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柏木は遠藤の後継者となるのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
シンガポール戦で周囲の評価を高めた柏木陽介。(写真:ロイター/アフロ)

11月17日、日本代表はカンボジア、プノンペンに乗り込み、W杯2次予選突破を懸けて戦う。敵は世界最弱チームの一つだけに、確実な勝利は当然。見所は、チームとして精度を増す戦いができるか、になる。

シンガポール戦では、ヴァイド・ハリルホジッチ監督が就任以来、最高のゲーム内容だった。各国リーグで好調の選手を積極的に起用したことで、力の差のある相手を一方的に押し込み、0-3で勝利した。とりわけ前半は動きの量が多く、出足で優り、悉くセカンドボールを拾い、なにより選手の距離感が良かったことで、波状攻撃を幾度も繰り出している。

「私は正しかった」

ハリルホジッチ監督は胸を張り、金崎夢生、柏木陽介という二人の抜擢を自画自賛している。とりわけ、遠藤保仁以後の代表ボランチ探しに躍起になっていた指揮官にとって、柏木の活躍は嬉しかったのかもしれない。各メディアもこぞって、柏木のプレーを褒め称えた。

しかし、柏木は本当に遠藤の後継者と言うに値するプレーを見せたのか?

冷静に評価すべき柏木のプレー

浦和レッズを牽引する柏木は、たしかにいくつかの非凡なプレーを見せている。運動量が豊富で、スキルに優れ、士気も高かった。例えば、前半に右サイドを素晴らしい連係から鮮やかにスルーパスで崩したシーンなどは秀抜。左利きであることで、体を開かずにボールを右サイドに入れられる特性も十全に発揮。中盤でコンビを組んだ長谷部誠との連係もスムーズだった。

しかし世界標準で見た場合、柏木が満足なボランチプレーを見せたかというと、疑問符が付く。

言うまでもないが、シンガポールは格下のチームである。大きな大会で勝ち抜いたことはなく、国際経験が乏しく、選手の体つきだけを見ても非力だった。年収格差では、日本代表選手と比べて10分の1以下。現実的には、ワールドカップ出場を争うチームではない。一方の日本はワールドカップ出場だけでなく、決勝トーナメント進出以上を目指しているわけで、選手のプレー査定も"世界トップ20の国と戦ったらどうなるか"を意識する必要がある。

その点、柏木はいい流れだったはずの前半だけでも、3度もの致命的なミスをしている。狙いすぎた軽率な縦パスを入れ、それをインターセプトされてしまった。いずれも相手が処理にもたつき、カウンターは発動しなかったが、世界標準では失点に直結するミスだった。ブラジルW杯で日本が惨敗したコートジボアールだったら、中盤に推進力のあるMFヤヤ・トゥーレあたりに持ち込まれ、陣内を蹂躙されていただろう。

シンガポール戦、柏木は中盤でほぼプレッシャーを受けていない状態にもかかわらず、それだけのミスをした。W杯本大会では命取りになるだろう。柏木はトップ下的性格を持った選手として、ボランチに下がっても、ゴールにつながるパス、もしくはフィニッシュには定評がある。おそらく意識的に、ショートパスを叩いてリズムも生み出そうともしている。しかしリスクと天秤を懸けた局面で、ぽっと軽いプレーが出てしまい、その点は遠藤や長谷部ら熟練と比べるとイノセントに映る。

この日、中盤のパートナーになった長谷部はブンデスリーガで長い年月プレーしているだけに、派手さはなくても成熟度が高かった。国際大会でのプレー経験の豊富さは伊達ではなく、単純なミスはあったにせよ、縦パス一本とっても強度が高く、攻撃のスイッチを入れるパスには堅牢さを感じさせた。柏木は主戦場がJリーグで、国際経験もフル代表としては乏しいせいだろうか。球足は決定的に弱く、コースも甘く、タイミングも読まれていた(シンガポールがそれをアドバンテージにできなかったのは、彼らのレベルが低いから)。

さらに言えば、日本の中盤はテクニカルな選手が多く連係度も高いが、その課題は受け手にまわったときにある。フィジカルとタクティクスの両面を備えた選手は少なく、強い圧力に対して弱い。これは柏木も例外ではないだろう。遠藤や長谷部はどうにかその点で世界標準に達していたが、それでもW杯では劣勢にまわらざるを得なかった。南アフリカW杯で日本がベスト16に進めたのは、遠藤、長谷部の後方で阿部勇樹が漏れてきた相手の攻撃をふたし、高さの欠点もなくしていたからだろう。

シンガポール戦は、受け身に回る機会がほとんどなかった。そして数少ない危機において、リスク管理ができるポジションにいたのは長谷部だったと言えよう。柏木は自らのポジションを留守にする機会もあり、ミスも大事になる類で、危うさを感じさせた。

柏木は今回の代表に選ばれるに値するプレーを浦和レッズで見せており、与えられた機会を生かしている。それは評価すべきポイントだろう。しかし、あくまで一つの選択肢になったに過ぎない。

<遠藤の後継者、誕生>

その見方は少々、楽観的すぎる。

遠藤の後継者論は、まだしばらく燻り続けるだろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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