「やっと政治に目覚めた」広島のおばちゃんたちの470日。たどり着いた「議員とは」「選挙とは」
初の議会傍聴、初の署名運動、そして初のロビー活動。ある行政施策が浮上したことを機に有権者としての自覚が芽生え、初めてずくめの「政治活動」を重ねてきた50代〜90代の女性ばかりのグループが広島にある。子どもの本の読み聞かせボランティア活動に取り組む人たちが中心になってつくった「こども図書館移転問題を考える市民の会」(市民の会)だ。2021年末の発足から470日間、彼女たちは、どんな現実に直面してきたのか。4年に一度の統一地方選の投開票日を前に、彼女たちの歩みから「足元の政治」を考える。
いつの間に決まったの?
3月14日、広島市議会本会議場。市立中央図書館を、市の第三セクターが運営する広島駅前の商業ビル「エールエールA館」へ移転する計画の関係予算がこの日、賛成多数で可決された。市民の会のメンバー数人はその瞬間を傍聴席で見守り、一様に肩を落とした。
原爆ドームがある平和記念公園の北側に広がる中央公園の一画にある中央図書館は、築50年が迫り施設の老朽化が問題となっていた。市は2020年3月、公園内で他の社会教育施設などと集約して機能更新を図る方針をまとめたが、2021年11月、同じく中央公園内にあるこども図書館などの施設とともに、築24年のエールエールA館に移転して再整備する方針を明らかにした。この方針転換に対し、図書館利用者たちから反対の声が上がった。
当時、こども図書館で本の読み聞かせに取り組む「広島市・ほんはともだちネットワーク」(ほんとも)の代表だった吉田真佐枝さんは、報道をみて首をひねった。市が設置した図書館に関する外部諮問委員会「図書館協議会」の委員の一人でもあった。コロナによってリアル会議が開催されていなかった9月、エールエールA館絡みの方針について、市の担当者から電話で告げられたが、質問しても「詳しいことはまだ言えない」「わからない」ばかり。にもかかわらず、報道には「移転方針固める」とある。「いつの間に?」。「ほんとも」の仲間たちも一様に、不信感を募らせていた。
こども図書館は戦後の復興の象徴
活動の場であるこども図書館は、原爆被災後の復興期、「子どもたちに希望を」と在米の広島県人会から寄せられた寄付金を原資に、当時珍しかった子どものための図書館として1952年に開館したのがルーツ。丹下健三の設計による当初の建物は建て替えられたが、広島の戦後復興の象徴的な存在だ。
「こども図書館が、中央図書館の一部、児童コーナーのようになるのなら承服しがたい」。「ほんとも」のメンバーらで署名運動を始めた。2021年度最後、来年度のための予算議会でもある2月議会に間に合わせるべく動き始め、賛同者らも含めて「市民の会」を発足させた。2021年12月26日のことだった。
見よう見まねでオンライン署名も始めた。「直筆の署名でないと相手にされない」と言われたが、とにかく多くの人たちに現状を知ってもらいたかった。記者会見も開いた。つてをたどって市議会議員に相談すると、「請願を出すといい」とアドバイスされた。メンバーが市議会事務局を訪ね、陳情と請願の違いから勉強した。実質わずか1カ月で直筆9804筆、オンライン7804筆を集め、2月1日、移転中止を求める要望書を市役所へ持っていき、1週間後には市議会に請願書を提出した。
ぼーっとしてたら計画が進んでしまう
何もかも、まるで未知の世界。だが、ぼーっとしていたらこのまま市の計画が進んでしまい、活動の場が変わり果ててしまうとの危機感がメンバーを突き動かした。
結論を急がず、議論や提案の場を設けて広く市民の意見を聴いてーー。請願書では、そう求めた。メンバーの一人、市内在住の子どもの本作家の中澤晶子さんが代表し、市議会総務委員会で請願の趣旨説明をした。「平和文化都市の名に恥じない、さすが広島は違うねと言われるような、広く市民の意見を取り入れた図書館の再整備がなされるよう、また、子どもの文化を大切に思う私たちの切なる願いが行政に届きますよう、市民を代表して皆さんのお力をお借りしたい」
市が2021年12月から2022年1月にかけて実施した市民意見募集では、寄せられた215件の意見のうち移転関連の意見が199件、そのうち189件が反対。9割の市民が移転に反対だった。
異例の「付帯決議」でできた猶予期間
一方で、議員の意見は拮抗していた。2022年3月、市議会議員全員にアンケートをすると、返ってきた7割のうち、移転賛成は17人、反対は12人、その他が9人。予算議会の閉会直前、移転関連予算を大幅に削減する修正案が出されたが、賛成21人、反対25人の僅差で否決され、当初の予算案が可決した。
粛々と計画が進むかと思われたが、異例の展開が待っていた。
相談に乗ってくれていた議員が中心になって付帯決議案が出され、これが全会一致で可決されたのだ。現地建て替え、中央公園内での移転、エールエールA館への移転、それぞれを詳細に比較検討できる資料を作り、議会・利用者・有識者などに丁寧に説明し、理解を得てから移転先などを決定する、との内容だ。
