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(速報)給付型奨学金 これからどうなる?

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
給付型奨学金の規模と財源案が示された。これからどう展開していくか(写真:アフロ)

給付型奨学金の財源案示される

 今日、ヤフートピックスで給付型奨学金の記事が配信された。

今年3月に安倍総理が言及して以来、にわかに現実味を帯びてきた給付型奨学金について、財源案が示されたという報道だ。

給付型奨学金については

「そもそもそんなものが必要なのか」

「勉強しない大学生をさらに甘やかすだけではないか」

「就職すれば返済できるはず」

「そもそも大学に行く意味があるのか」

といった多様な批判があるが、

それらすべてを詳細に検討する余裕は、いまの筆者にはない。

本稿では「いま何が議論されているのか」についての簡単な解説に留める。

対象は誰か?

たとえ学力が高くても、家庭の収入が少なければ、大学進学を断念させる力学が働く。

東大の小林雅之教授は、この人数を1.9万人と推計している。

「経済的に困難で、給付型奨学金があれば進学する/できる」というこの層がとりあえずの対象者像だ。

文科省「給付型奨学金制度検討チーム(第3回)」資料より(以下同じ)
文科省「給付型奨学金制度検討チーム(第3回)」資料より(以下同じ)

「国家百年の計」

大学に行かなくても立派な大人になった人たちは、間違いなく、大勢いる。

しかし、大学教育が高度人材育成の重要な要素であることを否定はできない。

だから各国は、「人材は国家の宝」として、高い教育支出を負担している。

そこには、いわゆる「地頭のよい」者が経済的理由で進学できないとなれば、国家の発展が阻害される、という認識がある。

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特定扶養控除という財源

心配なのは、財源案として特定扶養控除が出てきたこと。

特定扶養控除は、1989年に、16~22歳の子を扶養する家庭向けに創設された。

一般の扶養控除は年額38万円だが、

高校や大学の費用がかかることから、そこに25万円上乗せして、63万円の控除とした。

「税金をまけるから、学費は自分で払ってね」ということだった。

ただし、減税額は高所得者層ほど高かった。

2010年、高校授業料が無償化されたときは、特定扶養控除のうち、16~18歳分を撤廃して財源とした。

全員の教育費負担が減るから、全員の特定扶養控除を撤廃してもよい、という考えだ。

今回もまた、19~22歳の大学生相当年齢の特定扶養控除が財源として浮上した。

同じ年齢層への控除を、同じ年齢層への給付の財源に充てる――

たしかに理屈はわかりやすいし、「高校のときもそうだったので」と言うことができる。

その意味では、穏当な財源案ではある。

しかし今回は、だいぶ事情が異なる。

まず、高校は同学年の98%が進学するのに対して、大学進学率は半分程度だ。

次に、高校と違って大学の学費が無償化したり減額されるわけではない。

ごく限られた人たちへの給付型奨学金となるので、多くの大学生やその親にも「関係がない」。

広く恩恵が及んだ高校授業料と異なり、今回の対象者はごく限られている。

そのごく限られた人たちのために、特定扶養控除を受けている人たちが広く負担する。

これは、強い反発を招きかねない。

大学の学費は高く、中間層でもかなりの負担感をもって、大学生を養っている。

しかも教育には限りがない。あらゆる機会が「将来への投資」となり得るので、高所得者層ほど教育熱心で、教育投資が盛んだ。

そこを削られるのか、という反発は強いだろう。

今後

考えらえる今後のシナリオはいくつかある。

1)所得制限を入れる

所得制限なしに特定扶養控除を一律に削減すると、「平均的な収入の世帯で年7千円ほどの増税になる」と報道されている。

平均的な収入の世帯は、高すぎる大学費用を負担するために相当苦労している。

この世帯の負担増の上で給付型奨学金を実現するのは、かなりの反発が避けられない。

今後、給付型奨学金を利用する人たちにも、肩身の狭い思い(スティグマ)をさせる可能性もある。

そのため、高所得者にかぎって特定扶養控除を縮小する案がすでに検討され始めているという。

2)給付型奨学金を絞り込む

特定扶養控除でまかなうのは「必要な財源のうち、250億円ほど」と報道されている。

半分は別の財源を考えるということだ。

特定扶養控除の縮小を見送った場合、この250億円の財源だけで給付型奨学金を創設する可能性もある。

そうなれば、対象者も約半数に絞り込まれるだろう。

高い成績要件を課すなどして、かなりの成績優秀者以外は申請できなくするという方策も考えられる。

3)他の財源をあたる

他の財源を充てる。

今回の給付型奨学金創設は、いわば総理肝煎りの施策だ。「できませんでした」では済まない。

特定扶養控除の縮小が見送られても、制度創設そのものを見送れないのであれば、他の財源が浮上してくる可能性もゼロとは言えない。

同じ19~22歳の子を扶養する子育て世帯の負担を求めるのは酷だという議論が高まれば、たとえば高齢者の資産に着目する財源案が出てこないとは限らない。

今後の議論に注目

個人的には3)がベターだとは思うものの、客観的に見て、実現可能性はもっとも低い。

現役世代の世代内格差が開いてきていて、かつ、同一世代内の所得再分配がほとんど効いていない現実を考えれば1)もありえるだろうが、「子育て世帯の負担増」になることは避けられない。

その意味では2)が「ありそう」だが、それでは結局なんのために制度を創設するのかわからなくなるような結果に陥りかねない。

ようやく出始めた今日の報道だけから、今後を見通すのは難しいが、

政治には、個人的な損得勘定を超えたところで、大きな国家戦略としての指針を示し続けてほしい。

今後も議論を注視しながら、何ができるかを考えたい。

(おわびと訂正:計算ミスがありましたので、該当部分を削除しました。お詫びして訂正します。10月21日13:13)

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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