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米国で黒人女性初の連邦最高裁判事誕生、その意味は?

西山隆行成蹊大学法学部政治学科教授
(写真:ロイター/アフロ)

黒人女性初の連邦最高裁判事、その歴史的意義

2022年4月7日、米連邦議会上院は、引退を表明しているスティーブン・ブライヤーの後任としてジョー・バイデン大統領が連邦最高裁判事に指名したケタンジ・ブラウン・ジャクソンの判事就任を承認した。ジャクソンは黒人女性初の連邦最高裁判事となる。

米国では司法部門と行政部門の双方で政治任用が広く行われている。連邦裁判所判事に欠員が出た場合は、大統領が後任を指名し、連邦議会上院がその人事を承認した場合に、後任判事が決まる。任用に際しては、能力があることは当然の前提とされたうえで、就任する人物の人種・民族文化的背景も重視される。連邦最高裁判事や閣僚にマイノリティが就任すると、そのマイノリティ集団が米国社会で一定の位置を占めるようになったという、社会的承認の証と見なされることが多い。

2020年大統領選挙の際からバイデンは、黒人女性を最高裁判事に指名すると宣言していた。これに対して保守派は、黒人女性が人口の1割に満たないことを考えると、バイデンの発言は9割以上の国民に不適格の烙印を押すものだと批判してきた。他方、民主党(とりわけ進歩派)は、これまで最高裁判事を務めた115名のうち7名を除いて全てが白人男性で、有色人種の女性最高裁判事は中南米系のソニア・ソトマイヨールだけ、黒人女性は一人もいないとして、バイデンの意向を歓迎してきた。ジャクソンは、黒人の最高裁判事としてはサーグッド・マーシャル、クラレンス・トーマスに次いで3人目、女性最高裁判事としては、サンドラ・デイ・オコナー、ルース・ベイダー・ギンズバーグ、ソニア・ソトマイヨール、エレナ・ケイガン、エイミー・コニー・バレットに次いで6人目である。この人事の結果、9名で構成される最高裁判事のうち、4名が女性となる。

今回の上院での承認手続きに際しても、議長を務めたのは黒人女性のカマラ・ハリス副大統領であるものの、投票資格を持つ上院議員に一人も黒人がいないというのが米国の現状である(なお、ハリスもインド系とジャマイカ系の子孫であり、その祖先に米国で奴隷だった人はいないため、典型的な米国の黒人だとは言い難い)。このことを考えれば、バイデンの指名方針とジャクソン就任の歴史的意義が理解できるだろう。

文化戦争と連邦最高裁判事の重要性

ジャクソンの最高裁判事就任については、米国のみならず日本の主要紙も積極的に記事を発信している。ジャクソンが黒人女性初の最高裁判事となるという象徴的意味があることもその背景にあるが、実はジャクソンに限らず、どのような人物が最高裁判事に就任する場合でも、日本の新聞社も一定の枠をとって人物紹介を行っている。日本で新たな最高裁判事が就任した場合に行われる人物紹介と比べてもその内容は充実しているが、それは連邦最高裁判事が政治的に重要な役割を果たしているからである。

米国では裁判所は統治機構の一つとして大きな役割を果たしている。米国でも日本と同様に、裁判所は公正中立の機関であることが広く期待されている。2022年1月に行われたピュー・リサーチ・センターの調査によれば、世論の84%が判事はその政治的見解を判決に反映すべきでないと回答している。だが、さきほど紹介したように、連邦裁判所判事を大統領が指名し上院が承認手続きを行うということを考えても、裁判所判事が政治的性格を持つことは避けがたい。実際、民主党大統領はリベラルな立場をとる人物を、共和党大統領は保守的な立場をとる人物を指名するのが一般的である。現在の最高裁判所の構成は、保守派が6名、リベラル派が3名となっており、ブライヤーの退任とジャクソンの就任を受けてもその構成は変わらない。

米国では人工妊娠中絶や同性婚などの社会的争点をめぐって、時に文化戦争という表現が用いられるほど、分断が深まっている。連邦裁判所はこれらの争点の行方を左右する判決を出す重要機関である。日本の裁判所が見解の対立が顕著な問題をめぐっては立法部門が決定するべきだとして判断を避けるのとは対照的に、米国では対立的争点は議会では決着がつかないために裁判所が判断するべきだという考えが強い。例えば人工妊娠中絶をめぐっては、民主党やリベラル派は女性の権利として認めるべきだとの立場をとる一方で、共和党や保守派は禁止すべきとの立場をとるのが一般的である。1973年に出されたロウ対ウェイド判決で中絶は女性の権利と位置付けられているが、保守派はその撤回を目指している。

連邦裁判所判事の任期は終身で、辞任するか死亡するまで仕事を続けることができる。若くして連邦裁判所判事に就任した人は数十年間影響力を行使するのが一般的である。文化戦争の主戦場と見なされる連邦最高裁の判事の指名・承認問題が注目される理由がわかるだろう。

米国の世論と政治的分断状況

では米国の世論はジャクソンの指名、ならびに、連邦最高裁をめぐって、どのような態度を示しているのだろうか。

3月に行われたピュー・リサーチ・センターの世論調査によれば、ジャクソンが最高裁判事に指名されたというニュースを知っている人のうち、67%がその就任を認めるべきだと回答している。黒人女性が最高裁判事になることが歴史的に重要だと回答した割合は63%と高く、世論全体としてはジャクソンの就任に好意的な反応を示していると考えてよいだろう。民主党の上院議員は全員がジャクソンの承認に賛成票を投じている。だが、共和党議員で賛成票を投じたのは、スーザン・コリンズ、リサ・マコウスキー、ミット・ロムニーの三名だけで、他は全て反対票を投じている。

判事の指名・承認をめぐり政治家の中で党派に沿った分断が存在する中で、米国の世論は裁判所に対してどのような評価をくだしているのだろうか。実は1月に行われたピュー・リサーチ・センターの調査によれば、連邦最高裁に好意的な評価をしているのは世論の54%に過ぎず、44%は好意的でない評価をしている。これは、裁判所の政治的性格、並びに、世論の大半が判事はその政治的見解を判決に反映すべきでないと判断していることとの関連で考えると、深刻な事態だといえる。

そして、裁判所判事に対する世論の認識も、党派性を帯びている。同調査によれば、民主党支持者で民主党大統領が指名した判事がよい仕事をしていると回答したのが44%、共和党大統領が指名した判事がよい仕事をしていると回答しているのが12%なのに対し、共和党支持者で共和党大統領が指名した判事がよい仕事をしていると回答したのが45%、民主党大統領が指名した判事がよい仕事をしていると回答したのは12%となっている。なお、民主党支持者の57%が最高裁は保守的だとの認識を示す一方で、共和党支持者でそう考えているのは18%に過ぎない。

一般に公正中立の立場を求められる裁判所について、承認手続きにおける上院議員の投票行動についても、また、最高裁やその判事に対する世論の評価についても、党派によって大きな違いが見られることは、米国の政治社会が分断していることを象徴的に示しているといえるだろう。

成蹊大学法学部政治学科教授

専門は比較政治・アメリカ政治。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。主要著書に、『〈犯罪大国アメリカ〉のいま:分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)、『格差と分断のアメリカ』(東京堂出版、2020年)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会、2018年)、『アメリカ政治講義』(ちくま新書、2018年)、『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治―ニューヨーク市におけるアーバン・リベラリズムの展開』(東京大学出版会、2008年)などがある。

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