侍ジャパン・建山コーチが尋ねた「韓国打者の左右別の打率があるサイトは…」その真意は【東京五輪・野球】
東京オリンピック(五輪)で野球日本代表・侍ジャパンは悲願の金メダルを手にした。戦ったのは5試合。うち前回王者の韓国との対戦は1試合だった。日本は韓国に5-2で勝利。仮にその試合に日本は負けたとしても金メダルを獲ることはできただろう。しかし五輪で金メダルをつかむため、韓国に勝つために侍ジャパンの首脳陣は早い段階から準備を重ねていた。
韓国選手の名を次々口にする稲葉監督
2019年9月、侍ジャパンの稲葉篤紀監督一行は、同年11月のプレミア12を前に台湾に続き韓国KBOリーグを8日間視察した。筆者が稲葉監督の訪韓に同席するのは、稲葉監督が侍の打撃コーチだった2015年秋以来2度目。稲葉監督は以前とは異なり、韓国の選手のことを熟知していた。
「ク・チャンモは(韓国代表に)入ってきますか?」
稲葉監督はまず韓国の若手左腕のことを尋ねてきた。過去の日韓の対戦では韓国の左のエースが日本打線を抑えている。ク・チャンモは左尺骨の疲労骨折で今回代表入りしなかったが、万全であれば日本戦に先発していたであろう。
稲葉監督が次に口にしたのが「チャ・ウチャン」だった。チャ・ウチャンもまた左投手だ。韓国の人名は繰り返し見聞きしない限り、覚えられないという人は少なくない。しかし稲葉監督は韓国の選手の名前を次々と挙げた。
稲葉監督付きのマネージャーは「監督は視察中、いつも(韓国の)名鑑を見ていますよ」と話した。その言葉にはその本の著者である筆者への気遣いも含まれているだろうが、実際、稲葉監督を密着したNHKのドキュメント番組を見ると、台湾視察時のホテルの机の上にも名鑑はあった。稲葉監督は勝利のための準備を絶えず行っていた。
自らの手でデータを集めた建山コーチ
建山義紀投手コーチは19年の韓国視察中に、自身のタブレットPCで韓国の公式戦を見られる体制を整え、その後も時折韓国打者の動きをチェックしていた。
今年6月下旬、建山コーチはこう尋ねてきた。
「韓国の各バッターの左投手右投手の対戦打率などを見るサイトはないですか?」
データ収集はチームのスコアラーやアナリストに任せればできることだ。しかし建山コーチは韓国の代表メンバー確定後すぐに情報を求めた。東京五輪で日本と韓国の予選は別組。対戦しない可能性もあったが準備は怠らなかった。
また「データを教えてください」ではなく、「サイトはないですか?」というのが建山コーチらしいこちらへの配慮だった。こちらも建山コーチにそのサイトを知りたい理由はあえて聞かず、誰でも閲覧が可能なKBOリーグ英語版サイトの打者項目の1ページのみを案内。建山コーチはそこから各選手のページをたどって情報を集めた。
五輪終了後、建山コーチに左右投手別打率を知りたかった真意を聞いた。
「韓国のロースターが左打者にかなり偏っていたので、そこまで左打線で左投手に対応できるのか知りたかったです」
韓国の日本戦での先発オーダーは9人中6人が左打者。1~3番、5~7番と左が並ぶ。韓国の左打者は左投手を苦にしない選手が多い。よく知られるケースでは、08年の北京五輪、左腕の岩瀬仁紀に対して当時20歳だった左のキム・ヒョンスを代打に送った場面がある。
しかし今季の成績を見ると4割近い打率を残すカン・ベクホは別格として、その他の左打者は対左の打率を落としている。それが顕著だったのが5番のキム・ヒョンス(対右=3割3分7厘、対左=1割8分3厘)、7番のオ・ジファン(対右=2割5分8厘、対左=1割7分6厘)だった。
日韓戦での投手起用
日韓戦では日本が2-0でリードの6回表、韓国は1番から始まる攻撃で日本の先発、山本由伸から3連打。1点を挙げてなおも1死一、三塁というチャンスを作った。打席には5番キム・ヒョンス。ここで日本ベンチは左の岩崎優を送った。
岩崎はキム・ヒョンスにカウント2-1での外へのスライダーを合わされてセンター前ヒット。三塁走者が還って同点にされた。しかし続くオ・ジェイル、オ・ジファンの左打者2人から空振り三振を奪ってこの回を締めた。打順が下位から上位に回ろうかというところを食い止めた。
この6回、日本のブルペンではもう1人の左投手、大野雄大も投球練習を行っていた。大野は中日スポーツの10日付けのインタビューで、「追いつかれずにリードしていれば投げていました」、「7回も左打者からなら(伊藤大海ではなく)僕でした」と答えている
【中日】大野雄が「金」の舞台裏激白「雄介やったぞ」「韓国戦負けたら翌日先発」…竜から一人でも多く侍に…(中日スポーツ 8/10)
建山コーチは韓国選手のデータや特徴を分析した結果「韓国の左打者に左投手は有効」と考え、韓国戦のゲーム中盤に2人の左腕を準備させた。
チームを勝利に導くもの、それは実力はもちろん、数々の知恵が必要だ。侍ジャパンの稲葉監督、建山コーチが重ねた小さな準備。それは金メダルを手にするためには欠かせないものだった。
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