芸能界を一変させかねないジャニーズ「性加害」スキャンダルは今、大事な局面を迎えている
『週刊文春』告発キャンペーンの影響拡大
ジャニーズ事務所のカリスマ創業者ジャニー喜多川氏(故人)による性加害スキャンダルは今、大事な局面を迎えている。所属タレントがテレビ界、映画界を席巻している現実から見れば、同事務所がメディアに対していまだ大きな支配力を持っているのは確かだが、このところ新聞報道や、あるいは様々な領域での識者の発言など、告発の影響は広がっており、これまでのように告発した側が一方的に押さえこまれてしまうという状況ではなくなりつつある。
民放の場合は、ジャニーズタレントなしにはドラマもバラエティも成立しない状況だから、ジャニーズ事務所への「忖度」はかなり大きい。告発キャンペーンを続ける『週刊文春』は4月27日号で「“報道のTBS”は会見にカメラ出さず、“共犯者”民放テレビはいまだ放送ゼロ」と、メディア批判を展開した。ただ名指しで批判されたTBSは、それを気にしたのか、発売後放送の『サンデーモーニング』などで性加害問題を取り上げていた。
気になる『女性セブン』の報道と他誌の沈黙
『週刊文春』は最新の5月14・11日合併号では、他の週刊誌にも批判を加えている。他誌がいっさい沈黙しているばかりか、『女性セブン』などは5月4日号で「『ジャニーさんの性加害報道』勇気ある告発者の正体」という、ジャニーズ擁護ともとれるような記事を掲げている。『週刊文春』はこれを批判し、末尾で「小学館は今年、藤島ジュリー景子社長の“推し”と言われるなにわ男子のカレンダーを発売している」と書いている。
ジャニーズタレントのカレンダーというのもメディア支配の道具のひとつで、大きな利益をあげるカレンダーの発売をジャニーズ事務所はこれまで戦略的に幾つかの出版社に認めてきた。マガジンハウスなどは以前からだが、何年か前から新潮社もその恩恵に預かっている。このところ『週刊新潮』がジャニーズ事務所のスキャンダルをあまり報じなくなったのはそのためだと業界では指摘されている。
ジャニーズ事務所のメディア支配は「鞭と飴」の使い分けでなされており、近年は、女性誌や芸能誌だけでなく、『週刊朝日』『サンデー毎日』にも頻繁に誌面や表紙にタレントを登場させるようになっている。そうした施策はかなり戦略的に行われてきた。
行方を決する背景は#Metooのうねり
ただ、そうしたメディア支配も今回はさすがに限界を露呈しつつあるように見える。大きな背景は、世界的な#Metooのうねりだ。そもそも今回の『週刊文春』のキャンペーンも英国BBCが放送した、ジャニーズ事務所の性加害を取り上げたドキュメンタリー番組がきっかけだが、BBCは#Metooの流れにもかかわらず放置されてきたとしてジャニーズ事務所の性加害に取り組み、同時に日本におけるジャニーズ事務所「タブー」にも言及したのだった。その番組放送をきっかけに『週刊文春』はその後、毎週、告発記事を掲げるというキャンペーンを行っている。
当初は、タブーに支配されたテレビ界は当然、黙殺した。新聞も恐らく性加害の対象が男子であるという、過去にあまり例のない事態であることへの戸惑いがあったのだろう。ほとんど無視していた。
実名・顔出しの会見を新聞は一斉に報道
流れを変えたひとつのきっかけは『週刊文春』4月13日号「『ジャニーさんに15回されました』被害少年がついに実名、顔出し告発」に登場した岡本カウアン氏が、4月12日に外国特派員協会で実名・顔出しの記者会見を行ったことだ。それまでこの問題をほとんど報じていなかった新聞も一斉に報道した。テレビはNHKが報じた以外は、民放は無視だったが、これがネットなどで大きな批判を浴びた。
