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「メッシ後のバルサ」の現状と未来。グリーズマン、モリバは移籍

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:ロイター/アフロ)

ラ・マシア育ちの選手の移籍で”配当金”

 リーガエスパニョーラ、ヘタフェに所属するマルク・ククレジャのプレミアリーグ、ブライトンへの移籍が決まった。移籍金は1800万ユーロ(約21億円)。ククレジャは東京五輪でもスペイン代表の左サイドバック、左サイドハーフとして活躍し、過去3シーズン、エイバル時代も含めてハイレベルのプレーを見せてきただけに、当然の値段と言えるだろう。

 FCバルセロナ(バルサ)は下部組織ラ・マシアで育ったククレジャの移籍によって、180万ユーロ(約2億1千万円)を手にすることになった。ヘタフェに1000万ユーロ(約12億円)で売却した時の契約条項に明記された約定で、移籍金の10分の1を手にした。金庫は借用書の山で、数百億円の負債に首が回らない状況だけに、願ってもない“副収入”だ。

 しかし、そこにここ数年のバルサのずさんなチーム戦略が透けて見える。

 ククレジャのような有力な選手を左サイドでジョルディ・アルバの後継者として鍛え上げていたら――。他にもラ・マシアはアレックス・グリマウド(ベンフィカ)、ファン・ミランダ(ベティス)と人材は輩出してきたにもかかわらず、不必要に選手を買い求め、自ら育てた選手を売ってきたのだ。

 なんという、ちぐはぐさか。移籍マーケットが閉まるギリギリでアントワーヌ・グリーズマンのレンタル移籍が決まったが、これは40億円とも言われる年俸をカットするための苦肉の策である。その代わり、セビージャからオランダ代表FWルーク・デヨングを獲得も、その場しのぎ感は消えず・・・。

 何より、リオネル・メッシのパリ・サンジェルマン移籍はカオスの象徴だろう。

<ポスト・メッシ>

 バルサに新たな時代は訪れるのか?

反旗を翻したモリバはライプツィヒへ

 バルサはメッシに対してだけで、60億円以上の給料未払いがあるという。すべての負債を合計すると11億ユーロ。日本円にして1400億円近くで、もはや常軌を逸した金額だ。

 どれだけ放漫経営をしたら、こんな数字になるのか?

 商業主義に突っ走ったマネジメントが、諸悪の根源と言える。

 100年の歴史の中で禁じ手としてきた胸スポンサー導入は、その典型だろう。大口スポンサー契約を獲得した(例えばカタール財団とは5年半で200億円、楽天とは4年で約250億円)一方で、人気を高めるために話題先行の補強を敢行し、給料は天井知らず。プロモーション的な選手獲得が多く、必然的に選手の稼働率は悪かった。それが露見し、やがてクラブ内に決定的不和を生む。

「あの外国人選手は、なぜほとんどプレーしていないのに大金をもらっているんだ!」

 とりわけラ・マシアの若手の不満は募った。自分たちが愛情を感じていたクラブにそっぽを向かれ、無用な外国人選手に居場所を奪われる。不当な扱いを受けた挙句、二束三文で他のクラブに売られる。そのようなクラブで忠誠を求めるのは難しい。やがて、ラ・マシア全体で「信用できない」という気運が高まり、流出が続いた。

 2021-22シーズン、トップチームの主力になるはずだったイライシュ・モリバも契約交渉で高い要求を突き付け、クラブと対決態勢に入った。結果、ユースでの練習を余儀なくされていた。そしてライプツィヒからの1600万ユーロ(約20億円)というオファーを受け、移籍が決まっている。

 クラブとしては契約更新を拒否され、打つ手がなかった(来年夏には契約満了でフリーで移籍)。

 モリバは16歳の時、バルサのユース年代の一つの上限である年俸1000万ユーロを5倍以上も超える異例の契約を勝ち取った。さらに代理人も手数料として、かなりの金額が受け取ったという。モリバと代理人は甘い蜜を覚えてしまったのだろうが、ラ・マシア全体を軽んじるクラブへの不信感もあったかもしれない。

 昨シーズン、ロナウド・クーマン監督はモリバを寵愛し、今シーズンはトップでの活躍を期待していた。それだけに、現場は大きな誤算だろう。

「18歳という年齢で大事なのはお金ではない」

 クーマンは苦言を呈していた。

 しかし金の亡者になったクラブ首脳が、純粋な選手を金の亡者にしたとも言えるのだ。

不良債権と化した選手たち

 契約面で、様々な整合性が取れなくなった。それが事実だ。

 有力選手(主にその周囲の人間)の不満を封じるため、例えばメッシには7200万ユーロ(約81億円)という年俸を払ってきた。もはや、収支などそこに存在していない。ずさんさのオンパレードだった。

