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トランプ政権誕生へ~戦後日本「対米自立」「自主防衛」の新時代に~

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
次期大統領就任が確実となったトランプ(写真:ロイター/アフロ)

・トランプ政権誕生は「対米自立」「自主防衛」を実現する大きな日本のチャンス

大番狂わせである。トランプ政権が誕生することが決定した。もっとも混乱・狼狽しているのは何より、日本の政権与党および親米保守であろう。私は共和党予備選挙の終盤でトランプが指名を確実にした今年春ごろから、「逆張りトランプ論」を展開してきた。参考記事(日本でじわり広がる”トランプ大統領”待望論―対米自立か隷属か―2016年3月27日)、(ヒラリーorトランプ、どちらが大統領でも日本はイバラの道 2016年11月7日)。

私の提示してきた「逆張りトランプ論」とは、簡単にいうと以下のとおりである。

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つまり、到底トランプ氏には大統領としての資質はない。ヘイト的言説も許容できない。しかし「対米自立」「自主防衛」という、ある種の保守非主流派たる「反米保守」の立場から、短期的にはトランプ政権誕生で混乱するも、長期的にはアメリカからの自立を促すトランプ政権の方が、日本や日本人にとって良薬である、ということだ。この理論はほうぼう、私が自著『草食系のための対米自立論』をはじめ、繰り返しテレビやラジオ媒体等でも開陳してきたものである。

ところが、それはあくまで「もしトランプ政権が誕生したら」という、可能性の乏しい机上の空論を基にした「思考実験」の類であって、実際にトランプ政権が誕生するという可能性については、十中八九ないであろう、という立場をとっていた。この理由は、内外の大方の政治予想と同じである。

日本のリベラルは(いやアメリカ国内や他の先進国のそれも)、トランプのヘイト的な言説ばかりを取り上げて禁忌し、白人労働階級の怒りを軽視していた。結局は、知性が勝利すると思い込んでいた。それはインテリの大きな奢りであり、また大きな間違いであった。アメリカの白人層、とくにラスト・ベルト(五大湖の周辺とその南東部一帯の旧製造業地帯=ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシン、オハイオなど=で、民主党の強力な地盤だったが、今回軒並みトランプが勝利した)に住む人々、そしてその中でもさらに片田舎(デトロイトやクリーブランドのさらに奥のほう)は私たちが想像するより、もっとずっと病んでいたのである。

言い訳するわけではないが日本人にラスト・ベルトの実態がわかるはずがない。日本の観光客やビジネスマンが行くのは、せいぜい西海岸と東海岸、そしてディズニーのあるフロリダとハワイとグアム・サイパンくらいのものだ。そして、前提として日本の製造業はラスト・ベルトほど崩壊していない(むしろ、会社によっては結構調子が良い)。

他方、日本の親米保守(主流派)は、トランプ政権が誕生して日米同盟が棄損されること「のみ」を恐れ、「ヒラリー幻想」ともいうべき願望(通常、日本の親米保守は親共和党だが、今回ばかりはトランプよりもましという理由でヒラリー支持に回った>詳細は拙記事参考のこと)に縋りついたのである。この「ヒラリー幻想」については、米大統領選挙直前でも、一部の保守派から提示されてたが、大きな流れにはならなかった。

・「防衛予算増」「自主防衛」を見越し、すでに高騰する防衛関係銘柄

日経平均は、今次選挙の愁眉のところであったフロリダ州(選挙人29名)をヒラリーが失陥するのが濃厚となったところから急落し、一時1000円(11月9日)近くも落とした。これは当然トランプ政権誕生による強烈な保護主義による日本輸出産業の打撃、トランプ政権誕生による先の見えない不安定要素を織り込んだものとして、多少恐慌の感はあるものの、道理である。

しかしと同時に賢明な投資家は、すでに鋭敏にトランプ政権誕生を念頭に入れ、トランプ政権による日米同盟空文化による在日米軍のさらなる縮小や撤退の方針に備え、防衛に関係する銘柄を買いあさっている。つまり日本が強制的に自主防衛せざるを得ないことを直感的に感じ取っているのだ。

この大荒れの相場の中でも、東京計器 (7721)、石川製作所 (6208)、豊和工業 (6203)のみは、値上がり銘柄のTOPに躍り出ている。いずれも防衛・軍事関係産業で、トランプ政権誕生による日米同盟弱体化により、是が非でも日本が防衛予算を増やさざるを得ない近未来を織り込んでいるとみて間違いなかろう。