それに加えて、識者と言われる人たちがこの問題に次々と言及するようになったことも大きい。東京新聞のコラムで斎藤美奈子さんがこの問題を取り上げていたが、#Metooで批判されてきた構図と今回の問題が同じであることを指摘していた。私も同じ東京新聞特報面のコラム「週刊誌を読む」で既に二度にわたってこの問題を大きく取り上げた。間もなく発売される『創』6月号では、森達也さんや望月衣塑子さんらがこの問題について踏み込んだ論評を展開している。
#Metooで告発された構図と全く同じ
もともと#Metoo運動は、アメリカの大物プロデューサーによる性加害を2017年にニューヨークタイムスが告発して世界中に広がったのだが、今回告発されているジャニーズ事務所の性加害も構造的には全く同じだ。ジャニー喜多川氏に気に入られないとアイドルとしてデビューできないという状況を背景に性加害が行われていたというものだ。
例えば『週刊文春』4月20日号「ジャニー喜多川 被害少年8人目の証言『僕は社会的に強姦された』」という記事も衝撃の内容だ。証言している男性は匿名だが、高校生だったデビュー当時をこう語っている。
「芸を磨いてファンを作っていくより、ジャニーさんと性的な接触をして、関係を作らないと先に進めないんだ、みたいな思考になっていって。そのために、すごく色んな手を使ってアクセスしようとしていました」
アイドルとしての成功を望んで性被害を自ら受け入れていたというのだ。ジャニーズ事務所の男性アイドル輩出とその問題が深く関わっていたことがわかる。プロデューサーや映画監督がその権力を背景に性暴力を行っていたという、これまで告発されてきた構図そのものだ。
『週刊文春』は最新の5月4・11日号でも、被害を受けた元ジュニアの男性の証言を記事にしているが、その中でもジャニー喜多川前社長の性加害を受けた後、「ダンスのポジションがセンターに近くなったり、雑誌の撮影頻度が高くなるなど、明らかに扱いは良くなった」と書かれている。
事務所隆盛と性加害が裏腹という深刻さ
ジャニーズ事務所は、男性アイドルを次々と発掘し、大スターを生み出していくという、日本の芸能界の歴史を画するような方法を確立し、それがいまだに大きな影響力を保持しているのだが、それが少年たちへの性加害と裏表の関係にあったというのは、とても深刻だし、成り行きによってはジャニーズ帝国を一気に崩壊させかねない可能性を秘めているといえる。
かつて『週刊文春』はこの問題を告発するキャンペーンを展開し、ジャニーズ事務所に提訴され、他のメディアは黙殺するという厳しい闘いを強いられたのだが、今回大きな違いは、当のジャニー喜多川氏が他界して、ジャニーズ事務所の求心力が低落していること、そしてもうひとつは世界的な#Metooの動きが告発に大きな追い風になっていることだ。
『週刊文春』は周知のように、昨年、映画界の性加害問題、監督などが持てる権力を背景に女優に性被害を加えていた実態を報じたのだが、告発を始めると次々と他の女優が名乗りをあげるという、まさに#Metooが広がっていった。当初予想した以上にドラスティックな展開になったのは、時代の追い風が大きかったと言わざるをえない。
そして今回、いまだ強大なジャニーズ事務所の支配力を崩せるかどうかは、#Metooの風がどのくらい吹くかにかかっているといえる。新聞など他のメディアも、風が大きく吹いていると判断すれば、告発側に回ってくる可能性も少なくない。
ジャニーズ事務所が示した対応
その意味で今は、大きな分かれ目と言えるだろう。昨年の映画界の性加害告発は、女性作家たちの支援の声があがるなど、大きく拡大し、新聞やテレビもそれを大きく報道するようになっていった。今回はジャニーズ事務所という圧倒的に巨大な対象だが、潮目が変わっていく可能性もないわけではない。
