なでしこジャパン、次のステージへの展望。パリ五輪決勝は新時代を象徴するカードに
【可能性を示しつつも、超えられなかった壁】
120分間の激闘を制したのは、アメリカだった。メダルを目指したなでしこジャパンは、前回大会に続くベスト8で今大会を去ることとなった。
東京五輪後に就任した池田太監督と共に、チームはワールドカップとオリンピックを戦い、一つのサイクルを終えた。今大会前に掲げていた目標は「メダル」。組み合わせによっては現実的な目標にも思えたし、選手たちからは「本気でメダルを狙える」という密かな自信も伝わってきていた。ワールドカップからの1年で、チームとして積み上げてきた手応えがあったからだ。
だが、その壁を超えることはできなかった。ケガ人やコンディション不良者の穴は総力戦でカバーしたが、それだけでは不十分だった。
「勝負の紙一重の部分で、一人一人のベースの差があります」
「技術や俊敏性ではまだまだ戦えると思いますが、個々のやれることは海外の選手の方が上手な部分もあった」
試合翌日の便でチームと共に帰国した池田太監督は、超えられなかった強豪国との差について、慎重に言葉を重ねた。
日本は育成年代ではスペインとともに長らく結果を残してきたが、欧米の強豪国は、20歳以降で急激な成長曲線を描く。佐々木則夫女子委員長はこう分析する。
「U-20では優勝もしていますが、そこからシニア(A代表)に上がってくる過程で今、世界はボールを動かす力と技術と、戦術的な要素も急激に伸びている」
その言葉を裏付ける、今大会の日本の課題の一つが「ポゼッション率の低さ」だった。欧州各国は戦術的多様性やフィジカル面で加速度的に成長を遂げ、身体能力の高い選手たちが科学的なトレーニングでその力をさらに伸ばしている。フィジカル面では日本も着実な伸びが見られるものの、真っ向勝負は難しい。
その一方、球際では以前よりも戦える場面が増え、個と組織の両輪で、ベスト8の壁を突破できる可能性も感じた。
「相手の変化に対応し、自分たちの強みを出すために自分たちで変化させていく。試合の流れや対戦相手によって(戦い方を)変える反応や理解度、プレーに移す能力は成長した部分だと思います」(池田監督)
それは、未来のなでしこたちを預かる狩野倫久監督(U-20代表監督)、白井貞義監督(U-17代表監督)ともに重視するポイントだ。試合中に戦い方を変えるためにはピッチ内外のコミュニケーションが大切で、練習から個々が発信し合える空気を作ることで、選手やチームが自立していく。個々のレベルアップとともに、育成年代からその習慣を作ることができれば、強豪国を凌駕する戦術的柔軟性を身につけることができるかもしれない。
個人としても、20歳の藤野あおばと浜野まいか、19歳の谷川萌々子、18歳の古賀塔子ら、若い世代の台頭は頼もしい。それは育成年代の国際舞台や海外挑戦で得られる経験の大きさを物語っており、10代から非凡なタレントが続々と出てきていることの証でもあるだろう。
海外勢のレベルアップを日常と代表の両面から目の当たりにしてきた熊谷紗希は、今大会後にこう語っている。
「この壁を越えるためには個人の成長が絶対に必要だと思います。個人の力が上がればチームの力が上がるので、日々成長してチームの力に(還元)して、この壁を越えるまでやり続けることが一番近道だと思います」
3年後のワールドカップに向けて、継続路線で強化を進めるのか、あるいは変化を求めるのか。今大会の総括とともに、近々発表されるであろう監督人事の行方も注視していきたい。
【4大会ぶりの決勝カードが実現】
日本時間9日夜に行われた3位決定戦では、ドイツがスペインを1-0で破って4大会ぶりの銅メダルを獲得した。決勝戦はブラジル対アメリカで、現地時間8月10日の17時(日本時間8月11日0時)にキックオフとなる。同カードが実現するのは、2008年の北京五輪以来だ。
