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金正恩政権は覚醒剤撲滅に成功するか 3月から大々的取締り開始 (2) 秘密警察投入し「管理所」送りに

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
覚醒剤犯で教化所は収容者が急増しているという。2009年8月平安南道の三登教化所

前回は、北朝鮮国内の覚醒剤汚染の深刻さについて書いた。

前回記事 あまりに深刻な覚醒剤汚染

北朝鮮内部からの報告で驚いた。麻薬・覚醒剤の取締りを主導しているのが秘密警察の国家保衛省だったからだ。一般犯罪を扱う保安省(警察)だけでは、覚醒剤蔓延を抑えきれないと判断したのか、あるいは、役人が腐敗し賄賂による買収が横行しているため、二つの公安機関を牽制・競争させようとしたのかもしれない。いずれにしても、北朝鮮内部ではかつてない激しい薬物取締りの暴風が吹き荒れている模様だ。

参考記事:「脱北者の家族は3代絶滅させる」秘密警察が住民対象の講演会 恐怖政治続く

その前触れはすでに3月初旬の取材協力者からの電話で伝わっていた。中国との国境地域の住民を対象に講演会が開かれ、その場で当局が、「一般社会で薬物が堂々と乱用されている。今後、薬物の服用や密売に関与する者は絶対に容赦しない」と、薬物使用に対する集中取り締まりを予告していたのだ。

3月28日、咸鏡北道と両江道に住むアジアプレスの複数の取材協力者が、集中取り締まりが本格化したと伝えてきた。彼らの報告は次のようなものだった。

「集中取り締まりは3月10日頃から始まった。まず保衛部が覚醒剤犯罪容疑者を捕まえて一次調査を行い、その中から罰すべき人間を選び出して保安署(警察署)に送り、二次取り調べをして判決を下すやり方だ」

処罰には厳格な基準が設定された。

「覚醒剤を一度でも使用した者は労働鍛錬隊に送っている。さらに所持・使用が1グラム以上の場合は6か月から1年の強制労働刑になり、10グラム以上の場合は無条件に『管理所』に送られることになった」。

※労働鍛錬隊は短期の強制労働キャンプで刑期は1年未満。裁判なしで保安署の判断で拘留できる。

参考記事:<写真報告>民衆が恐れる強制労働キャンプ「労働鍛錬隊」を撮った(写真4枚)

「管理所」とは、北朝鮮では政治犯収容所のことを指すのだが、取材協力者によれば、刑務所に当たる「教化所」とは別に、麻薬事犯を専門的に拘禁する強制労働施設を「管理所」と名付けて運営を始めたとのことだ。刑期は2年以上だという。

また自首と密告を大々的に呼び掛け、取引も持ち掛けているという。

「保衛部に自首した者と、逮捕した覚醒剤犯が関連者5人以上を白状すれば刑期を短縮すると取引を持ち掛けている。それでどんどん捜査が進んで捕まる者が増え、保衛部や保安署の拘留施設はもちろん、労働鍛錬隊も覚醒剤犯で一杯で座る場所ががないほどだ」

とのことだ。

「自首する者、密告する者が少なくない。中には夫や家族の罪を白状する者も出ている。覚醒剤の常習者と売人は死刑になるという噂が流れているが、銃殺されたという話は聞かない」

という。

幹部の中にも密輸や販売など覚醒剤犯罪に手を染める者がいる。両江道恵山市に住む取材協力者は、そんな悪徳幹部たちは既に手を打っていると、地元の事情を次のように話す。

「3月20日にヘタン洞(恵山市南端の地区)で5人が逮捕され、今、関係した者が芋づる式に捕まっている。覚醒剤使用や密売と関わっている幹部たちは密売人を他地域に避難させたり、コネを使って捕まった者を釈放させたりしている。実際、ソンフ洞(市の北に位置する区域)の知り合いの保安員は、捜査情報を事前に密売人に知らせ、出張名目で他所に避難させた」。

これら厳重な取締りが、北部国境地域だけで行われていることなのか定かではないが、薬物犯罪者だけ収容する「管理所」まで設置されたことから、全国的に一斉に実施されている可能性が高いだろう。

北朝鮮の覚醒剤汚染はまことに深刻。廃人になった者も少なくないだろう。金正恩政権がその根絶を目指すのであれば評価したいが、不正腐敗という別の深刻な汚染にまみれた北朝鮮社会で、この度の集中取り締まりがどれほど効果を上げられるか、注目したい。

参考写真:賄賂求める警官を罵倒し突き飛ばす女性(写真6枚)

※アジアプレスでは、北朝鮮内部に中国キャリアの携帯電話を送って国内事情を調査している。

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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