ジャニー喜多川氏存命の時代と異なり、現在のジャニーズ事務所は、今回の告発に対して、調査に取り組む意向を示したり、「問題がなかったなどと考えているわけではございません」というコメント発するなど、これまでとは少し異なる対応を見せている。もちろん、ジャニーズ事務所が自ら積極的に真相解明に動き出すことはないし、今回の対応も、どうすればこの危機を乗り切れるかという意識から出たものであることは間違いないであろう。
『週刊文春』5月4・11日号は、この対応について「ジャニーズ性加害相談担当は国分、松岡、村上、菊池」という特集記事を掲げ、この取り組みは期待できない、と批判している。ジャニーズ事務所がこの問題についてヒアリングなど調査を行うという発言を行ったことを評価するかのような報道を新聞が行っていることへの牽制だろう。
確かに過剰期待は禁物だが、ただ事務所がそういう姿勢を口にせざるをえないような、かつてない現実が生み出されていることは確かだろう。
スポンサー企業やテレビ局にアンケート
この問題については、『週刊文春』のキャンペーンがどこまで行けるかも大きな要因だ。これまでのところは、毎週、次々と新たな被害者を見つけ出して報じているし、総力戦というべき闘いぶりはなかなかすごい。この号ですごいのは「スポンサー100社に聞く ジュリー社長説明に納得?」という記事で、同事務所のスポンサー116社に調査を行っていることだ。テレビ局にもアンケートを送り、見解を尋ねている。スポンサー企業も性加害を肯定することはありえないから、こうした取り組みは、ジャニーズ事務所も頭を抱えているだろう。
今が『週刊文春』にとっても大事な時期で、ここで「弾切れ」になってしまわないよう期待したい。
一連の告発を受けて様々な波紋も引き起こされている。例えば最近、ネットで大きな話題になり、『週刊文春』も4月20日号で取り上げたのが、博報堂が発行している雑誌『広告』での騒動だ。同誌の対談で批評家の矢野利裕さんがジャニーズ事務所の性加害問題に触れたところ、広報室の判断でその部分が一方的にカットされた。矢野さんは「note」でそれを告発。同誌の小野直紀編集長も矢野さんに同調する見解をネットにあげ、広報室も『週刊文春』の取材に謝罪を表明した。こうしたことが明るみになる程度には、既に一連の告発は影響を及ぼしつつあるわけだ。
もしかすると芸能界が一変する可能性も
考えてみればかつて1960年代以降、日本の芸能界を席巻する勢いを保持したのが渡辺プロだったが、創業者が他界し経営陣が世代交代するなかで、権勢を誇ったナベプロ帝国は一気にそれを失っていった。現在のジャニーズ帝国も、ジャニー喜多川氏とメリー喜多川という2人のカリスマが亡くなっており、一歩間違えれば失速が加速する恐れもある。今回の告発が#Metooの風を受けて、そのきっかけになる可能性は十分にある。そしてそうなれば芸能界の勢力分布が大きく変わることにもなりかねない。
4月28日の『週刊文春』電子版ニュースレターで、加藤晃彦『週刊文春』編集長はこう書いている。
《近年、芸能界の性加害を小誌は報じてきました。おそらく、過去も現在も、芸能界の性加害は存在しています。しかし、芸能界の最強事務所であるジャニーズの性加害が認められ、きちんとした対応がとられれば、今後の性加害に対する大きな抑止となります。一方で、これまでのように「なかったこと」になれば、結局、大きな力があれば封印できることの証明となってしまうでしょう。
山は動きました。あとは、本当に世界は変わるのか。今、大きなターニングポイントに立っています。ここでまた、ジャニーズとメディアが“共犯”となって無理やり封印しても、またいつか噴き出すでしょう。なぜなら、被害少年は多数いて、今も生きているからです。もう、この問題に決着をつけるべき時です。問われているのはジャニーズ事務所、小誌も含めたメディア、スポンサーなど日本社会です。》
この問題、これからどうなっていくのか注視したい。