台湾の漁船拿捕は中国によるグレーゾーン戦略の一環か
中国が台湾の漁船を拿捕し、乗員を連行した。中国側は違法操業を理由にしているが、その本質は「台湾と中国は互いに隷属しない」という立場を貫く頼清徳総統率いる台湾に対する揺さぶり、いわゆる「グレーゾーン戦略」と言えそうだ。
中国と台湾の艦艇が対峙
台湾側の発表によれば、2日午後8時14分頃、台湾の海巡署が澎湖船籍の漁船「大進満88号」の船主から通報を受けた。通報は、同船が金門の料羅港の東北東沖23.7海里(約44km)で中国海警局の艦船2隻から立ち入り検査を受けたという内容。船には台湾人2人、インドネシア人3人が乗っていた。
海巡署は、急遽、艦艇2隻を派遣。通報から1時間後の午後9時14分頃、福建省の普江から僅か5.4海里(約10km)で中国側の艦艇と対峙する形になった。中国側の艦船3隻に阻まれる形となり、台湾側は漁船を釈放するよう求めたが、中国側は妨害するなと拒絶した。
対峙した地点は、台湾側の船から普江の街の灯が見えるほど中国側に接近していた。台湾側は、中国の艦船が周辺に7隻展開しており包囲される可能性など更なる緊張を回避するため、午後10時頃、漁船に接触できないまま引き返したという。拿捕された「大進満88号」は午後10時半頃、福建省泉州の港に入港した。
中国は「正常な法執行」
中国側は、周辺海域を5月1日から8月16日まで休漁期間にしている。台湾側の発表でも漁船が立ち入り検査を受けたのは、中国の指定する休漁海域であり中国の主張する領海内であったという。中国海警局の報道官は、台湾漁船が休漁の規定に違反した上、禁止されている底引き網漁を行い、かつ規定より目の小さい網を使ったとしている。中国政府の台湾担当部門、台湾弁公室の報道官も「海警局は正常に法を執行したのであり、関係部門が法に基づき処理する」と主張した。
海警局の権限強化は布石?
中国はこれに先立ち、海警局の権限を強化する法改正を行っている。6月15日から施行されたもので、中国が主張する管轄海域に侵入した外国人を海警局が最長で60日間拘束できるなどという規定をも含む。これまでも台湾漁船の拿捕はあったが、今回はこの規定が施行されてから初めてのケースとなる。
台湾の情報部門、国家安全局の蔡明彦局長は、今回の事件について、中国が表向きに主張する違法操業の取り締まりという側面とは別に、台湾に対する認知戦の可能性に触れている。その狙いは、中国側が台湾海峡の管轄権を誇示することで、台湾側の主権を相対的に弱体化させるというものだ。
対中国政策を担当する大陸委員会のトップ、邱垂正主任委員は中国海警局の権限強化の法改正を受け、「海警局の艦艇が、グレーゾーン侵入を行うかどうか関係機関が注目し対応している」と警戒感を示している。グレーゾーン戦略とは、軍事的な手段に至らずとも平常時の手段などを用いて現状変更などを狙うもの。
ちなみに中国海警局の艦船は、7月2日から4日にかけて尖閣諸島周辺でも日本の漁船や巡視船に対し海域を離れるよう要求し、中国の主権を主張した。
中国ドローンで民間航空機が遅延
中国の台湾に対する挑戦的な行為はこれだけではない。台湾の新聞「聯合報」によれば、漁船が拿捕された同じ日、中国の無人機によって台湾の民間航空機の運用に影響が出たという。
場所は台湾が実効支配するものの、中国のすぐ近くに位置する馬祖。2日の午前9時過ぎ、馬祖の南竿空港から9.3kmほどの上空に中国の無人機が飛行しており、約20分後に飛び去ったものの、その影響で、同空港を利用するエバー航空の着陸が約30分遅れたという。さらにそれに続く離陸の予定も遅れた。これまで同空港に中国の無人機がここまで接近したことはなかったという。
中国が挑発的な行為を仕掛け、現状変更を既成事実化する、あるいは台湾社会を混乱させようとする試みは今後も繰り返されるとみられる。中国が台湾を「中国の一部」として統一を目指すのに対し、台湾の頼清徳総統は「台湾と中国は互いに隷属しない」と言い切る。台湾ではその強硬な態度が中国との軋轢を招いているという批判も上がるが、そもそも緊張状態を作り出すのは常に中国の側である。