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大林宜彦監督の遺作『海辺の映画館』出演の成海璃子 「女優として『できません』とは絶対言いたくなくて」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

“尾道三部作”など様々な名作を残し、今年4月に没した巨匠・大林宜彦監督。一昨年の夏に撮影して遺作となった『海辺の映画館-キネマの玉手箱』が公開された。この作品にメインキャストの1人として出演しているのが成海璃子。27歳ながらキャリアは20年以上に及び、多くの作品で演技力を評価されてきた実力派だ。最初で最後の参加となった大林組で体験したこと、そして、彼女自身のキネマ=映画への思い入れを聞いた。

大林監督の映画のカオスなところが好きでした

――大林監督の作品には、かねてから出演を希望していたそうですね。

成海  数年前から「出たいな」と思っていたら、実現しました。

――どの辺の作品を観て、そう思ったんですか?

成海  『花筐/HANAGATAMI』は公開された時期に観て、『HOUSE/ハウス』とか昔の作品も観ました。

――尾道三部作も?

成海  それは昔観た覚えがありますけど、あの時代より、常軌を逸した作品のほうが好きだったりします(笑)。

――成海さんはそういう好みだそうですね(笑)。ただ面白いだけでなく、役者として惹かれるものもあったんですか?

成海  私は単純に映画が好きで、こういう作風の監督は他にいらっしゃいませんし、何より面白い作品だから関わりたいという気持ちでした。

――成海さんにとって、大林作品の面白みというと?

成海  もう、とんでもないところですね(笑)。カオスの要素があって「何が起きているの?」という。あと、『青春デンデケデケデケ』とかも好きなんですけど、キャラクターの描き方がすごく魅力的でキャスティングも素晴らしいと、昔から思っていました。

(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC
(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

脚本を読んでもどんな映画かわからなくて

『海辺の映画館-キネマの玉手箱』は20年ぶりに大林監督の故郷・尾道で撮影された。海辺にある映画館が閉館を迎え、最終日に「日本の戦争映画大特集」をオールナイト上映。突然、稲妻が光り、客席にいた3人の若者がスクリーンの世界にタイムリープする……。成海璃子は映画の世界での幕末の色町の娘、戊辰戦争の娘子隊のリーダー、原爆投下前夜の広島に向かう移動劇団のメンバーを演じ、いずれも劇中で命を落とす。

――『海辺の映画館-キネマの玉手箱』では、成海さん自身が初めて大林作品にキャスティングされました。

成海  お話をいただいたときには脚本もできていて、尾道ロケなどもスケジュール的にできそうなタイミングだったので、「やりたいです!」と即答でした。

――脚本も魅力的だったから?

成海  本は読んでもよくわかりませんでした(笑)。何だかテンションがすごく高いけど、これはいったいどういう映画になるのか、なかなかイメージできなくて。でも、大林監督の作品ということで、飛び込む気持ちでした。

――そのわからなさ加減も、カオスという点では良かったのかもしれませんね。

成海  そうですね。大林組では現場に1人で行かないといけなかったり、他とは全然違う独特なことがあって。常盤(貴子)さんとか作品の常連の皆さんやスタッフでファミリーのムードができ上がっている中に初めて参加することも含め、最初はいろいろ不安がありましたけど、入ってしまえば何とかなると思っていました。

(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC
(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

現場で急に台詞が変わるのが当たり前でした

――現場でも「監督の言われることが全然理解できなかった」と、ラジオで発言されてました。

成海  私はずっと、脚本に書かれている言葉を大切に演じるようにしてきましたが、大林監督は現場でどんどん変えるんです。朝イチで急に長めの台詞を追加されたり。そこは戸惑いましたし、苦労しました。たぶん普段だったら、ちょっと不機嫌になっていたかも(笑)。でも、「大林組だから仕方ない」という感じでした。

――特にどのシーンで、そういう苦労がありました?

成海  毎日です(笑)。急きょ変更があるのが当たり前の現場で、徐々に順応していくものだなと思いました。でも、濡れ場のシーンは大変でした。監督はあまりテストをしないで、すぐ本番を回すんです。段取り的なことがなく、「じゃあ、僕は見てますから、お願いします」という形で、本当に衝撃的でした。実際フリースタイルではうまく撮れないので、カメラマンさんや助監督さんと私たちで動きを決めましたけど、そういうことも初めての体験でした。

――そこまで任せてもらえたら、ある意味、やり甲斐もあったのでは?

成海  でも、濡れ場となると、ちゃんと決めてやったほうがいいと思いました(笑)。基本的には、そんなふうに自由にやらせてもらうことは少なくて。台詞のひと言にも監督の望むニュアンスがあって、何回も撮ることもありました。本当に監督の言うことは私にはよくわからなくて、理解しようとしてもたぶんできないと思ったので、途中から疑問を持つことはやめて、監督が納得いくまでやりました。

――大林監督に言われたことで、何か特に印象に残っていたりはしますか?

成海  演技への指示ではないんですけど、色町のパートを撮っていたときに、スケジュールが1日中すごくハードだったんですね。そんな中でセッティング待ちの間に、監督がダジャレを言うんです(笑)。トランシーバーで「ふとんがふっとんだ」的なことをよくおっしゃって。私は本当に疲れてハーッとなっていたから聞こえなかったんですけど、監督はモニターで私が反応しないのを見て、周りの人曰く「聞いてないかな? ふとんがふっとんだ!」と3回くらい言っていたらしくて(笑)。

――成海さんに笑ってほしかったんですかね(笑)。

成海  私は余裕がなさすぎて気づかなかったんですけど、「そんなことがあったんだ。チャーミングだな」と思いました(笑)。

――監督の映画愛を感じたことはありました?

