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バイデン次期大統領の課題:中東和平再開とイラン核合意復帰の行方は?

川上泰徳中東ジャーナリスト
米大統領選で当選確実とし勝利演説をするバイデン次期大統領(写真:ロイター/アフロ)

 米大統領選挙で民主党のバイデン候補の当選が確実となり、中東でも反応が出ている。特に目立った反応は、パレスチナ自治政府のアッバス議長と、イランのロハニ大統領がそれぞれ歓迎するコメントを出したことだ。ともにトランプ大統領によって露骨な逆風を受けただけに、バイデン大統領への期待は大きいだろう。バイデン政権にとっても、中東和平の再開とイラン核合意への復帰が中東政策の焦点となる。

 ==■アッバス議長は関係強化を求める==

 アッバス議長は8日に「次期大統領と彼の政府と一緒に働くことを楽しみにしている。パレスチナと米国の関係を強化し、パレスチナの自由と独立、そして公正と威信を実現し、さらに世界と中東地域の平和と安定と安全保障のために共に働くことを」と述べたとパレスチナ通信は伝えた。

 アッバス議長が「パレスチナと米国の関係強化」を最初に挙げたのは、トランプ大統領が1月に発表した中東和平構想を拒否して以来、自治政府と米国の関係は事実上の断絶状態になっていることを意識してのことだろう。

 議長はバイデン大統領が就任することで、イスラエルがヨルダン川西岸のユダヤ人入植地を併合することを認めたトランプ中東和平案が流れることに胸をなでおろしているだろう。中東和平はイスラエルが西岸の占領地から撤退し、パレスチナ国家が独立して、イスラエルとの間で和平を結ぶという「二国家共存案」の基本に戻ることになろう。

 ==■中東和平の原則の復帰が課題==

 中東和平交渉での次期バイデン政権の役割は、トランプ政権によって本筋から大きく外れてしまった中東和平交渉について「土地と平和の交換」のの原則を確認することである。その原則の確認のために、イスラエルとパレスチナの直接交渉か、アッバス議長が開催を求めている中東和平国際会議を開催することである。

 しかし、イスラエルでネタニヤフ首相が続く限りは、和平の進展は望めない。バイデン次期政権が中東和平の仲介者である米国の使命として行わねばならないのは、トランプ政権が4年間で脱線させた中東和平プロセスの軌道をもとに戻すことである。そのために1期4年が必要となるかもしれない。

 ==■ネタニヤフ首相は影響力強める==

 トランプ大統領が終われば、ネタニヤフ首相も後ろ盾を失い、影響力が弱まるのではないかと考えるかもしれないが、私はイスラエルでのネタニヤフ氏の政治的な足場は逆に強くなるだろうと考えている。

 それは、「1年以内に和平を実現する」と公約して登場したオバマ大統領の8年間を思い出せば分かる。オバマ政権の8年間、特に1期目の4年間は米国・イスラエル関係は史上最悪と言われた。オバマ大統領は当初、中東和平の障害になっていたユダヤ人入植地を認めないとし、首脳会談のたびに不協和音が生じていた。しかし、結果的にオバマ大統領はいつの間にか入植を容認し、中東和平は全く進まなかった。

 トランプ大統領はネタニヤフ首相の意向を鵜呑みにしたかのように、エルサレムをイスラエルの首都と認め、駐イスラエル大使館をエルサレムに移し、さらに、国連パレスチナ難民救済機関(UNRWA)への拠出金を拒否して、果てにはヨルダン川西岸にある入植地のほぼ全部を含む地域の併合を認めた。

 バイデン氏はエルサレムに移した米大使館をテルアビブに戻すことはしないにしろ、選挙運動期間中に、大統領になれば、UNRWAへの拠出は再開すると語っている。さらに、和平交渉再開のために、入植地建設の凍結を求めるだろう。そのようなバイデン氏の「和平圧力」に抵抗できる右派の政治家はネタニヤフ氏しかいない。トランプ時代に得たものを守ろうとする入植者や右派がネタニヤフ氏のもとに結集することになり、ネタニヤフ氏の政治的な影響力は強まるだろう。

