なぜスーパーリーグ創設で、バスケットがモデルなのか。アメリカ流と欧州流の対決
欧州サッカーの「スーパーリーグ」の創設の発表から数日。暗雲たちこめどころか、早くもつぶされそうだ。
今まで欧州サッカーのチャンピオンズリーグは、「欧州流」だった。それが、強豪チームだけが抜けて、「アメリカ流」のリーグをつくろうとしている。これが問題の発端だ。
目下、スーパーリーグ創設の波紋で、欧州で盛んに引き合いに出されているのが、バスケットボールである。
なぜサッカーの話で、バスケットが語られるのかというと、創設しようとしている欧州スーパーリーグの形式が、アメリカのバスケットボールのリーグ「NBA(National Basketball Association)」の形をモデルにしていると言われるからだ(※正確にはカナダのチームが一つ入っている)。
これはどういう意味なのだろうか。
閉じられた方式と、開かれた方式
多くの日本人は「NBAの方式」と言われてもピンと来ないのではないか。「大リーグの方式」を思い浮かべれば、基本は同じである。大リーグを真似して誕生した日本のプロ野球も大体同じだ。
どちらもアメリカ式のやり方である。ちなみに、アメフトも同じである。
アメリカのNBAは(大リーグとアメフトも同様で)、閉じられた方式だ。チームの数は変わることがない。NBAならチームは全部で30ある。これが半分ずつ「東カンファレンス」「西カンファレンス」に分かれている。この中で通常のシーズンは戦う。その後チャンピオンを目指して、プレイオフが行われる。
一方の欧州サッカー連盟(UEFA)が行うのは、開かれた方式だ。この連盟は、55の加盟国(地域)の連盟から成り立っている組織である。「欧州クラブ協会」には234ものサッカークラブが登録されている。この数は今後も増え続けるだろう。NBAの定数30と、なんという数の違いだろうか。
欧州サッカーでは、この膨大な数のクラブを統括して、チャンピオンを決めていくのだ。
まずは各国のリーグ戦が行われ、上位に入ることで「欧州チャンピオンズ・リーグ(CL)」という大会への出場枠を獲得する。現在は32のクラブが進める。開催期間は、毎年9月から翌年の5月までである。長い。
新しいスーパーリーグでは、合計20チームだけに絞る。10チームを2つに分けて試合を行っていくという、閉じられた方式である。
アメリカ流のシステムは、私営(民間)のリーグであり、プロスポーツのモデルである。
「プロ」の組織だから、数を始めとして、枠に従った統制があるが、その枠の中では大きな自由が保障される。
しかし、欧州流はむしろ「アマ」に近い組織だから、来るものを拒むことも、一部をひいきにすることもできず、平等が何より保障されなくてはならない。
プロスポーツとして収益を上げる
さて、アメリカ流にすると、どういう利点があるのだろうか。
一番の利点は、純粋に「プロ」だから、資金の調達や収益を上げるのが、より簡単なことである。
現在の欧州サッカーでは、強豪クラブは「格下」のクラブとの試合が大変多い。それよりも、今は回数が非常に少ないビッグクラブ同士の対戦を毎週行うほうが、試合の経済的価値を高めることができる。
チケット販売から、パートナーやスポンサーへの高額な請求書まで、収益確保がより簡単になる。
また、前回の原稿で書いたように、資金はクラブに直接入ってきやすい。アメリカの投資銀行であるJPモルガンは、欧州サッカーのスーパーリーグに35億ユーロ(約4550億円)という巨額の資金を、最初に提供することを発表した。この資金も、20の参加クラブに直接入ってくると言われている。
現行の欧州モデルでは、例えばチャンピオンシップの放映権は、まず欧州サッカー連盟に支払われ、そこから各国(地域)のサッカー連盟に払われる。
さらに、選手にとっても利益がある。最高の選手と毎週競い合い、はるかに高い給料を要求することができる。例えば、NBAの大スター、ヤニス・アデトクンボ選手(ギリシャ出身)は、5年で2億2800万ドルで契約した。
毎年収益を確保すること、そして可能であればできるだけ早く収益を上げること、これはビッグクラブにとって、特に10億ユーロ(約1300億円)もの大きな負債を抱えるバルサのようなチームにとっては、サッカービジネスの目標なのだという。
他にも理由がある。毎年、ビッグクラブが欧州の舞台で存在感を示そうとするが、例えば最近のアーセナルのように、欠場が出ることがある。その結果、クラブは莫大な収益を失い、マーケットに不可欠な財務の安定性から遠くなってしまうのだ。
アメリカ式への批判。プロとアマ精神のような対立?