 例えば、移籍金ゼロで飛びついたミラレム・ピャニッチは、もはや”不良債権”でしかない。

 ピャニッチの年俸は、1400万ユーロ(約16億円)とあり得ない。30歳のMFと5年もの大型契約をするなど、そもそもあり得なかった。トレード移籍でMFアルトゥールを移籍金70億円で出し、一時的には財政的に潤ったが、アルトゥールは若手で今も市場価値は高まっているだけに、ビジネス取引としては完全な敗北だろう。出場時間に換算すると恐ろしいことになる。売りに出すどころか、この給料を今の彼のために負担するクラブは存在しない。

 サミュエル・ウンティティにも戦力外を通告したが、本人は残留を決めた。慢性的にケガを抱えることもあって、獲得オファーはない。総額の年俸は1600万ユーロ(約18億円)にも達すると言われ、高額過ぎるのだ。

 セルヒオ・ブスケッツ、ジョルディ・アルバ、ジェラール・ピケ、セルジ・ロベルトの4人の主将は、大幅な減俸を受け入れている。バルサの栄光の歴史に尽くしてきた選手たちである。これでウンティティやピャニッチよりも給料は低くなるわけで…。

 このような不良債権はごろごろとしている。残念ながら、グリーズマンもその一人だった。高すぎる年俸がクラブの首を絞めていた。

ポスト・メッシは…

<ポスト・メッシ>

 その絵は今のところ明確に見えてこない。

 例えば、新入団のオランダ代表メンフィス・デパイはシーズン20点が少なくとも計算できるアタッカーだろう。個人の力量は高く、それだけの貢献はできる。しかしながら、デパイはバルサの根幹を担うほどの選手ではない。

「バルサはラ・マシアだ」

 バルサの中興の祖と言えるヨハン・クライフは、そう主張してきた。彼が整えたラ・マシアで育った選手たちを教育し、成長させ、主力とする。それこそ、バルサの生きる道である。それは、メッシの前も後も変わらない。チェルシーやパリ・サンジェルマンのように有力選手をたくさん獲得し、有能な指揮官が采配を振るうことで、タイトルは取れる。しかし、バルサのアイデンティティはもっと高潔だ。

 一つは、「敗者の美学」と言われるほどのボールプレーへの執着だろう。もう一つは、ラ・マシアからの伝統を受け継ぐ者たちの戦い。その両輪がかみ合ってこそ、勝っても負けても”儚くも狂おしいバルサ”になるのだ。

 言うまでもないが、ラ・マシアだけでは勝てない。フリスト・ストイチコフ、ミカエル・ラウドルップ、ロマーリオ、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、サミュエル・エトー、ルイス・スアレス…各時代でバルサを刺激する外国人スター選手はいた。その力を借りる必要は必ずある。

 しかし例えば右サイドバックのようなポジションは、ラ・マシアから生み出すべきだ。

 クラブはダニエウ・アウベスのような逸材に出会い、その幻影を探しているのだろう。ドウグラス、アレイチュ・ビダル、ネウソン・セメド、セルジーニョ・デストなど各国の右サイドバックを集めてきた。しかしコンバートしたセルジ・ロベルトが一番、バルサの戦いに適応していたのが現実である。

 今シーズンも、ブラジル代表のエメルソンを獲得したが、技術的に物足りず、見通しは厳しかった。そこで、移籍マーケット閉鎖ギリギリでトッテナムに売却。1500万ユーロで買取、2500万ユーロで売り、500万ユーロをベティスにさらに支払っても、得をした商売にはなった。しかし先見の明のなさは明白だ。

シャビ監督を待望

 現監督のロナウド・クーマンは守備の再建を目指し、2年目をスタートさせた。彼のやり方は理にかなっている。しかし、バルサは理屈、論理では割り切れないやり方で、世界に覇を唱えてきた。クーマンの発想は真っ当だが、守りを堅固にするような人材はおらず、失点を減らすのは難しいだろう。事実、開幕からディフェンスの脆さを露呈。ポスト・メッシの時代を切り開けるとはとても思えないのだ。

 守備やフィジカルに根差したプレースタイルでは、バルサの理想に辿り着けない。たとえどれだけ勝ち星を重ねても、それだけでは愛されないだろう。ルイス・ファン・ハール監督時代のバルサがいい例だ。

 ポスト・メッシ。

 新たな時代に向かうバルサを”救済”できるのは、おそらく一人しかいない。カタールのクラブで指揮を取るシャビ・エルナンデス監督となるだろう(バルサからの監督オファーに関しては、契約を破棄できる)。ラ・マシアで育ち、ジョゼップ・グアルディオラからポジションを奪い、グアルディオラ監督にとってのピッチの指揮官となったシャビが、監督として戻って来られるか。

 その日まで、バルサは時代の狭間で苦しむことになるかもしれない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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