・戦後日本の終わり トランプにより強制的に「戦後レジーム」終了

戦後日本は、吉田ドクトリンを忠実に守ってきた。それは「親米」・「軽武装」・「経済重視」の三点セットである。むろん、自民党の中の派閥によりこの度合いに幅はあるが、基本的には現在の安倍政権も、この流れから大きく逸脱することはなかった。しかし、公然と「日本から米軍を撤退する」等と宣言してはばからないトランプが大統領になると、この吉田ドクトリンの前提たる「親米」の部分が、向こう側から拒否されているのだから成立しなくなる。

そして「アメリカとの蜜月」を前提としたアメリカからの庇護ありきの「軽武装」路線も当然成立しなくなる。「憲法を改正して吉田ドクトリンを破棄する」ことがある種の「戦後レジームからの脱却」なのだと保守派・改憲派はこれまで叫んできた。

すると、「戦後レジームからの脱却」とは、日本側の努力ではなく、唐突に、トランプによって成就することになる。こうなるともっとも狼狽するのは、ヒラリー政権誕生によって「日米蜜月」が、まがいなりにも続くと考えてきた政権与党や、親米保守(保守主流)である。彼らは今、衝撃を通り越して恐慌しているだろう。

トランプ政権誕生によって、戦後日本がひっくりかえる。いやもうひっくりかえってしまった。アメリカの同盟国、つまり韓国やオーストラリアも同様であろうが、とりわけアメリカに庇護を求める傾向にあった日本ほど、トランプ政権誕生による衝撃の度合いは大きい国はないであろう。

・進む憲法改正気運

しかし、トランプ政権誕生による「アメリカの庇護の終わり」は、元来保守派が夢想してきた対米自立、自主独立、憲法改正の機運を、たちまち高めることになるのは自明である。これは日本にとって大きなチャンスと捉えることができる。「日本はアメリカの属国だ」などと様々な方向から揶揄され、自嘲気味に日本人はそう自らを呼称してきた。そして戦後70年以上、この国の保守派・右派は、常に日本側からの努力によって「その属国の鎖」を断ち切ることを夢想していた。

が、その「属国の鎖」は、日本側からの努力ではなく、アメリカ側からの唐突の終焉によって断ち切られるだろう。「とりあえず日米同盟を強化し、漸次的にわが方の自主的防衛力を高めていく」などと悠長なことを、親米保守の多くは思っていた。だが、そんな夢想はもう通用しない。

日本は、対中(対北朝鮮)抑止力を自前で(どの程度を自前で用意するのかは不明だが)早急に準備し、政治も外交もアメリカに頼ったり、アメリカの庇護を求めることなく、自分の意志で決めることを強いられる時代に突入するのだ。繰り返すように、これは困難な道だが、しかし長期的には日本や日本人にとって乗り越えるべき試練なのである。

当然、トランプ政権が誕生しても、現実的には議会や共和党穏健派との協力は不可欠なので、これまでの言動が軟化する可能性は十分にある。だが、明らかに大きな方向として、トランプ政権下、アメリカは日本への関与を減らすだろう。「中国が攻めてきたから助けてほしい?知ったことじゃない。自分の国は自分で守れよ」と、トランプならそう一蹴してはばからないだろう。

もう北朝鮮のミサイル発射にも、中国の海洋進出にも、あらゆる外交課題について日本はアメリカに頼ることはできない、と考えて臨むよりほかない。日本の後ろにもうアメリカは無いのだと覚悟するよりない。もう与野党で馬鹿な議論、誹謗合戦をしている暇はない。日米同盟を経済的な損得で考えることも難しくなった。挙国一致でアメリカを頼らない「自主防衛」の構築を、たとえ防衛費の負担が多かろうと、急がなければならない。

しかしこれは、当たり前のことなのだ。自分の国のことを他国に憚らず自分で決め、自分で守るのは、トランプ(大統領)に言われることなく、自明の理屈なのである。

アメリカに頼って、アメリカに守られながら生きる日本の時代、つまり「戦後」は、2016年11月9日のきょう、終わったのである。

追記:トランプ大統領当選が確定したので冒頭表現を一部変更しました(9日19:15)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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