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爪の変化から皮膚がんの早期発見へ!BAP1腫瘍症候群の症状と対策

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【BAP1腫瘍症候群とは?皮膚がんや中皮腫のリスクが高い遺伝性疾患】

BAP1腫瘍症候群は、BAP1遺伝子の生殖細胞系列変異によって引き起こされる常染色体優性遺伝性疾患です。BAP1はがん抑制遺伝子の一つで、その機能が損なわれるとさまざまながんのリスクが高まります。この症候群の保因者は、皮膚悪性黒色腫(17-36%)、ぶどう膜悪性黒色腫(24%)、悪性中皮腫(14-24%)、腎細胞がん(11%)などを発症しやすいことが知られています。

皮膚科領域では、BAP1腫瘍症候群に特徴的な良性黒色腫瘍(BAP1変異黒色腫)の存在が知られてきました。これは頭頸部(41%)、体幹(33%)、上肢(25%)に好発するドーム状のピンク色丘疹で、組織学的には類上皮母斑に似た真皮メラノサイトの増殖とBAP1発現の消失を示します。しかし、一般的な真皮母斑に類似した臨床像のため、BAP1腫瘍症候群を疑わない限り生検されない可能性があります。

【多発性爪乳頭腫(onychoBAPilloma)はBAP1腫瘍症候群に特異的な爪の症状】

今回、NIHの研究グループは、BAP1生殖細胞系列変異の保因者47名(35家系)を対象に、爪の変化を前向きに評価しました。その結果、87.2%の患者に爪白斑、爪裂、爪甲剥離などの爪の異常が認められ、特に83.0%の患者で爪乳頭腫(onychopapilloma)と呼ばれる特徴的な爪の変化が確認されました。爪乳頭腫は30歳以上の保因者で87.5%と高頻度に認められ、ほぼ全例(97.4%)で多発性(polydactylous)でした。

爪乳頭腫は一般集団ではまれな疾患で、これまで世界で250例程度の報告があるのみです。多発性の爪乳頭腫の報告はさらに少なく、BAP1腫瘍症候群以外での報告は見当たりません。つまり、多発性爪乳頭腫(onychoBAPilloma)は、BAP1腫瘍症候群に特異的な爪の症状である可能性が高いと言えるでしょう。

【爪の変化に注目!BAP1腫瘍症候群の早期発見と皮膚がん予防のポイント】

BAP1腫瘍症候群の保因者は、皮膚悪性黒色腫や基底細胞がんのリスクが高いため、早期発見が重要です。しかし、これらの皮膚がんは一般集団でもよく見られるため、BAP1腫瘍症候群を疑うきっかけになりにくいのが現状です。

今回の研究から、多発性爪乳頭腫(onychoBAPilloma)がBAP1腫瘍症候群の成人保因者に高率に見られることが明らかになりました。爪の変化は目立ちやすく、多発性爪乳頭腫は一般集団ではまれであるため、BAP1腫瘍症候群の早期発見につながる重要な手がかりになると期待されます。

爪に何らかの変化があり、皮膚がんや中皮腫の家族歴がある方は、BAP1腫瘍症候群の可能性を考慮し、皮膚科専門医や遺伝カウンセリングを受けることをおすすめします。また、爪の変化が気になる方は、皮膚科で爪の病理検査を受けることで、早期の診断につなげることができるでしょう。爪の変化が急激に進行する場合や疼痛を伴う場合は、生検を検討する必要があります。

BAP1腫瘍症候群は、皮膚病変のみならず、眼・肺・腎など全身の悪性腫瘍リスクを高める遺伝性疾患です。爪の変化は、この症候群の早期発見の手がかりになる可能性があります。患者さんの爪の変化にも注意を払い、必要に応じて遺伝学的検査や全身検索につなげていくことが重要だと考えます。

参考文献:

Lebensohn A, et al. Multiple Onychopapillomas and BAP1 Tumor Predisposition Syndrome. JAMA Dermatol 2024. doi:10.1001/jamadermatol.2024.1804

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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