「1年猶予ができた」。吉田さんたちはそう胸を撫で下ろしたが、引き続き本会議や委員会、各種協議会の傍聴を続けた。有識者を招いた講演会を開いたり、市民参加のワークショップを開いたり。慣れないツイッター発信も始めた。違う角度から移転計画を問題視するほかの市民団体とも連携を強めた。議員全員に、手書きで宛名を書いて文書を配布した。問題意識を共有してくれる市議たちは熱心に議会で質問をしてくれたが、「中央図書館には行かない」と発言する議員もいた。
移転方針撤回、でも戦いは終わらない
この件で2回目となる市民意見募集が夏にあった。整備地を現在地の中央公園とする意見が全体の8割を超す158件寄せられた一方、やはりエールエールA館はわずか33件だった。この後、急展開が起きた。
2022年9月、広島市長が本会議での答弁で、「こども図書館は中央図書館とは切り離して整備する」と表明したのだ。それは、こども図書館の移転方針撤回を意味していた。
だが、市民の会は活動を止めなかった。吉田さんはその理由をこう説明する。「のちの記者会見で、市長は撤回理由を『議論をしようとすると錯綜しかねない、混乱しかねない』と言っていた。こども図書館が単独で存在するべきだ、という私たちの考えは全然理解されていないんだなって」
他団体と連名で、再び市へ要望書を提出。こども図書館とともに、中央図書館、そして併設する市映像文化ライブラリーを、現在地の中央公園内で建て替えることなどを求めた。
こども図書館の移転方針撤回までには、いくつもの伏線があったという。7月には、市長サイドから市民の会へ面会の打診が来ていた。だが、メディア非公開、録音禁止を条件にされたため断った。「面会しただけで一方的に説明されて『協議をした』と既成事実化されても困りますから」
切り刻まれる図書館再整備
市が「中央図書館の特別集書の根幹」(「広島市立図書館」公式ホームページより)と位置付ける、旧広島藩主浅野家から寄贈を受けた古文書など約1万点の通称「浅野文庫」についても、エールエールA館への移転に関して、関係者から合意取り付けが難航していた。そんな中、浅野文庫は移転計画と切り分けて扱う方針を市が表明。中央図書館をエールエールA館へ移転させるためなら、浅野文庫のような重要な資料すら切り分けて扱う、という市の姿勢には、「何がなんでもエールエールA館へ」という強硬姿勢が見え隠れしていた。
今年2月議会の終盤、予算特別委員会で再び予算修正案が出され記名投票となったが、賛成19、反対26で否決。翌3月14日の市議会本会議で、最終的にエールエールA館移転にゴーサインが出された。結局、市長与党とされる会派を動かすことができなかった。
市民が無関心でいれば行政は好き勝手できる
わずか2日後、エールエールA館が、キーテナントのデパートも協力しての全館改装を計画中、との報道が出た。市民の会ツイッターは「出来レース感…」と短くつぶやいた。「結局全部、そういうことだったのか」と口をそろえるメンバーたちは引き続き、図書館問題を追及する構えだ。
レイアウト案を見ると、「こども図書館は現在地のまま」としつつもエールエールA館に移転した中央図書館にも児童向けの一画が配置されている。どうすみ分けるのか、こども図書館の機能低下につながらないか、など懸案事項はいろいろあるという。
中澤さんは言う。「市民誰でも議会傍聴できるって知ってても、私も含めてみんな行かない。でも行くと、図書館問題だけではなくいろんな施策が見えてきて、報道では表面化しないようなことが目の前で展開されていた。市民が無関心でいれば行政が好き勝手できる仕組みなんだと、よくわかった。有権者として一票を投じた議員が議会でどんなことをしているのかも。居眠りをしてる人もいましたしね」
9割が反対しても、4割の投票率で選ばれた議員が決める
吉田さんは、「議会傍聴はおもしろかった」と振り返る。「だって、私たちが市役所で質問してもはぐらかしてきちんと答えてくれないけど、議会で議員さんが聞くと、同じ職員でもちゃんと答えるでしょ。この人は市が説明する場を設けるために質問しているんだな、とか、この人は利用者のことを考えて質問しているんだなとかもわかる。腹は立ってもおもしろい」
市議会議員選挙、市長選挙のいずれも、4年前の前回選挙の投票率は37%弱という広島市。「9割の市民が反対しても、4割の投票率で選ばれた議員が決める。大きな力学によらず、市民の生活のことを考えてくれる人に託したい」。吉田さんは、図書館の市民意見募集の結果に触れてそう語った。
投票だけが政治参加じゃない
投票は、市民誰もができる政治行動。だが、選んで終わりではない。市民の声を代弁し、行政の施策を市民目線で検証してくれる議員を求めたいと、他のメンバーも口をそろえる。
「欠かさず投票してきたが、最低限の政治参加みたいな感じでちゃんと選んでなかった。市も議員も男性ばかりなのに驚いた。女性の議員が増えてほしい」「議員たちがちゃんとやってくださっているって思っていた。でも、どの議員がどう動くか動かないか見えたから、次はイメージではなく真剣に考えて投票したい」
市民の会は、市議会議員候補者や市長選候補者に対し、公開質問状を出し、回答をツイッターで公開している。