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「くじ引き民主主義」に向けた挑戦

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与
「くじ引き民主主義」の実践例(「自分ごと化会議in松江」、実行委員会撮影)

くじ引き民主主義とは

日本だけでなく世界各国で、議会制民主主義の機能不全が危惧されている。これまでは、国民のニーズに応えるのは専ら政治や行政が担うものと言われてきたが、社会や国民ニーズの多様化により、政治・行政だけでは受けきれなくなってきているのではないか。

そのような中で、新しい民主主義の方策を考える動きが出始めている。その一つが無作為抽出(くじ引き)だ。

例えば地方では従来、行政が市民の意見を聴こうとする場合、「公募」や「あて職」で選ぶことが多い。

公募は、意識の高い人が参加できる利点がある一方で、どの分野の募集でも特定のごく少数の人が繰り返し手を挙げるのが全国的な傾向であり、特定のごく少数の人は、男性で高齢な人が多く多様性に乏しいとの課題がある。

商工団体の会長や農協の組合長などにお願いして委員になってもらう「あて職」は、影響力のある人を選ぶことができるが、団体の看板を背負って参加することによる形骸化、形式化といった課題も生じている。

これらはごく限られた市民の声になってしまうため、より多様な市民に参加してもらうための手法が無作為抽出だ。普段は仕事などがあり自分の住むまちのことを考えていないけれど、たまたま手紙が届いて仕事が休みだから参加しようくらいのスタンスの人の意見も同じ「民意」である。

この手法は、国民(市民)に選ばれた代表者が議員となり、議会で話し合って政治を行う「議会制民主主義」に対して「くじ引き民主主義」という言葉で表現される。私が所属する構想日本では、無作為に選ばれた市民との対話によって地域課題の解決を目指す「自分ごと化会議」を、全国の自治体と一緒に実施している。

無作為に選ぶので、誰に当たるかわからなければ誰が参加するかもわからない。「本当に大丈夫か?」との疑問が浮かぶと思うが、私は「自分ごと化会議」のコーディネーターを長く務めている中で、無作為に選ばれてくる市民の、とても前向きで建設的な意見が多く、地域課題解決への重要な材料になることを実感している。その意味でこの活動は、「くじ引き民主主義」の実践例といえる。

※自分ごと化会議の概要や事例については、以下の過去記事参照

「住民協議会」でまちづくりに参加する

「無作為抽出」の手法が若者と女性の力を引き出す

議会の本来の機能を回復させる! いま地方議会が注目する無作為抽出の手法(自分ごと化会議)―新庄村議会

フランスの「気候変動市民会議」

無作為抽出の手法に関しては近年、各国で様々な試みが見られる。大規模に行っているフランスの事例を、「自分ごと化会議」と比較しながら紹介したい。

フランス政府が2018年に、気候変動対策として燃料税の増税を打ち出すと、国民が反発し、「黄色いベスト運動」(政府への抗議活動)が各地で行われたことを受け、政府は増税を撤回するに至った。そこで、マクロン大統領が主導し、無作為抽出の手法を活用して行ったのが「気候変動市民会議」(以下、市民会議)だ。国レベルで無作為抽出の手法が使われていることは日本との最も大きな違いといえる。

2030年までに温室効果ガス排出を1990年比で少なくとも40%削減を達成するための具体的な政策提言が、市民会議のミッションとなっている。

市民会議でまとまった提言は、大統領および政府に提出し、政府は“フィルターをかけることなく”そのまま国民投票、議会採決もしくは行政命令とするという、一定の拘束力を持っている(市民会議は二泊三日を7回のスケジュールで行う)。

市民会議は、電話番号リストから無作為に255,000件を選んで案内を送付。そのうち参加意向を表明した人は約30%。自分ごと化会議の応募率は4~5%なので、桁違いに大きい。ただし、他国で行われている類似の取組みの応募率は、5~10%程度が平均と言われている。市民会議は、マクロン大統領の強いリーダーシップによって行われたことが応募率の高さに表れていると評されている。

さらに、30%の応募者の中から、国民の男女比や世代ごと人口構成を反映させつつ、学歴区分にも注意しながら、層化された150名の市民が議論に参加した。自分ごと化会議は、送付時に無作為抽出した後は、参加する市民の層化は行っていない。

