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トップ選手の自覚を胸に、錦織、マレーシアオープン決勝へ

内田暁フリーランスライター

「タフな試合だった」

英語で語られたその言葉の真意は、どう解釈するのが正しいのだろうか?

試合展開を見るならば、確かに「タフ」な内容である。

マレーシアオープンの準決勝の、対ニエミネン戦。錦織は第1セットを6-3で奪うも、第2セットは常に相手に先行され4-6で落とす。しかもセット終盤で相手にゲームを連取される、嫌な流れで迎えた第3セットだった。

それでも最終セットでは、第2ゲームをブレークして立ち上がりから3ゲーム連取。これで主導権を掌握すると、最後もブレークで突き離し6-2で勝利を手にした。

錦織が言う、日本語にすれば「厳しい試合」というのは、負けても不思議ではない、敗北の可能性も頭をよぎった試合だったということだろうか?

あるいは、思っていた以上に苦戦した、自分が思い描いていた試合内容では無かった……という意味だろうか?

本人に疑問をぶつけると、彼は言葉を探すように「う~ん」と小さく唸った後に、こう続けた。

「最初の1~2ゲーム目が凄く大切なので、そこに集中していました。多少は、第3セットに入る前は不安もありましたし、特に第2セット終盤は彼の流れにもなってましたが、やるべきことを思い出し、特に良かった第1セットの内容をイメージしながらやりました」

試合の流れを把握し、やるべきことを整理し、その通りの展開を第3セットで構築する。「多少の不安はあった」というのは幾分かの謙遜でもあるだろうし、「多少」の部分に彼の本心が込められているのかもしれない。いずれにしても、錦織本人に大きな焦りはなく、第2セットを落とした後も極めて冷静だった様子だ。これこそが、彼が「テニス史上、最も最終セットの勝率が高い選手」である要因なのだろう。

この試合で錦織が直面した「タフさ」とは、対戦相手が失う物なく向かってくる怖さだったかもしれない。ニエミネンは33歳、最高位13位で現在も57位につける実力者だが、そんなニエミネンにしても相手が世界8位で全米準優勝者ともなれば、素直に挑戦者としての立ち位置を固められる。第2セットでは特に、そんな相手の博打的なリターンやサーブ&ボレーが、ことごとくポイントに直結した。

錦織はそれでもしかし、第3セットでは自身のプレーの質の高さで、相手の博打の勝機を摘んで勝利をつかんだ。

このマレーシアオープンは、ATPツアーの中ではグレードの低い大会で、錦織は今大会の第1シードにつけている。そのため1回戦は免除され、3試合の勝利のみで決勝まで到達した。そのことについては「まだ馴れないので、信じられないところもある」と笑いながら小首をかしげるも、優勝候補という立場を踏まえて、こうも続ける。

「決勝進出は当然と言えば当然ですが、当然を簡単にこなせるのが、トッププレーヤーの使命だと思うので」。

口調はいつもの通り柔らかくて、どこかのんびりすらしている。だが彼はさりげなく、トッププレーヤーとしての自身を自覚し、使命すら受け入れていく覚悟を表明したのだ。

「当然、これまでよりタフになると思う」と予測する決勝戦だが、彼は迷うことなく気負いもなく、自然体でこう口にした。

「この大会の重要性も自覚している。なので、優勝したいですね」。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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