。いわゆるモグラ叩きになってしまうからだ。
なぜやってはいけないのか、といった根源的な問いを考える教育を行わなければ、新たな事件が発生するたびに、「パッチ」を当てるように予防策を行うことになりかねない。
研究現場における研究公正、研究倫理のあり方が問われている事例と言えるだろう。