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「Jリーガーにならない」選択をした慶應大生。國學院久我山の「文武両道」の先に見えたもの

小澤一郎サッカージャーナリスト
慶應義塾大4年のFW山本哲平(10番)、DF井上大(6番)

大学日本一をかけて12月7日に開幕した第65回全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)は15日に準決勝が行われ、決勝のカード(18日)が決まる。関東第6代表として3年連続でインカレの出場を果たした名門・慶應義塾大学は2回戦で順天堂大学に1−2で敗れた。

大学4年生にとっては最後の公式戦となり、2回戦敗退を受けて慶應義塾体育会ソッカー部(※)4年の「大学サッカー」にも終止符が打たれた。今大会に出場した大学4年生の中からJクラブへ入団する選手もいるが、プロを目指していた多くの大学生は残された選択肢として「就職」を選ぶ。そんな大会の取材中、「Jリーガーにならない」選択をした慶應大生たちに出会った。

※慶應義塾は体育会サッカー部ではなく「体育会ソッカー部」と称しています。由来については同部HP「ソッカー部について」を参照下さい。

就職浪人するエース、銀行務めをするゲームキャプテン

背番号「10」を背負うFW山本哲平はシーズン半ばであるJ3クラブの練習参加に呼ばれ、入団オファーを受けたが一般企業への就職を選択した。「就職に有利な大学」としても知られる慶應義塾大学の体育会ソッカー部では4年まで目一杯サッカーに打ち込み、就職浪人する選手もいる。山本もその流れで一般企業へ就職することを考えている。

「今大会(インカレ)で『もしかすると』という気持ちもありましたが、基本的にはサッカーを仕事にするのは難しいと感じています。自分の中では昨年度それなりに活躍できたと思っているのでどこかから声がかかるかなと思ったんですけど、思うようなクラブから声がかからなくて。そこはすごく悔しかったんですけど、それで自分の人生が終わるわけではないですし、別にこれでサッカーが終わるわけではないので」

左サイドバックとして今年度はゲームキャプテンも務めたDF井上大もシーズン開幕前にJ2クラブの練習参加を経験した。大学入学当初から就職を考えてきた井上にとってプロクラブからの練習参加の誘いは初めて「Jリーガー」という職業を現実のものとして考えるきっかけとなったが、逆に練習から激しくしのぎを削るプロ選手たちのメンタリティの強さを目の当たりにして「自分がプロに行って戦っていくのは難しい」という判断を下す。

「周りから見れば、自分の可能性に限界を引いているように見えるかもしれないですけど、自分の選択なので全く後悔はしていません。練習の中から削り合いではないですけどかなりバチバチやり合うプロ選手の気持ちの強さや自信を見た時に、そういう人たちと対等にやっていく自信は持てませんでしたし、そういう気持ちでプロに行くべきではないなと感じました」

井上は春先から就職活動を行い、大手銀行への就職が決まっている。しかし、就職活動の時期とゲームキャプテンに抜擢された時期が重なり、就職活動はなかなか思い通りに進まなかったという。

「就活をやっていた4年生では僕だけが練習を休まなかったのですが、その分5、6社しか受けることができず、なかなか内定も出ませんでした。総合商社にも興味があったのですが、面接を後回しにしていたら採用が終わってしまって。そういう意味では、練習を休んで就活をしていれば良かったのにと思われるかもしれないですね。でも、その時期にゲームキャプテンを務め、勝ち点を積み重ねたことでギリギリでのインカレ出場を達成したので、全く後悔はないです」

真の文武両道の先に見える姿

実は山本と井上の二人は、昨年度の全国高校サッカー選手権で準優勝した國學院大學久我山高校の出身だ。「文武両道」を掲げ厳しい制約を課す同校で高校生活を送った彼らはいずれも学力で慶應義塾大学へと進学している。そもそも同大学体育会ソッカー部には「スポーツ推薦」の制度はないため、近年は高いレベルで文武両道を実践する國學院久我山出身選手が先発に占める割合が増えている。実際、山本と井上を含めて今大会の慶應義塾大のスタメン11名中3名が國學院久我山出身で、ベンチにも1回戦で2名、2回戦で1名の同校出身選手が名を連ねた。

慶應義塾大の須田芳正監督は「スポーツ推薦がないと言っても、今はどの選手も小さな頃からサッカーをやっていますし、サッカーの強豪校でも勉強をしっかりやりなさいという指導者がいて、学力を持ったいい選手も多くなってきています」と文武両道を実践しやすい流れが来ていることを示唆する。しかし、大学4年で冷静にサッカー選手としての能力と社会におけるポジションを見極め、複数ある選択肢から未練なく「プロではなく就職」を選択した二人はまさに「真の文武両道の先に見えた姿」だと感じた。

J1リーガーの平均年俸が約2千万円、日本代表の海外組ともなれば年収数億円とピラミッドの頂点は華やかな「職業:プロサッカー選手」だが、J2、J3とカテゴリーが下がれば新卒社会人の初任給以下、場合によってはアルバイトをするよりも低いサラリーでプレーする選手も存在する。

確かに日本代表の長友佑都(インテル/イタリア)、武藤嘉紀(マインツ/ドイツ)のように大学サッカーを経て日本代表、海外組にまで大化けした選手はいるが、22歳という年齢でアマチュアの大学リーグでプレーする山本、井上の現時点での実力から測れば、彼らがもしプロの世界に挑戦しても20代後半でJ1リーガーになれれば大成功のキャリアと言ってよい。

その場合、プロサッカー選手として稼げるサラリーの総額は良くて1億円のラインだ。一方、慶應義塾大学というブランドや学閥を用いて大企業に就職をし、世界を股にかけるビジネスマンに成長できれば30代で1千万円プレーヤーになることはさほど難しいことではない。そのキャリアを40代、50代と継続すれば、生涯年収は2億円から3億円のレベルになるだろう。彼らがここまで厳密に算盤を弾いているとは思わないが、複数の選択肢を持つからこそ「Jリーガーにならない」選択、トレードオフができるのだ。

國學院久我山の李済華(リ・ジェファ)総監督は、山本の出身クラブでもあるジェファFCの入団説明会で保護者に対して「夢を持ち続けることの大切さ」について毎年次のように説いている。

「日本ではよく『夢を持ち続けることの大切さ』が言われますが、ピーターパンではあるまいし30歳になってもまだ、『Jリーガーになりたい』と言っていたら、人生の敗北者になってしまいます。夢をどこかで諦める、辛いけれども諦めないといけないことがどこかで来る。それが『大人になる』ということなのです」

幸い山本も井上も夢を諦めたわけでも、人生の敗北者になったわけでもない。むしろ人生の勝者となるための選択を現時点で下したに過ぎない。

一般的に「有名大学の体育会の学生は就職に有利」と言われるが、井上は「サッカーという競技に真剣に向き合い、一つの物事に執着することで自分が上手くなること、チームが勝つことを段階的、論理的に考えられるようになりました。就職活動中、そこが企業、社会から高い評価を受けていると感じましたし、僕もそこは一般の学生に勝る強みだと感じました」と説明する。

社会的に評価されるスポーツ選手、社会に貢献するアスリートを育成するためにも「文武両道は当たり前で必要不可欠」という時流はすぐ目の前まで迫っていることを彼らの選択と高校、大学での7年間の成長で確信することができた。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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