田中稔彦監督「莉の対」がロッテルダム映画祭の大賞を受賞。「もらえないと帰れないと思っていた」
ロッテルダム国際映画祭の授賞式が、現地時間2日、夜6時に行われた。最大の目玉であるタイガー賞に輝いたのは、田中稔彦監督の「莉の対」。およそ1時間の間に発表された7つの賞のうち、最後にこの映画のタイトルが読み上げられると、会場の比較的後ろのほうに並んで座っていた「莉の対」のチームから、一斉に「やったー!」という大きな歓声が湧き上がった。
舞台に上がった田中監督は、流暢な英語で「日本にいる、この映画をサポートしてくださったみなさんに感謝します。ここにいられるのは仲間のおかげです」と、「仲間」だけはあえて日本語にしつつ、感激を隠せない表情でスピーチ。その後は、舞台の上でチームによる田中監督の胴上げが始まった。驚きつつも、彼らの素直な喜びぶりを微笑ましく見つめている人々に対して、「ジャパニーズ・スタイル」とチームの誰かが説明するひとコマも。この賞の発表で授賞式がお開きになっても、チームは長いこと舞台を離れず、プロのカメラマンや出席者が向けるカメラに向けて笑顔でポーズを取り続けた。
そんな田中監督に、最後にこの賞をもらえると期待していたかと聞くと、「はい、期待していました。これをもらいに来ました」ときっぱり。そのすぐ後には「でも、ずっと怖かったです。まさかもらえるとは思わなかった」と本音をちらりと明かすも、すぐにまた「でも、もらえないと帰れないと思ったんで、嬉しいです」と満面の笑顔を見せた。クライマックスであるこのタイガー賞の前には、アジアの映画を対象にしたNETPAC賞の発表もあり、そちらは逃している。その間はずっと「生きた心地がしなかった」。「でも、俺たちはもらえると信じていたんで。実現してびっくりしています」と、最後まで待った挙句に一番美味しい賞をもらえたことへの感動を告白した。
実際、ある程度の自信と、「取らないと帰れない」という気持ちはあったのだろう。「莉の対」が上映されたのは11日間に及ぶ映画祭の前半で、3回あったうちの最後の上映は1月29日。そのあたりに上映された作品の関係者には帰ってしまった人も多いが、この映画はチーム全体が残り、授賞式のためのスーツもしっかりと用意してきていたのだ。
過去にヴェネツィア、ローマ、ロカルノなど欧州の映画祭のトップを務め、日本を含むアジア映画に非常に詳しいマルコ・ミューラーからこの賞を渡してもらったことへの意味を聞くと、「僕、本当に素人なんで、その方を知らなくて」と、正直な答。「どんだけすごいかわからないんですけれども、これからはもっともっと頑張ります。映画界に貢献できるように、一生懸命頑張りますんで」と、強い意気込みを見せた。次の映画はもう執筆が始まっており、来年のクランクインを狙っているという。この受賞を受けて、さらに弾みがつくのではないか。
1995年に創設されたタイガー・コンペティションは、世界各地にいる新進監督を対象にした賞。タイガー賞受賞者には4万ユーロ、審査員特別賞受賞者には1万ユーロが授与される。しかし、それ以上に、キャリアの初めにいる映画監督にとって、この世界的な場で才能を認められることの意義は大きい。
今年、タイガー・コンペティション部門で賞を競ったのは14作品。審査員特別賞は、オーストラリアの田舎に住むごく普通のふたりの男性をフィクションとドキュメンタリーをミックスしながら描いた「Flathead」と、さまざまなビジュアルスタイルを駆使したユニークなインド映画「Kiss Wagon」に与えられている。
タイガー・コンペティションの発表の前には、もうひとつのコンペ部門であるビッグスクリーン・コンペティション、16歳から22歳の審査員が選ぶ若者審査員賞、国際映画批評家団体FIPRESCIから選ばれた審査員によるFIPRESCI賞、前述のNETPAC賞の発表があった。NETPAC賞には、濱口竜介監督の「悪は存在しない」、松林うらら監督の「ブルーイマジン」、東京で話が始まり、細田善彦が重要な役で出演するカンボジア映画「Tenement」も候補に挙がったが(細田善彦は『ブルーイマジン』にも出演)、受賞したのはインド、フランス、ドイツ合作の「Schirkoa: In Lies We Trust」。若者審査員にはブラジル、フランス、ウルグアイの合作「Levante」、FIPRESCI賞には「Kiss Wagon」が輝いた。
映画祭は現地時間4日まで。
写真はすべて筆者撮影。