日本は今大会で両国と対戦(ブラジルに勝利、アメリカに敗戦)したが、両国とも、紙一重の勝負を制して1試合ごとに自信を深めているのが感じられる。
オリンピックで、ブラジルは2004年と2008年の銀メダルが最高成績。前回大会はベスト8、昨夏のワールドカップは7大会ぶりのグループステージ敗退と、近年は低迷している。だが、昨年9月にA・エリアス監督が就任してから様相が変化した。国内女子リーグで約20年指揮を執ってきた同氏は幅広い招集で多くの選手にチャンスを与え、若手を引き上げた。手堅い守備をベースに個々のスキルと推進力を活かし、積極的な交代采配でチームを変化させながら勝利を引き寄せてきた。中でも、試合中のPKを2度も止めたGKロレーナの存在感は抜群だ。
準決勝でキャプテンのラファエリと、6度目の五輪を戦っている大黒柱のマルタを欠くギリギリの状況でスペインに勝利したことが、若い選手たちのメンタル面も含めた成長を物語っている。そして、今大会での代表引退を発表している38歳の“女王”マルタのために戦うという使命感が、チームを突き動かしている。
グループステージで日本にショッキングな逆転負けを喫した際には批判も吹き荒れたが、グループ3位でノックアウトステージに進出すると、ベスト8で開催国フランスを1-0で下し、準決勝ではワールドカップ王者のスペインを4-2で下した。エリアス監督が就任時に掲げた「金メダル」の目標は実現まであと一歩というところまで来ている。
一方、アメリカのエマ・ヘイズ監督も、正式なチーム合流からわずか3カ月でチームに変化をもたらした。イングランド・女子スーパーリーグのチェルシーで5連覇を達成した名将は、今大会でブロックを形成したオーストラリアや日本の守備的な戦いに対しても動じることがなかった。驚いたのは、中2日の連戦でグループステージから主力を固定しながら、ノックアウトステージでは2度の延長戦を戦い抜いてきたことだ。
就任から大会までの時間が限られていたことも影響していると思うが、これにはアメリカ国内でも賛否が飛び交っている。だが、エマ監督は“同じ選手を起用することで、チーム内の化学反応をより良くすることができる”と、批判を意に介していないようだ。また、“昨年のワールドカップで決勝に進んだ2つのチーム(スペインとイングランド)はチームの変更が最も少なかった”という根拠も挙げている(ワールドカップは中3日、4日と五輪よりも余裕があったが)。
もちろん、選手たちの疲労を考慮していないわけはない。エマ監督は男子選手とは異なる女子選手のパフォーマンス向上のプロセスに着目し、アプリによる体調管理や、ピリオダイゼーション(*)を用いた練習メニューを考案した指導者だ。女子選手特有の前十字靭帯損傷を減らす取り組みなどを、率先して行ってきたことでも世界的な評価を受けている。
(*)毎試合にコンディションのピークを迎えて、最高のパフォーマンスを発揮するために、年間のトレーニングを期分けして、それぞれのステージでのトレーニングやコンディショニングを有機的に組み合わせる年間スケジュールを構築する理論のこと
参考記事:チェルシーレディースが2冠を達成したトレーニングメニューを公開!
アメリカ女子サッカーリーグ(NWSL)は、昨年、4年間で総額2億4000万ドル(約360億円)の放映権契約を結ぶなど、女子サッカー人気はさらに高まっている。大企業がスポンサーに並ぶアメリカ女子代表の予算も潤沢で、スタッフも含めた万全のバックアップ体制で今大会に臨んでいるだろう。
どちらにも、勝たなければいけない理由がある。サッカー王国ブラジルがマルタに花道を作るのか、それとも女子サッカー大国のアメリカが復活の狼煙を上げるのか。どちらが勝っても、女子サッカー新時代の幕開け宣言になることは間違いない。