アメリカでは、バスケットボールでもアメフトでも野球でも、優秀な選手は皆、私営(民間)リーグに行って活躍している。
これは純粋なプロ化であり、これこそが長期的には欧州サッカーの目標だと考えている人たちが欧州のスポーツ関係者にも大勢いるという。
ただこの方式は、欧州社会では、一般的にあまり評判がよくない。「エリートが集まって金儲け」と悪口を言われるのだ。いかにも資本主義的で、社会主義的傾向が強い欧州大陸になじまないのかもしれない。
言葉にも、この傾向は表れている。
NBAのチームは「フランチャイズ」と呼ばれる。他のチームがその地域で契約してはいけないシステムからこう呼ばれる。この言葉は、いかにも契約っぽい感じがする。一方で欧州サッカーのチームは「クラブ」と呼ばれる。「クラブ」とは、市民のものという要素が色濃く出ている言葉である。
どちらも地元密着システムを形作るものだが、かなりニュアンスは違う。欧米の違いが出ていると思う。
また「実力主義ではない」という批判もある。
「スーパーリーグの創設は、ヨーロッパでは何十年も前から確立されている、スポーツの実力に基づいた(全員参加で、下から勝ち抜いてくる)ピラミッド型のチャンピオンシップに反対する、犯罪のようなものである・・・」という評があることを、フランスの最大部数を誇る地方紙「ウエスト・フランス」は報じている。
確かに、NBAの選手の中には、プロ契約で自由になれず、国際バスケットボール連盟が主催するワールドカップに出場できないケースは珍しくない。
ただ、こういったピラミッド型のチャンピオンシップになると、誤解を恐れずに言えば、まるでオリンピックか高校野球のように、アマチュア精神に近づいてしまうのである。
「欧州のサッカーは全力投球している。情熱だ。アメリカのプロリーグはエンターテインメントだ」というよく言われるセリフを聞くと、ますますその思いを強くする。選手は必死に頑張っているが、周りの環境はそんなにいうほど立派だろうか。
アメリカのバスケットや大リーグ、アメフトと比較して、欧州の人たちが「彼らのように財政的安定がほしい」「格下のチームとではなくて、同レベルで競いたい」「もっと裾野の広い観客が、準決勝からではなく、通常からもっと多くの試合に注目して欲しい」「もっと彼らのようにプロらしく経営したい、働きたい、稼ぎたい」と考えるのは、自然なことではないだろうか。
大リーグ(やNBA)を真似た方式であるプロ野球をもつ日本人には、「こういうアメリカ式のやり方こそがプロだ」という言い分は、理解しやすいのではないか。日本人には、プロリーグと、オリンピックやワールドカップとの違いは、すんなりわかるに違いない。でもヨーロッパ人にはわかりにくいのだろう。
前掲の新聞はさらに「数年前からサッカーに関わっている欧州以外の多くの外国人投資家は、必ずしもヨーロッパ的でロマンチックなビジョンを持っているわけではないということを、忘れてはならない」とも報じている。
プロの集団に、ワールドカップやオリンピックのようなものを期待するのを「ロマンチック」と形容しているのだ。
コロナ禍で一層アメリカ式が羨ましくなる
今年度はコロナ禍で、欧州チャンピオンズリーグは中止になってしまった。これも欧州サッカークラブの財政を直撃した。
モデルとなっているNBAのほうでは、2020年にはコロナ禍にもかかわらず、利益を維持している。メンフィス・グリズリーズの2200万ドルから、ゴールデンステート・ウォリアーズの2億ドルまで、NBAのすべてのチームが金銭的利益を確実にしたのである。
NBAでは、チーム自体の価値も上がっている。ニューヨーク・ニックスは50億ドルという記録がある。
欧州サッカーのビッグクラブの監督は、特にテレビで魅力的な商品を売りたいと願っている。チャンピオンシップでは、NBAのほうは、2015年に9年で240億ドルの契約を結んでいる。これは、2018年に3年で60億ユーロであるサッカーのレートをはるかに上回るものだ。
金銭的な面を主に書いてきたが、レアル・マドリードやリバプールなどは、試合を面白くしたいと考えているという。チーム数が少ないと、競争が激しくなり、関心も高まる。NBAのように閉じられたリーグでは、各加盟クラブが毎年確実に存在感を示すことができるようになる(そしてチャンピオンシップでの放映権料金も上がる)。
とはいえ、NBAは規制がないわけではない。参加チームは「規制された支出の枠組み」を約束することになる。NBAでは、フランチャイズ(チーム)は一定の支出基準を超えることはできないが、最低限の支出もしなければならない決まりである。これがシステムの財務バランスに貢献しているのだという。
欧州バスケットのトラウマ?