成海  私の役が斉藤一美とか、監督のこれまでの作品のヒロインの名前が付いているのは、嬉しかったです。『転校生』も好きな作品ですし、どういう意味があるのか、いろいろ考えました。

(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC
(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

学生時代は仕事か学校か映画を観てるかでした

――最初に出たように、成海さん自身も映画には思い入れがあるんですね。

成海  劇場に行ってスクリーンで見る行為には、すごい力があると思います。家で観ていたら途中で停止もできるけど、映画館では何も変えることができない。どこか違う空間に連れていってくれる感じがします。

――映画館に行くこともよくあるんですか?

成海  行きます。最近は配信で観られるので減りましたけど、学生のときは一番行ってました。1日に何本もハシゴして映画を観たり。

――成海さんは5歳から芸歴があって、映画は観るより先に出ていたわけですよね? 勉強のために自分でも観るようになった感じですか?

成海  勉強とは考えてなかったと思います。観るようになったきっかけは思い出せませんけど、他に何も楽しみがなかったので(笑)。仕事か学校か映画を観ているか……みたいな生活でした。雑誌で映画の連載もやっていてノルマでもあったので、ずっと映画に触れている生活でした。

――一番好きな監督は『ザ・フライ』や『ヴィデオドローム』のデヴィッド・クローネンバーグだそうですが、どの辺から入ったんですか?

成海  最初は何だったかは覚えていませんけど、作品はほとんど観ました。映画はだいたい監督やキャストで選んでいて、特にクローネンバーグはストーリー重視ではないかもしれません。

――グロテスクな描写も多い監督ですが、やっぱり常軌を逸した作風が好きなんですか?

成海  そうですね。そうだと思います。なぜかと言われると、ちょっとわかりませんけど(笑)。

(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC
(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

ジム・キャリーの出演作はたくさん観ました

――他にはどんな監督や役者が好きなんですか?

成海  ラース・フォン・トリアー監督は新作が公開されたら必ず観ます。俳優ではジム・キャリーが大好きで、出演作はたくさん観ました。他にああいう役者はいないと思います。

――変幻自在でコメディがベースですよね。ジャンルも分け隔てなく観る感じ?

成海  全然こだわりません。コメディも好きだし、ホラーもいいし、何でも観ます。

――でも、洋画が中心?

成海  そうですね。洋画の割合が多いかもしれません。

――女優として刺激を受けた作品はありますか?

成海  女優より男性の俳優がなぜか好きです。作品を純粋に楽しむこともありますけど、やっぱり俳優のほうに意識が行きます。「今のシーンのこの演技がすごかった」というところに目が行きます。

――現場で先輩の女優さんを見て何かを取り入れたり、同年代の女優さんにライバル意識を持ったりは?

成海  うーん……。基本的に自分のことしか考えていません(笑)。

悩む間もなく常に仕事がありました

――成海さんは中1で初主演したドラマ『瑠璃の島』から、ずっと第一線で活躍していますが、最初から自信を持って女優をやっていた感じですか?

成海  5歳からやっているので、小さい頃は特別なことをしているとは思っていませんでした。

――演技について根本的に悩むこともなく?

成海  悩むより前に、いつも目の前に仕事があった感じです。『瑠璃の島』の後は“ここで頑張らないと!”と勢いを付けるタイミングだったので、本当にたくさんの作品を続けてやらせてもらいました。

――そうでしたね。1年に3本の主演映画が公開されたり。毎回の作品で高い評価を受けている中でも、特に言われて嬉しかったことはありますか?

成海  人からの評価はそんなに気にしてないかもしれません。作品自体が話題になっていることのほうが嬉しいです。成海璃子がどうかより、「あの作品観ました。良かったです」と、ちゃんと人に届いているほうが重要だと思います。

(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC
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仕事でも普段でも求められたことには応えたい

――幼い頃からお芝居を始めて、結果的に天職でしたね。

成海  向いていたとは思います。あと、この仕事しかできないので(笑)。

――どんな役でも演じられる自信もあって?

成海  何でもすぐできるとは思いませんけど、すごく気が強いので「これはできません」とは絶対に言いたくなくて。監督さんに「こういうことはできる?」と聞かれたら、「演じるうえでできないことなんて1コもありません」と言います(笑)。そういう意味では、「何でもできる」という気持ちでいます。

――日ごろから演技力の向上のために、やっていることはありますか?

成海  全然ないです。仕事と普段の生活は完全に分かれていますね。ただ、人から見られている意識は、いつでも消えたことはありません。普段から「私はこういうイメージで見られているんだろうな」と思ったら、その期待に応えようとする自分は常にいる気がします。

――役として求められたものには、なおさら応えようと?

成海  そうですね。なぜ自分がこの役で呼ばれたのか。求められているものはすごく考えるようになりました。

――8月で28歳になりますが、30代も見据えつつ、今後の女優業でイメージしていることはありますか?

成海  母親役をやるのも楽しみですし、演じる職業も変わってくるかもしれません。今よりも役者として楽しくなりそうな予感はしています。

(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC
(c)「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

Profile

成海璃子(なるみ・りこ)

1992年8月18日生まれ、神奈川県出身。

2000年に『TRICK』でドラマデビュー。2005年に『瑠璃の島』でドラマ初主演。2007年に『神童』で映画初主演。その他の主な出演作は、映画『あしたの私のつくり方』、『罪とか罰とか』、『武士道シックスティーン』、『無伴奏』、『ゴーストマスター』、ドラマ『ハチミツとクローバー』、『平清盛』、『黒い十人の女』、『昭和元禄落語心中』など。

『海辺の映画館-キネマの玉手箱』

公式HP

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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