「視聴率を気にするのをやめたら楽になりました」北乃きいが夢を追う男たちを支える明治の妻役
日本のメガネの95%を生産する福井県で、明治時代にゼロから工場を立ち上げた物語を描く映画『おしょりん』。起業した夫や義弟たちを支える妻役で北乃きいが主演している。中学時代に華々しくデビューしてから様々な作品に出演し、今回はキャリアのすべてを注ぎ込んだという。結果でなく夢へのプロセスに焦点が当てられ、自身の芸能活動に重ねたところもあったそうだ。
13歳からのすべてを注ぎ込みました
――『おしょりん』でのむめ役は、北乃さんがおでこを出してるのが新鮮です(笑)。
北乃 いつも前髪を下ろしているので、恥ずかしかったです(笑)。上げるのがNGではないですけど、おでこが広いほうなので。メイクさんが上げてから「下ろしたほうがいいですね」となることが多くて(笑)、似合わないのかなと思っていました。
――そんなことはないかと。大人ならではのかわいらしさが引き立つ感じがしました。
北乃 嬉しいです。でも、役になるためには好き嫌いはなくて。今回もこういう扮装が「ああ、むめさんだ」という感じで、役に入りやすかったです。
――むめ役を演じたい度合いは強かったですか?
北乃 もちろんです。私はノンフィクションやドキュメンタリーが好きで、実在された方を敬意を持ちながら演じるのは、プレッシャーもありながら、すごく嬉しかったです。
――『おしょりん』は史実に基づいた小説が原作ですが、去年の取材でも『遺体』や『縞模様のパジャマの少年』を印象的な作品に挙げていました。
北乃 そういう映画を観るのが好きな理由は勉強になるからですけど、福井のメガネ作りの歴史をたくさんの方に知ってもらうお手伝いができるのは、役者としてすごく意味がある感じがします。事務所からは「集大成を見せないとね」と言われました。そんなことを言われたのは初めてで、13歳から女優をやってきたすべてを注ぎ込んだ作品です。
結果を焦ったら挫折していたと思います
――主演作ではありますが、このタイミングで集大成というのは、どんな意味合いからですか?
北乃 いつも全力でやってますけど、これまでは新しい引き出しを増やしてもらう、自分の知らない自分が見られる……と作品に入っていました。培ってきたものを全部詰め込もうと思った作品はあまりなくて。タイミングとして、なぜ今なのかは聞きませんでしたけど、やってきた年月を考えてのことですかね。
――デビューからは18年になります。
北乃 いつまでも若手のような気持ちでいて、「何歳だよ?」って話ですけど(笑)、中堅だとか長くやっている感覚は本当にないんです。毎日ずっと勉強中。学びたいことがまだまだたくさんあって。今回は作品的にも、歴史上の事実にメッセージ性があって好きです。
――どんなメッセージ性を感じました?
北乃 結果を求めるだけでなく、夢を諦めないで追い掛け続けることです。今は福井のメガネは日本の95%のシェアですけど、この映画の方たちはそうなるのを見ないまま亡くなっていて。あの方たちが早く結果を出すことを求めていたら、きっと挫折して、今こうなっていなかったと思うんです。
――確かに、そうかもしれません。
北乃 結果を出すところを描く映画もありますけど、『おしょりん』の結果が出ているのは現代。追い求めている姿を描いているのが美しくて、背中を押されます。私もプレッシャーから結果重視なところがあって、それだとダメになると、この映画に出ていて感じました。
どうしても数字が付きまとう仕事ですから
――北乃さんは芸能界で10代の頃から、結果を求められていたわけですか?
北乃 私たちの仕事には、どうしても数字が付きまといます。視聴率や興行収入、写真集を出せば何部売れたとか、カレンダーの握手会の人数とか。私は結果を考えないようにしていましたけど、そういう数字は聞かされるもので、視聴率が低いと「あーっ……」となったりはしました。
――高校生の頃から主演も多くて、『幸福な食卓』で賞も獲ったりした分、最初からハードルも高かったり?
