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メジャーリーガ-から愛された日本人トレーナーが語る「日本とアメリカの違い」

杉浦大介スポーツライター
メッツ時代の西尾さんと選手たち Photo By Gemini Keez

 メジャーリーグの多くのスーパースターたちに治療を施し、重宝されてきた日本人マッサージ・セラピストが引退を決意した。オークランド・アスレチックス、コロラド・ロッキーズ、ニューヨーク・メッツ、アトランタ・ブレーブスのトレーナースタッフの一員として勤務してきた西尾嘉洋さんだ。

 バリー・ボンズ、マーク・マグワイア、トニー・グウィン、トッド・ヘルトン、リッキー・ヘンダーソン、マリアーノ・リベラ、ブライス・ハーパー・・・・・・。西尾さんのマッサージを愛してきたビッグネームは枚挙にいとまがない。そして、1990年代から西尾さんが切り開いてきた道を通り、今では多くの日本人トレーナーがアメリカで活動するようになった。

 野茂英雄が近代の日本人メジャーリーガーの先駆者なら、西尾さんは日本人マッサージ・セラピストのパイオニア。今回、西尾さんに長いキャリアの中で印象に残った選手たちに関してじっくりと語ってもらった。

 インタビュー前編:メジャーリーグで道なき道を切り開いた日本人トレーナー西尾嘉洋さん「引退」語る

最高の筋肉を持つデグロム

——メジャーリーグで多くのスーパースターたちと交流を持たれてきましたが、中でも最も印象に残る選手を挙げるとすると誰でしょう?

YN:まずはリバン・ヘルナンデスですね。彼がサンフランシスコ・ジャイアンツのエースだった頃、イクイップメント・マネージャーに「マッサージは誰にしてもらうのが一番好きなんだ?」と聞かれているのが耳に入ったことがあるんです。彼は「俺はLAのジャパニーズのマッサージが好きなんだ」なんて答えていて、あれは嬉しかったですね。実際にその後も行く球団、行く球団で僕を使ってくれて、すごいお世話になりました。彼はのちにフロリダ・マーリンズでプレーしていた時にワールドシリーズでMVPになるんですが、そんな選手からそれだけ大事にしてもらえたのは幸せなことでした。

——他にもそういう選手は数多くいそうですね。

YN:たくさんい過ぎて、選ぶのは難しいですね。メッツではデビッド・ライト、2年連続でサイ・ヤング賞を奪ったジェイコブ・デグロム。あとはスティーブン・マッツもいまだにメッセージをくれるし、シューズを買ってプレゼントしてくれたり、いい男でしたね。他のチームではロッキーズのトッド・ヘルトン、アスレチックスのエリック・チャベスにもかなりよくしてもらいました。思い返すと、本当にたくさん出てきます。

——メッツ時代、西尾さんの在籍時に一気にエース級まで成長した投手というとデグロムが思い浮かびますが、やはり特別な1人だったんですね。

YN:デグロムはこれぞピッチャーという筋肉をしています。余分な肉がついておらず、筋肉そのものの柔らかさ、粘りなんかも最高でしたね。身体のバランスも良かったし、すべてを兼ね備えています。今年はトレバー・バウアーに持っていかれて3年連続サイ・ヤング賞はならなかったですが、すごいピッチャーになりましたね。

今やメジャー最高の投手となったデグロム(右)。2015年、メッツがワールドシリーズに進んだ際にもエース格だった。 写真提供:西尾嘉洋
今やメジャー最高の投手となったデグロム(右)。2015年、メッツがワールドシリーズに進んだ際にもエース格だった。 写真提供:西尾嘉洋

ビルドアップがマイナスに働く選手も多い?

——“ミスター・メッツ”と呼べる存在のデビッド・ライトはケガが多かったですが、やはり特に思い出深い選手でしょうか?

YN:松井稼頭央選手のメジャーでの1年目だった2004年に、僕も1年だけメッツに呼ばれたんです。メッツは松井選手に高額投資したわけですが、キャンプから調子が上がってこなかった。そこで当時のアート・ハウ監督が「日本人はよくマッサージを受ける」と誰かから聞いたようで、僕を推薦してくれたんです。ライトはその年にメッツでメジャーデビューした選手とあって、そういった経緯からやはり思い入れはあります。ライトは最近発売した自伝にも僕のことを書いてくれたんですよ。良い選手でしたが、腰、首を痛めてしまったのが残念でした。身体を大きくし過ぎた時期があって、それが原因でケガが増えてしまいましたね。

——メッツの主砲といえばヨエネス・セスペデスもマッサージが好きで、「マッサージテーブルから代打に出ていってホームランを打って帰ってきた」なんて話もされていましたね(笑)

YN:その日、セスペデスは休養する予定だったんですよ。それでゲーム中に背中を治療したいと言って僕のところに来て、マッサージを受けていました。ところがアシスタント打撃コーチが呼びに来て、「代打で出てくれ」と。セスペデスは「今日は出ない日のはずだったのに」なんて言いながら、すぐに着替え、一振りだけしてホームラン。こいつはすごいなと思って見ていたものです。ただ、セスペデスもまた身体が大きくなり過ぎてケガが増えてしまった選手の1人です。

——ライト、セスペデス以外にも、ビルドアップが災いした選手は多いんでしょうか?