 ==■パレスチナの指導部交代の時期==

 一方、バイデン氏はオバマ大統領の下で、ネタニヤフ氏の手ごわさを知っているわけで、まともに和平攻勢をかけるとは思えない。ただし、パレスチナ自治政府にとっては、トランプ大統領の時のように、無視されることはなく、主張は聞いてもらえるという安心感はあるだろう。

 アッバス議長も85歳の高齢であり、バイデン政権の1期4年間で、パレスチナは指導者の交代を迎えるだろう。新しいパレスチナの指導部が米国政府との間で、将来の中東和平を見据えて人間関係をつくり、情報交換できるのは、双方にとって益のあることだろう。

 ==■イラン・ロハニ大統領はバイデン氏歓迎==

 一方のイラン関係については、10日、ロハニ大統領は中国、ロシアが主導する上海協力機構のオンラインの首脳会議で演説し、演説の最後に、米大統領選挙で次期大統領が決まったことに言及した。

 「この数年、米国は自国の政策や法律を世界秩序や独立国に無理やり押し付けようとしてきた。米国の大統領選挙の結果を見ると、米国の国民も自分たちの政府の間違った政策に反対し、変えることを決断した」とコメントしたうえで、「米国の次期大統領は自らの国民のメッセージをくみ取って、それを外交政策や他国との関係の在り方の変更という形で実行してほしい」と呼びかけた。

 ==■バイデン氏は核合意復帰を明言==

 一方のバイデン氏は9月にCNNにイランの核問題について寄稿し、「トランプ政権は同盟国協調することなく、単独でイランに制裁を加えようとしたが、イランはオバマ大統領や私が政権から離れた時に比べて、10倍も濃縮ウランをため込んでいる。トランプ政権の政策は失敗した」と書いた。そのうえで、自分が大統領になったら、(1)イランが核兵器を入手するのを阻止するために断固として取り組む、(2)イランが核合意を厳格に順守するならば、米国は核合意に復帰し、交渉を始める――と明確に述べている。

 イランとの核合意復帰は、欧州との協調の問題でもあり、かなり早い時期に実行されるのではないかとみられる。米国が核合意に復帰すれば、トランプ政権で一時は一触即発の事態となったホルムズ海峡の緊張も緩和に向かうだろう。

 ==■迫られるイエメン内戦の対応==

 イランとの関係の延長で問題となるのは、イランとサウジアラビア・UAEが介入して、人道危機状態になっているイエメン内戦である。これまでに1万2000人の民間人が死亡し、そのうちサウジやUAEの無差別空爆による死者が8000人以上とされる。

 サウジとUAEがイエメン内戦での戦争犯罪を非難する声は世界の人権組織に強い。米国議会は米国がサウジとUAEに売却した戦闘機が空爆に使われていることを重大視し、2019年6月には米上院が武器売却を阻止する決議案を可決し、7月には米下院も同様の決議案を可決した。トランプ大統領は決議に拒否権を発動し、サウジとUAEへの武器売却は実施された。

 バイデン次期政権で、イランとの核合意に復帰し、イランとの関係正常化の道を探る過程で、イエメン内戦への対応も迫られるだろう。UAEはイエメン内戦からは地上軍を撤退させ、空爆も停止し、イランとの間でも関与政策に移っている。さらに、イスラエルとの国交正常化で合意したことで、バイデン政権になっても、UAEとは密接に協調することになるだろう。

 ==■サウジの皇太子にどう対応するか==

 問題はサウジへの対応である。恒例のサルマン国王に代わって実権を握り、国防相を兼任する30代のムハンマド皇太子が主導してイラン強硬策をとり、イエメン内戦への空爆を続けている。ムハンマド皇太子は、2018年にトルコのイスタンブールで起きたサウジ人ジャーナリスト、ジャマール・カショギ氏の殺害事件を支持したとされており、CIAは当時、皇太子の関与を認定し、米国議会でも非難する声が強く上がった。しかし、対イラン強硬策を支える皇太子を、トランプ大統領がかばった。

 米国の中東政策にとって、サウジは最も重要な国である。しかし、イエメン内戦やジャーナリスト殺害など、米国議会でも批判が強い人権問題が関わるだけに、バイデン次期大統領が、継承期にあるサウジとムハンマド皇太子にどのような対応をするのかは、中東や湾岸の今後を左右する問題となりそうだ。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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