北乃 本当に恵まれていて、「ミスマガジン」のオーディションでグランプリ、映画やドラマの『ライフ』で賞をいただいたりしたので、客観的に見たらハードルはあったかもしれません。でも、自分ではそんなに実感はなくて。なぜなら、受賞の楯とか全部事務所に飾られていて、家にはないので。ウィキペディアで見ると「受賞」と書いてあるから、「私、もらっていたんだ」という(笑)。家で楯を見て、「この年はもらった。この年はもらってない」となったら気にしてしまうから、良かったです。
『ZIP!』の後に変わりました
――でも、数字は気になっていたと。
北乃 視聴率が気になるのは、スタッフさんのことを考えていたところもあって。あんなに頑張ってくれているんだから、画面に出る自分が責任を負わないといけない。毎回これ以上は出せないくらいまで、やっているんです。そこで視聴率を見たところで、もう変えられない。自分がブレたくもない。だから、去年の『汝の名』もW主演でしたけど、視聴率はほとんど見ていません。そこではないなと思うようになったんです。
――そういう考え方になったのは最近ですか?
北乃 25歳くらいからです。『ZIP!』で毎日、視聴率で他の局に勝った、負けたとかあって、週間で1位になると紅白まんじゅうが置いてあったんです。テレビ局には大事なことですよね。
――横並びの朝の情報番組では、特にそうなるでしょうね。
北乃 でも、その後の自分のドラマでは視聴率を気にするのをやめたら、すごく楽になったんです。Yahoo!ニュースのコメントでいろいろ書かれるのも、私は別にいいかなと。「こういう見方もあるんだ」と勉強になって、全部を受け止められるようになりました。
祖父母に育てられたので古い考えに違和感はなくて
――『おしょりん』の話に戻ると、福井が全国の95%を占めるメガネの生産地だと、知っていたんですか?
北乃 はい、存じ上げていました。歴史までは知りませんでしたけど。
――普段はメガネを掛けていて?
北乃 掛けてます。今回、鯖江で5本もらいました(笑)。めがねミュージアムで自分で作って、あとはいろいろな方にいただきました。
――むめのような明治時代の女性の感覚には、違和感もありませんでした?
北乃 令和とは違いますよね。でも、私は祖父母に育てられて、明治まではいきませんけど、ああいう古風な感じだったんです。お見合いをして、他に好きな人がいたけど、同じくらいの家柄で結婚したと聞きました。そんな家庭で3歳から育っているので、私は違和感はありませんでした。
――でも、顔も知らなかった相手と結婚するのは、考えられなくないですか?
北乃 私はお見合いでもいいかなと思っています。恋愛結婚した両親が離婚して、お見合いした祖父母が最後まで添い遂げたのを見てきましたから。おばあちゃんにおじいちゃんを好きか聞いたことがあって、「好きじゃないけど家族なんだよ」と言われました。6歳だった私は「どういうこと?」と思いましたけど、この年になってむめさんを演じさせてもらって、ちょっとだけ理解しました。むめさんも五左衛門さんと結婚して、「この人と添い遂げるんだ」と腹を括ったというか。演じながら、祖父母のことをすごく考えていました。
男性を立てるような女性になりたくて
――むめはメガネ作りに打ち込む夫たちを、一歩引いて見守り続けました。そういう妻のあり方も共感できました?
