藤井聡太八冠、プレイバック八冠ロード ~振り飛車の第一人者との死闘~
2023年、藤井聡太八冠(21)が歴史的な偉業、全タイトル制覇を達成しました。この道のりでは様々な苦闘もあり、現在の振り飛車の第一人者である菅井竜也八段(31)と対戦した第8期叡王戦五番勝負では、あわや失冠のピンチに追い込まれました。
この記事では、死闘となった第8期叡王戦五番勝負に焦点を当て、菅井八段が挑戦を決めている年明けのタイトル戦も展望します。
遠見の角で逆転
互いに1勝ずつをあげて迎えた第3局。相穴熊の戦いから、菅井八段がペースを握って終盤戦に突入しました。
菅井八段は拠点を生かして7七の地点に何度も駒を打ち込み、相手の陣形を乱しました。図の1手前には△2九飛成として桂を取り、7七へ打ち込む手を見せています。それに対して、藤井叡王は▲2二角と打って7七の地点にきかせました。
こうした受け一方の手は通常好ましくないとされます。
しかも敵陣から遠く大駒をきかせる受けは、途中で遮られると無効になるため、効果が薄いことが多いです。
しかし、この▲2二角は例外的に好手でした。そして、▲2二角の後、快調に攻めていた菅井八段の足取りが乱れました。
実戦では△9五歩と端を攻めましたが、△9六歩の後に▲9三歩~▲8五桂と逆用されてしまい、効果的な攻めにならず逆転を許してしまいました。
▲2二角に対しては、△7七金▲同銀△同歩成▲同角成に、△6三金▲同香成△6五桂と攻めを継続すれば後手が優位を保っていました。
しかしこの手順は、
・相手の角を馬にして守備に参加させる
・7七に桂ではなく、あえて金を打つ
・△6三金と金を差し出す
この3点により、選びにくい手順です。
藤井叡王を倒すには、選びにくい正解手順を選ぶ必要があり、そのハードルの高さが浮き彫りにされたシーンでした。
選びにくい飛車打ち
藤井叡王が2勝1敗で迎えた第4局は、序盤早々に千日手となり、指し直し局は相穴熊に進みました。
この対局でも菅井八段がペースを握ってリードを奪い、終盤戦に突入しました。
苦戦に陥った藤井叡王は攻めに活路を見出します。
▲7二角の詰めろ金取りに対して、菅井八段は△7一銀打▲6三角成△7二銀打と守りを固めて対抗しました。
対して藤井叡王は▲同馬△同銀▲7一銀と絡みつき、以下△7三銀打▲8二銀成△同銀▲7一銀、という手順が繰り返されて2回目の千日手が成立し、菅井八段はリードを勝利に結びつけられませんでした。
図では△7一飛という珍しい受け方がありました。▲同竜△同銀▲6三角成と進み、そこで△7二銀打と守りを固めます。
実戦の手順と似ていますが、竜を盤上から追いやったことで後手が受けやすくなっているのです。
これはやや気が付きにくい手順であり、実戦で菅井八段が逃したのも理解できます。しかし、こうした選びにくい正解手順を選べないと、藤井叡王に終盤で競り勝つことは難しいのです。
鮮やかな詰み
2回の千日手を経て、同日に行われた2度目の指し直し局も相穴熊に進み、今度は藤井叡王がペースをつかんでリードします。
迎えた終盤戦。後手玉に詰みがないため、詰めろを続ければ後手の勝ち筋と思われる状況で、藤井叡王だけは違う構想を描いていました。
駒を渡しても後手玉が詰まないため、△3九金の詰めろから物量で押していけばいい、というのが普通の感覚です。
しかし、藤井叡王の指し手は違いました。なんと△2九竜!と竜を捨てたのです。
△2九竜▲同玉に△3七桂が続く好手です。▲同銀△1八成香▲同玉△1七歩▲同玉△1六歩、と進んだ局面で△3七桂の意味がわかります。
もし△3七桂▲同銀を入れていないと、▲2六玉とされて3七から逃げられてしまいます。その逃げ道を塞いだのが△3七桂の効果なのです。
△1六歩からも手数はかかりますが、どう逃げても先手玉は詰んでいます。
具体的には、△1六歩▲同玉に△1五銀が好手で、▲同玉△1四香▲同玉△2四金が一例となります。
歩以外に駒が余らない、藤井叡王の鮮やかな詰みでした。
次の戦いに向けて
第8期叡王戦五番勝負では、菅井八段が藤井八冠に対して互角の戦いを繰り広げました。振り飛車受難の時代と言われますが、菅井八段が多くの対局でリードし、逆に振り飛車の力を十分に示すシリーズとなりました。
菅井八段にとっては、終盤での競り負けが痛かったです。
第3局、第4局指し直し局(1局目)と、もしチャンスを逃さなればシリーズの結果は逆転していた可能性もありました。
菅井八段は来年1月に開幕する第72期ALSOK杯王将戦七番勝負に登場します。
難敵揃いのリーグを制して、勢いに乗っています。
菅井八段が磨きに磨いてきた振り飛車は、藤井八冠に対して確実に通用します。
豊富な経験を生かして藤井八冠をリードする場面も出てくるはずです。
菅井八段にとっては、藤井八冠の終盤術をどれだけ攻略できるかが鍵となるでしょう。
叡王戦五番勝負と違い、ALSOK杯王将戦七番勝負は持ち時間が8時間と大幅に増えます。時間切迫によるミスというものは減るはずです。その点を追い風にできるかどうか。
いまの菅井八段には、藤井八冠の壁を突破できるかもしれない、という期待が漂っています。振り飛車を愛するファンも多いため、菅井八段に対して応援の声も一段と大きくなることでしょう。
第72期ALSOK杯王将戦七番勝負は1月7・8日に開幕します。
ぜひ、ご注目ください。