YN:台頭期はカブスでプレーしたケリー・ウッドもそうでした。ウッドも僕がよくマッサージをした投手なんですが、マイナーから上がってきたばかりの頃の活躍は鮮烈でしたね。1試合で20奪三振を記録して、すごいピッチャーが出てきたと思ったものです。ただ、彼も身体を大きくし過ぎたことが良い方向には働かず、その後、スリムに戻したんですが、それでも元には戻れませんでした。

——身体作りの加減も難しいですね。

YN:これは日米を通じてですが、昔より今の選手の方がよくトレーニングをするように思います。練習方法の進歩もあって、身体もはっきりと大きくなりましたよね。ただ、それが良いことなのかどうかはわからないです。身体が大きくなればより速い打球、遠くまで飛ぶ打球に繋がるんでしょうし、レベルは上がっているのかもしれません。ただ、これまで話して来た通り、そうやって身体を大きくすればケガにも繋がりかねない。おかげでバットを振った時に腰を痛めてしまうような選手もたくさん見てきました。

メジャーの層の厚さ、厳しさ

——バリー・ボンズのマッサージもよくされていたというお話でしたが、ボンズとの交流はいかがでした?

YN:ボンズは僕のマッサージをよく受けに来てはくれたんですが、あまり親しくは接しなかったです。ちょうどシーズン本塁打の新記録を作った時期だったので、周囲は大騒ぎで彼はかなり神経質になっていた感じでした。他の選手もぴりぴりしていましたし、ボンズはシーズン最後の方は僕のマッサージテーブルにもだんだん来なくなりましたね。

シティフィールドのダッグアウト前で筆者(左)と話す西尾さん。 Photo By Gemini Keez
シティフィールドのダッグアウト前で筆者(左)と話す西尾さん。 Photo By Gemini Keez

——名前を出すのは難しいかもしれませんが、身体を触ってみたら素晴らしいのに、何らかの理由で芽が出なくてもったいないと思った選手はいましたか?

YN:それはもちろんたくさんいましたよ。素材は良くても、知性が欠けている選手、マナーの悪い選手はやはり伸びないです。マイナーから上がってきて、「これはすごいのが出てきたな」と思っても、そういう選手はすぐに落ちていきます。普段の素行を見て「メジャー滞在は短いな」と思ったら、案の定、またマイナーに落ちていくといった例はたくさん見てきました。

——才能だけでは生き残れない。メジャーリーグの層の厚さを感じさせるお話です。

YN:日本は底上げですが、アメリカの野球は振るい落としです。アメリカでは「調子が悪い」とか「どこか痛い」とか言っていたら、すぐに代わりの選手が出てきてポジションを奪われてしまいます。アメリカではルーキー、1A、2A、3Aと上がってようやくメジャーに辿り着きますが、日本はまだそこまで層が厚くないように思います。そのあたりの違いは大きいですよね。

——他にもマリアーノ・リベラ、ブライス・ハーパー、ジョーイ・ボットーとか様々な選手との交流のお話がありました。多くの経験が財産ですね。

YN:ボットーもキャンプ中には僕のマッサージが受けたいと家まで呼んでくれて、サイン入りのバットもプレゼントしてくれました。メモラビリアと呼べるようなバットは今ではたくさん持っていますよ。今度、日本に引越しするんですけど、そういったバットは選手からプレゼントされたものなのに、価値があるものだからという理由で、日本入国の際には税金がかかると言われて驚いています(笑)

——こうして1つのキャリアを終え、今後はどうされるつもりですか?

YN:名古屋で治療業務をやっていきたいと思っています。オフィスはもう確保してあります。だいたい3月中旬くらいに日本に帰り、4月にオープン予定。これまでの経験をいかし、アスリートのスポーツ障害に限らず、内科疾患、針まで含めて、これからも様々なことにチャレンジしていきたいですね。

現在、中日でコーチを務めるアロンゾ・パウエルと西尾さん 写真提供:西尾嘉洋
現在、中日でコーチを務めるアロンゾ・パウエルと西尾さん 写真提供:西尾嘉洋

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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