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不倫告発は「女性からの復讐」という視点から『週刊文春』渡部建スキャンダルを検証する

篠田博之月刊『創』編集長
『週刊文春』6月18日号の不倫報道(筆者撮影)

 6月11日発売の『週刊文春』6月18日号「佐々木希、逆上 渡部建『テイクアウト不倫』」が大きな波紋を広げている。お笑いコンビ「アンジャッシュ」の渡部建さんが佐々木希さんという妻と子どもがいながら、複数の女性と不倫をしていたという内容だ。

 不倫相手の女性が匿名で取材に応じて内情を語っているのだが、六本木ヒルズの多目的トイレで関係を持ち、帰り際に渡部さんがいつも1万円札を渡してくれたといった生々しい話が読者の興味を煽っている。

発売2日前から大騒動になった事情

 木曜発売の『週刊文春』のスクープは、通常、水曜夕方の文春オンラインで速報され、騒動になることが多い。だが今回は6月9日火曜から騒動が広がり、水曜朝にはスポーツ紙やワイドショーが一斉に報じることになった。9日に事務所が事実を認め、番組出演自粛をテレビ局に申し入れたからだ。レギュラー番組を何本も抱える人気タレントだけに、テレビ局は大騒動になったに違いない。

6月10日のスポーツ紙が一斉に報道(筆者撮影)
6月10日のスポーツ紙が一斉に報道(筆者撮影)

 6月13日土曜日のTBS系「王様のブランチ」では、渡部さん不在の番組冒頭で説明がなされ、一緒に司会を務めていた佐藤栞里さんが涙ぐんだ。番組を引っ張っていた相方が突然不在となって、不安に駆られたのだろう。

 実は『週刊文春』が渡部さんに直撃を行ったのは前週6日の「王様のブランチ」終了直後だった。車で帰路についた渡部さんを満を持して同誌記者やカメラマンが直撃した。最初は言を左右にしてごまかそうとしたものの、不倫相手女性が取材に応じていると聞いて、渡部さんも観念したのだろう。同誌校了の9日火曜に、事務所は不倫を認め謝罪した回答を同誌に送ると同時にテレビ局に事情を伝えた。

 同誌の直撃を受けた渡部さんは6日、帰宅後に妻に事情を打ち明けたらしい。記事によると、不倫相手の女性に同日深夜、渡部から電話があり、途中から妻に替わった。そして妻は、結婚した2017年以後もその女性の以前からの夫との関係が続いていたか女性に問いただしたという。

傷ついたはずの妻が謝罪するという倒錯の背景

 騒動が何日も続いているのは、ことが夫婦の私的な問題にとどまらず、渡部さんが多くの番組を降板したことで、テレビ界を巻き込む事件になってしまったからだ。12日には妻がインスタグラムで「主人の無自覚な行動により多くの方々を不快な気持ちにさせてしまい、大変申し訳ございません」と謝罪した。

 一番傷ついた被害者である妻が夫に代わって世間に謝罪するというのは、考えてみればおかしいのだが、これは象徴的でもある。つまり本来は夫婦間、あるいは家族の問題であるはずのことが、番組やCM降板という局面に至ることで独り歩きし、社会的事件になってしまう。番組関係者やテレビ局などに大変な迷惑がかかるし、渡部さんのタレント生命にも関わる事態に至って、妻も女優だからなおさら、まずそちらの方を何とかしなければいけないというふうに考えたのだろう。本来夫婦間のプライベートな問題であったはずなのに、当事者の手に負えないような大騒動になってしまう。番組降板といった話になるので、一般紙までもが報じる社会的事件になってしまうのだ。

