何が本当かわからない今だから心に響く、KERA CROSS第3弾『カメレオンズ・リップ』
久しぶりのKERA作品ならではの世界観にたちまち翻弄された。
リズミカルな台詞の積み重ね。カオスでスピーディーで時にバカバカしくて、ちょっぴりグロテスク。おまけにこの作品、KERA自身も「今の自分には書けない類の筆力を感じます」(公演プログラムより)と述べているような、勢いもある。
本作は『フローズン・ビーチ』『グッドバイ』に続く「KERA CROSS」シリーズの第3弾だ。「KERA CROSS」とはケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の戯曲の中から選りすぐりの名作を、才気溢れる演出家たちが異なる味わいに創りあげる連続上演シリーズだという。
だが、そこには難しい問題もある。特定の劇団での上演を想定した作品の場合、当然ながら脚本は当て書きになる。したがって、演劇ファンたるもの「初演」には強いこだわりを持っているものだ。とりわけKERAの場合、お稽古段階での俳優たちを観察してインスパイアされたものをさらに脚本に加えていくのだという。
こうしてできあがった戯曲をまったく新たな座組みで再生する難しさたるや、想像にかたくない。だが、こうした壁を乗り越えてこそ、戯曲自体が普遍性を獲得していく。「KERA CROSS」シリーズも、そうした狙いあっての試みだろう。
今回演出を担当するのは河原雅彦。「この人がこの役をやったらどうなっちゃうんだろ?」的な興味優先のキャスティング(プログラムより)が、見事に功を奏していたように思う。多彩なジャンルから集結したキャストたちが発し合う異質なエネルギーがぶつかり合って火花を散らしていた。
この作品のキーワードは「ウソ」である。周囲から孤立した豪奢な屋敷に暮らす、天才的ウソつき少女のドナ(生駒里奈)と、彼女を慕う弟のルーファス(松下洸平)。ドナが死んだ後もルーファスはドナと瓜二つの女性・エレンデイラ(生駒・2役)と暮らしている。魔性の少女ドナの吸引力に冒頭から目が釘付けになる。そしてエレンデイラとの演じ分けも絶妙だ。
ドナは「本当のことを言い続けて信頼関係を築き、そこにタイミングを見計らってウソをまぶすのよ」といった、ウソの極意を説く。そう聞くと思うのだ。いやいやそう簡単には騙されないぞ、と。そのうちに次第に、あれもウソだろうこれもウソだろうとお芝居全てを疑いの目で見るようになっていくから不思議だ。
そこに怪しげな客人たちが次々と訪ねてくる。胡散臭そうだが人の良いところもあるドナの夫、ナイフ・ハーフムーン(岡本健一)と、彼の愛人で言動が少々ぶっ飛んでいるガラ(ファーストサマーウイカ)。二人を屋敷まで送ってくるのは、近所の眼科医で運も要領も悪そうなモーガン・スーパーブレンド(森準人)だ。
ドナの大学時代の友人だというシャンプー・ニューワース(野口かおる)は声のインパクトがすごい。スーツ姿でばっちり決めた化粧品会社の女社長ビビ・シングルカスク(シルビア・グラブ)の押し出しの強さもさすがだ。元軍人のルドルフ・ハッケンブッシュをお笑いトリオ「我が家」の坪倉由幸が演じている。真面目で常識的な振る舞いがかえって可笑しみを誘う。
ウソまみれの登場人物。そして互いが互いを騙し合っている? もはや誰も信じられないぞ! そんなカオスが極限に達したところで1幕は終わる。続く2幕で少しずつ「真実」が掘り起こされ、物語はさらに激しく残酷に展開してゆく。そして迎える壮絶で甘美な結末。松下洸平演じるルーファスのブレない真っ直ぐさがなんとも切ない。
舞台装置や小道具使いの面白さも見どころだった。この屋敷で飼われている「カメレオンを餌にしている熱帯魚」の水槽をはじめ、舞台のあちこちに仕掛けられたモノたちが、ここぞというタイミングでいい仕事をしてくれる。
世の中はウソだらけ。普段思っている以上に壮大なウソで塗り固められているのかもしれない。しかし、だからこそその中に埋もれた「真実」が尊い。そして、その美しさを信じ、その力にすがりたい。コロナ禍でいったい何が本当のことだかわからなくなっている今だからこそ、心に響く作品である。
怒涛のように過ぎ去った3時間余。KERA作品ならではのこの感覚を味わうと、演劇界もすっかり元に戻ったと勘違いしそうになった。だが、やっぱりそれも「ウソ」だった。緊急事態宣言発令により大阪公演が中止になってしまったことが残念でならない。
<公演情報>
『カメレオンズ・リップ』
東京公演
4月2日(金)〜4日(日) シアター1010
4月14日(水)〜26日(月) シアタークリエ
福島公演
4月11日(日)南相馬市民文化会館(ゆめはっと)
大阪公演【中止】
5月2日(日)〜5月4日(火・祝) サンケイホールブリーゼ
愛知公演
5月6日(木) 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
新潟公演
5月15日(土)14:00 長岡市立劇場