欧州でバスケットが引き合いに出されるのは、他にも理由がある。
日本人は「大リーグと言われたほうがわかりやすいのに。欧州では野球は全く盛んではないので、バスケットがモデルになるのだろうな」と思うかもしれない。
確かにそうなのだが、もう一つ理由があるのだ。
実は、今回のサッカーにそっくりの騒動が、すでに欧州のバスケット界で起こっているのだ。
もともと1958年国際バスケット連盟(FIBA)は、3年前の1955年にサッカーが確立したモデルを真似して、欧州の主要な大会を組織した。
何十年も「欧州型」が続いたのだが、最初の激震が起こったのは2000年のことである。
強豪9チームが離反して、独自のユーロリーグを結成したのだった。そして彼ら独自の大会をスタートさせたのだ。新たなリーグを結成したのは、FCバルセロナ、レアル・マドリード、ボローニャ、AEKアテネ、オリンピアコスなどのチームだった。
しかし、旧体制に残ったチームもあった。彼らは「スープロリーグ(SuproLeague)」と名前を変えて続行した。こうして激震後の最初のシーズンでは、旧来のスープロリーグと、新しいユーロリーグが並存した。チャンピオンも2チーム登場したのだった。
ところがたった1年で、旧来のスープロリーグから多くのチームが、新しいユーロリーグに合流。こうして、旧来のスープロリーグは、2004年に解散に至った。
でも、国際バスケット連盟(FIBA)は引き下がったままではなかった。各国のバスケットボール連盟に「ユーロリーグをサポートするなら、国際トーナメントに参加させない」という脅し文句を使いながら、様々な圧力をかけてきた。この対立は、大きな分断と苦悩を各国バスケット界にもたらしてきたという。この苦悩は、今でも続いている。
次の激震は2015年末からで、両者の紛争は、新たにエスカレートした事態に突入している。ユーロリーグは2016−17シーズンから、NBAをモデルとした真のリーグとなった。IMG(テレビ)と10年間で6億3000万ユーロのジョイントベンチャーに合意して、プロとして商業運営をしていくことになったのだ。
ただ、NBAと少し違うのは、完全に閉じられているのではなく、半分閉じられた方式(semi closed)であることだ。10年間の恒久ライセンスを持つ「フランチャイズ」だけではなく、他のチームが一部参入可能なシステムにしたのだった。
実は欧州サッカーのスーパーリーグの創設も、同じところがある。第1期のスーパーリーグでは、15の創設クラブがあり、そこに毎年5つの成績の良いクラブが、決まりに応じて出場できるシステムになるという。
両者とも、おそらく欧州の土壌に、部分的に適応させたのだろう。
フランスバスケットボール連盟(FFBB)会長のジャン=ピエール・シウタはメディアに語った。
どの政治が決定するのか
一国のバスケット連盟のトップが「EUが欧州モデルを決めてほしい」と語ったことは、とても新鮮な驚きだった。
実際に、EUの欧州委員会の副委員長の一人マルガリティス・シナスが、以下のようにツイートしているのだ。
この人物は文化と教育など「欧州流ライフ」担当だが、どこまでEUが介入できるかは、まったくの未知数に思える。前述の「EUの欧州委員会が欧州のモデルを決定していない限り・・・」という発言は、本気なのか、皮肉なのか、悲鳴なのか、判別がつきかねる。
実際には、未知数のEUに頼らずとも、あらゆる方面からの批判が殺到した。
欧州バスケットの諍いの歴史で、「ワールドカップに出場させない」という脅しは、大変効くことが証明されている。バスケットのように手遅れ(?)にならないうちに、今回のスーパーリーグ創設では、早々にこの脅しを使ったようである。
ところで、今回の動きはイギリスの欧州連合(EU)離脱と、大いに関係があるのではないかと最初から疑わしかった。
欧州は今まで、組織としてはEUを中心に「一枚岩」だった。アメリカに擦りよろうとするジョンソン政権下で、EU離脱・ブレグジットが実現した。そこにイギリスを通してアメリカ資本が介入する余地が増し、さらにコロナ禍が起こったために、一気にスーパーリーグ創設へと事態が動いたのではないかと感じた。
だからここ数日の動きや反応で、筆者が一番驚いたのは、ジョンソン英首相がスーパーリーグの創設に反対を明言したことだった。「えっ、あのジョンソン首相が、アメリカ資本側ではなくて欧州側についてる・・・!!」と。
ジョンソン首相は散々、民間の仕事とはかけ離れた、EUの膨大なお役所仕事をけなしてきた(一理ある)。だから、スーパーリーグに参加したクラブ、特にイングランドのクラブは、EUと同じように肥大化する(?)役所であるかのような欧州サッカー連盟に反旗をひるがえすスーパーリーグを、ジョンソン首相は支持すると思っていたのではないか。
結局、イングランドの6チームは、全部撤退した。これはジョンソン政権の断固たる反対の姿勢を受けてのものに違いない。これで勝負は決まったように見える。
ジョンソン首相を味方につけることができていたら、形勢は大きく異なっていたかもしれない。しかし、首相にとってスーパーリーグの味方をしても、政治的に得なことはほとんど何もなかったのだろう。市民たちはスーパーリーグの創設に反対していたのだから。
長くなったが、最後に筆者の感想を付け加えたい。
今の欧州サッカーのやり方は、基本は国別に出場枠を争っている。しかしスーパーリーグの創設は、欧州がまるでアメリカのような1カ国であるかのように、国境を無視して「閉じたリーグ」をつくろうとしている。これは欧州の深化が進んでいる証なのではないだろうか。
欧州が世界に向けて開いているベクトルと、欧州が一つの国のように固まって閉じていくベクトル、二つの対立という側面もあるのではないかと感じた。
それと、不思議なことに、欧州のサッカーとバスケットで、独立して新しいリーグを創ろうとしたのは、いつもイギリス、スペイン、イタリアのチームであった。逆に、最初からのってこないのはドイツとフランスだ。
なぜかという考察は大変面白いと思うのだが、長くなったので、別の機会に譲りたい。