不倫騒動が頻発する社会的背景

 この何年かの週刊誌による不倫報道が次々と大きな騒動になっていくのには、幾つかの社会的背景がある。ひとつは#Me Too運動に見られる女性をめぐる社会意識の変化だ。不倫報道は基本的には女性側からの思いに基づく社会的制裁だ。昔なら不倫に対して女性が忍従を強いられた時代があったが、今は辛い思いをした女性に共感が寄せられる。今回も渡部さんの妻・佐々木希さんには多くの同情が寄せられている。

 そうした社会意識の変化を背景に、関係者から具体的な情報が提供されるようになったという事情も見逃せない。今回の報道では、取材に応じて内情を週刊誌に話した女性にネットで攻撃がなされているというが、記事を読んでみればわかるように、彼女は渡部さんが妻と結婚する前から関係を続けていたのに、自分が性欲の対象としてしか扱われていないことに不満を持っていた。

 情報提供の動機はそのように書かれているのだが、六本木ヒルズの多目的トイレが関係を持つ場所に使われていたとか、描写がエグすぎて読者が彼女に共鳴できなかった。書き方によっては違った印象になっていたように思うので、今回の記事の書き方は情報源への配慮という点では今一だったかもしれない。そのへんは書き手の筆先ひとつで印象が変わるものだ。

 そもそも不倫報道の情報源は、多くの場合、辛い思いをした妻か、自分は性欲の対象でしかないのではと疑問を持った不倫相手の愛人か、どちらか当人またはその関係者だ。これまで記事の中に当事者でなければわからないLINEやメールの内容がそのまま公開されるケースが多かったのは、もちろん当事者が情報を提供しているからだ。記事では一応、情報源が特定されないような工夫がなされるのだが(例えば情報源にも直撃取材が行われ、「お答えできません」と拒否したシーンが描かれるとか)、報道の持つ意味や構造を考えれば情報源は限られている。その意味では、不倫報道とは構造的に復讐あるいは社会的制裁であるケースが多い。

 問題のひとつは、その社会的制裁が、番組やCM降板というテレビ局などの安易な風潮によって、大きな社会的騒動になってしまうことだ。とにかくタレントに何か不祥事があるとすぐに番組降板や放送中止といった事態が定番になりつつある。これが騒動を限りなく拡大してしまう要因だ。だから本当なら夫婦や家族の問題だから当事者が話しあい、解決すべきなのだが、今回、佐々木希さんが謝罪したように、迷惑をかけたテレビ局や世間に、妻が謝るといった倒錯した現象も起こる。

プライバシーが暴かれることへの感覚の麻痺

 さらに大きな問題は、不倫騒動が世の中的には、もっぱら読者の好奇の対象として消費されるものでしかないことだ。妻への同情という側面はあるものの、多くの人にとっては、有名人の男女をめぐるスキャンダルは、他人の不幸を覗き見るという一時的な消費の対象でしかない。しかも騒動が繰り返されると読む方の感覚も麻痺してきて、個人のプライバシーが暴かれることへの疑問も感じなくなる。個人のLINEやメールがある日、週刊誌の誌面で公開されているといったことは自分に置き換えてみればぞっとするようなことなのだが、そういう想像力も働かなくなってしまう。

 この空気は、かつて1984~85年頃、写真週刊誌が乱立し、タレントの不倫・密会が次々と暴かれた時代に似ている。だが当初は、そうした騒動を面白がって読みふけっていた読者が、自分もプライバシーを侵害される側に回った時の恐怖に想像力を働かせるようになって、市場が一気に縮小し、むしろメディアへの警戒心や不信感を募らせることになった。 

 幸い、『週刊文春』はスキャンダルやプライバシー報道を行う際にも、常に自戒の念を持っているようだし、同時に権力スキャンダルを暴くことも怠っていない。実際、渡部さんの不倫スキャンダルを暴いた同じ号に、政府や政治家を追及する記事もかなり力を入れて掲載している。

 そのあたりが『週刊文春』の支持につながっているのだろうが、不倫騒動の波紋の大きさを見ていると、大丈夫なのかと思わざるを得ない側面もあることは確かだ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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