この違いは、会議に参加する市民の位置付けにあると考えられる。市民会議は、出された提言が一定の拘束力を持つため「民意の代表性」の要素が強いが、自分ごと化会議は、民意を示すよりも参加者同士で合意形成するプロセスを重視しているため、民意を代表してはいない。「民意の代表性」を重視すると、参加市民の発言が萎縮したり形式的になってしまうことを個人的には懸念している。だから、自分ごと化会議は、シナリオを作らず日常の生活実感から自由に議論することに注力している。

フランクで楽しい対話の中から本質が見えてくる(香川県三木町での自分ごと化会議、構想日本スタッフ撮影)
フランクで楽しい対話の中から本質が見えてくる(香川県三木町での自分ごと化会議、構想日本スタッフ撮影)

どちらが正しいというものではなく、何をねらいにして会議を行うかによって変わるものだろう。ただ、市民会議終了後のフランスのメディアの論調に、「150名の市民が、専門家たちが問題の複雑性に何年もかけて挑む中、数回の週末作業で解決することが可能なのか」という疑問が出るように、民意の代表性を重視して無作為抽出の手法を活用することには難しさがあると感じる(自分ごと化会議は、多様な意見をとりまとめたものを提案書として作成し最後に首長に手交している)。

市民会議は4.8億円の予算が使われている。「自分ごと化会議」は、桁が二つほど少ないのでかなりの違いだ。

予算の3割は、参加市民への補償(1日1万円)、休業補償(1時間当り1200円)など参加する市民のために使われている。自分ごと化会議は、自治体によって様々だが、無償のところが多く、払っているところでも最大で3000円(日当の有無や額と応募率に相関関係はないことがわかっている)。

そのほか、全体予算の26%は会議の進行費用(ファシリテーションを行う専門の会社への委託費)だ。約1.3億円ものコストをかけるくらいファシリテーターは重要な存在となっている。「自分ごと化会議」でも、コスト面は大きく異なるが、機能や役割の重要性については同じといえる。

このように、フランスでは国が政策の方向性を決める重要なタイミングで、無作為抽出の手法を活用している。

OECDのレポートでも無作為抽出について言及

このほか、OECD(経済協力開発機構)が2020年、「革新的な市民参加と新しい民主主義制度について」と題したレポートを公表している。

レポートでは、成熟した、民主主義を実現するため、新たな市民参加の審議プロセスについて、4つのモデルを示しているが、その柱として無作為抽出の手法を紹介している。

このレポートの公表自体、「くじ引き民主主義」の可能性を追求する動きが活発になることの背景に、既存の民主主義が危機に瀕している状況があることの表れといえるのではないか。

「くじ引き民主主義」は古くて新しい概念

歴史を紐解くと、直接民主制の発祥とされる古代アテネの時代(紀元前五世紀)にも、公職の抽選制が取られていた。行政の最高機関である「五百人評議員会」の議員や、司法の最高機関である裁判所の法定陪審員などは、くじで決めていた。公務員のプロフェッショナル化を防止し貧者にも公職に就く権利と義務を与えることや、同じ役職に長く就くと汚職が起きやすくなるため、それを防止することなどが理由とされている。

「くじ引き民主主義」は古くて新しい概念といえる。

「多数無名の常民こそが歴史を作る」

「無作為抽出は誰に届くか、誰が参加するかわからないため政治や行政の素人ばかりの議論になるおそれがある」との指摘は常にあるが、公務員や政治家など、現在の「政治・行政のプロ」の存在だけで、国や地域の課題が解決され私たちの満足度・幸福度が高くなっているわけではない。同時に、まずは一度現場に見に来てもらいたい。くじで選ばれた参加者の生活実感からくるふとした一言や素朴な疑問は、政治や行政の「当たり前」を軽々と超えていく。

「くじ引き」手法は、退職者から学生まで、まさに多様な市民が参加する
「くじ引き」手法は、退職者から学生まで、まさに多様な市民が参加する

貴族院議員だった上山満之進の「多数無名の常民こそが歴史を作る」という言葉に非常に共感する。無作為に選ばれた市民による対話は、あらゆる課題を解決に向かわせている。このような場をさらに全国に広め、新たな民主主義のかたちを提起していきたい。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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