北乃 祖母を見て育って、私の頭にはそういう女性像しかありません。間違っていようが旦那さんが絶対という家で、お茶わんにごはんをよそうのも男の人にやらせたらいけない。イスから立たせないように女が動くのが当たり前。今だとフェミニストの方に批判されそうですけど、そういう家庭だった私には普通のことなんです。旦那さんは「さん」付けで呼びたいし、自分もむめさんのような女性でありたくて。
――北乃さんは役に入り込んで、プライベートでも引きずるタイプとのことでした。
北乃 今回は無理なく役に入って、撮影が終わってからも、いつもと逆に役が抜けないように頑張ったんですけど、スッと抜けて令和に戻りました(笑)。でも、自分の理想に思い描くのは祖母に似ているむめさんのような女性で、ああいう奥さんになりたいと思っています。
年下はみんな世話したくなるんです
――児玉宜久監督は北乃さんのキャスティングについて、「母親らしくありながら初々しさもある」とコメントされています。
北乃 私は結婚したことがないから、わかりません。ただ、きょうだいが多くて自分が一番上なので、世話をする態勢は出来上がっているかもしれません。子役の方とも小さい妹や弟と同じように接すれば良くて、楽でした。
――現場で一緒にお弁当を食べたり、手を繋いだりしていたとか。
北乃 ずっと一緒にいました。役作りというより、年下の人と出会うと、全員面倒を見てあげたくなっちゃうんです(笑)。自分が子ども好きだと思ったこともなくて、年上だから世話をするのが当たり前という感覚なので。今回の娘役たちにもそうでした。
――地元から選ばれたキャストにも声を掛けて、緊張をほぐしていたそうですが、座長としての意識もあったんですか?
北乃 本当はそういうことが得意ではないんです。役に集中したいところがあって。ただ、今回は役でも「おかみさん」と呼ばれて、工場のみんなをまとめていたので、そういう距離感になったほうがいいなと思いました。あと、福井の一般の方々にオーディションから出てもらっていて、しゃべっていたら福井弁もうまくなるかなと、自分のためでもありました。
ネガティブでも忍耐力はあるみたいです
――終盤に「雪国福井の女は辛抱強いんやさけ」という台詞もありました。むめのどういうところに辛抱強さを感じましたか?
北乃 男性たちが「無理かも」となっているところで、立ち上がって「いや、やっていきましょう。皆さんの腕を信じています」と言うんです。明治の女性は男性にものが言えなかったみたいですけど、むめは一歩引くところは引きながら、自分の意見もはっきり言う。今、社会で活躍している女性の先駆けのような感じがしました。それで、誰よりも諦めないところが辛抱強いなと。
――北乃さんたち横須賀の女はどうですか?
北乃 肝が据わっていて、忍耐力はあると思います。私はすごくネガティブなところがあって、あえて楽観的に考えていないと立ち止まってしまう。だから、耐えているとも思わないようにしてますけど、たぶんそういうところはあって。この世界をやめようと思ったことも何度もありますから。
――そうなんですか?
北乃 祖母が亡くなったときも、やめようと思いました。でも、結局やめていません。ひとつのことを20年近く続けられただけでも、自分的にはすごいなと。他のことは長続きするタイプではないので。
お芝居をこんなに自然に楽しめるんだなと
――「おしょりん」という言葉は、田畑を覆った一面の雪が硬く凍った状態を指していて、どこへでも真っすぐ行けることを象徴していました。北乃さんがこれから向かいたいところはありますか?
北乃 児玉監督と出会って、お芝居って、こんなに自然に楽しめるんだと教えていただきました。何かに捉われることなく、自然体でできることがあると。これだけキャリアを重ねていても、まだ未知なものがあることを知って、これからもいろいろな監督さんといろいろな作品をやっていきたいと、より思うようになりました。
――具体的に何かを目指すというより、多方面に挑戦していくと?
北乃 これって決めると、可能性が広がらない気がして。今までも自分で作品を選んではいなくて、いただいた仕事をやっていくスタンスでした。その中で、毎回新しいものが生まれるんだなと、実感しています。
Profile
北乃きい(きたの・きい)
1991年3月15日生まれ、神奈川県出身。
2005年に「ミスマガジン」でグランプリ。同年に女優デビュー。主な出演作はドラマ『ライフ』、『アンフェア ダブルミー二ング』シリーズ、『おじさんが私の恋を応援しています(脳内)』、『汝の名』、『育休刑事』、映画『幸福な食卓』、『ハルフウェイ』、『武士道シックスティーン』、『僕は友達が少ない』、舞台『ロミオ&ジュリエット』ほか。主演映画『おしょりん』が11月3日より全国公開。
『おしょりん』
監督・脚本/児玉宜久 脚本/関えり香 原作/藤岡陽子
出演/北乃きい、森崎ウィン、かたせ梨乃、小泉孝太郎ほか
11月3日より角川シネマ有楽町ほか全国公開