<ガンバ大阪・定期便45>DFラインで体を張り続けた、二人の漢。昌子源と三浦弦太。
■昌子源が流した、初めての涙。
どんな時も、強気に仲間を、自分を叱咤してきた昌子源のこぼした涙が、J1残留争いのプレッシャーを物語っていた。
「決して喜ばしい結果ではないですが、残留争いという状況下でこの最終節を迎えていた中で、他力にはなりましたけど、残留を決められて嬉しい。自分たちを信じて、応援してくれているサポーターの皆さんを信じて戦い抜けたからこその結果だと思っています。勝って残留を自力で決めたかったですけど、最後、僕らの努力が、自分たちを信じたことが運になって回ってきてくれたのかなと思います。優勝を逃して泣いたことはあるけど、こんな涙は…経験しないに越したことはないけど…初めて。サッカー選手としてまた1つ強くなれた気がします(昌子)」
J1リーグ最終節、鹿島アントラーズ戦。この日を迎えるまで、昌子は過去に経験したことのないような時間を過ごしたという。メディアはもちろん、チームメイトの前でも「自分たちを信じて戦うだけ」だと強気な姿勢を崩さなかったが、クラブハウスを離れると、何度もネガティブな感情に襲われた。
「負けたらどうしよう、このクラブを落としてしまったらどうしよう、と。普段なら想像すらしないようなことが頭に浮かんで苦しかった。妻に『珍しいね』と驚かれるくらい、『なんか、俺、緊張してるかも』と漏らしたこともあったし、どこかいつもピリピリしていました。前節・ジュビロ磐田戦での勝利で降格圏から浮上し、最終節で負けさえしなければ自動降格はないという状況だったものの、そのことが苦しい気持ちを軽くしてくれたのは、ほんの5%くらいで、95%はずっと体というよりメンタルが極限にきていた気がします。そんな不安は何度も『降格したとしてもガンバというチームがなくなるわけじゃない』『サッカーを取り上げられるわけじゃない』という考えで打ち消してきたけど、試合が近づくほど、ガンバを絶対に(J1に)残さなアカン、という思いがプレッシャーになって苦しんだところもありました(昌子)」
その都度、思い出したのは磐田戦の試合後、サポーターから投げかけられた『言葉』だ。声出し応援の適用試合だったこともあり、試合後にはゴール裏から届いたたくさんの『声』に勇気をもらった。
「試合後、ガンバクラップを終えた後も『鹿島、行くから!』『俺らも一緒に戦うぞ!』『頼むぞ!』と声が枯れるくらい叫んでくれていたサポーターもいて、その姿を見て心から彼らと残留を喜びたいと思ったし、マツさん(松田浩監督)も言っていたように、彼らと喜びをシェアしたい一心でした(昌子)」
最終節の相手が、古巣との対戦だったことも、特別な感情を生んでいたのかもしれない。昌子にとっての鹿島は今も「自分をプロにしてくれた特別なクラブ」。その古巣と、カシマスタジアムで初めて声出し応援の中で戦うことも、いろんな感情を呼び起こしていたのは想像に難くない。それでも、スタジアムに足を踏み入れた瞬間から、気持ちは勝利だけに注がれた。
「今日はとにかく勝つことだけ。アップの時は久しぶりにカシマスタジアムでサポーターの声を聞いて、懐かしいな〜と思いながらも、何がなんでも勝たなアカンと思っていた。相手には昔からよく知る優磨(鈴木)もいて、あいつだけには絶対に点を入れさせたくなかった(昌子)」
その決意通り、今節もゴール前で鉄壁を築いた。昌子が唯一、具体名を挙げた相手のエース、鈴木に打たれたシュートは前半の1本のみ。守備に追われた後半、60分すぎに右サイドから送り込まれたクロスボールを鈴木が胸トラップしたシーンに触れ「あれだけ、ちょっとヒヤッとした」と振り返ったが、それも感じさせないくらい終始、落ち着き払った守備が印象に残った。
「相手にボールを持たれて、特に後半は押し込まれましたけど、そこまでやられる雰囲気は感じていなかったというか。ここ最近はDFラインだけじゃなくてチーム全員が意識高く守備をやれていることもあって、自信を持って向き合えている感じもあった。どこかで反撃の糸口というか、1発が出ればいいなとは思いつつ、そのチャンスを見出せなくても集中が切れることはなかった(昌子)」
■チーム最多出場。三浦弦太がDFラインで示した決意。
その昌子の隣で、今シーズン、チーム内では最も長くピッチに立ってきた三浦弦太も、似たような思いで試合を進めていた。
「試合前はもちろん勝ちにいくことしか考えていなかったけど、何より失点だけは許してはいけないと思っていたので、とにかく守備陣としては気持ちを切らさずに、ということだけ考えていました。ここまでの3試合を無失点で乗り切ってきて、今のやり方で守り切れば崩されないという手応えはチームとしても、DF陣としても持てていた。多少、ピンチもありましたけど、そんなにバタバタせず、慌てることもなくプレーできていたんじゃないかと思います(三浦)」
試合の4日前、『3試合連続無失点』に対する手応えを、そのまま鹿島戦のピッチにぶつけると話していた通りに、だ。
「残留争いという状況にある今、もちろん、全く緊張していないわけではないです。もしかしたら自分の意識していないところでは自然と硬くなってしまうところもあるかもしれない。でも少なくとも意識するところでは硬くなっても意味がないというか。これまでの経験からも硬くなっていいプレーができるとは思えないので、気負わずに、集中して試合に入ることだけを考えたい。磐田戦はそれが結果につながったという成功体験も自信にして戦いたいと思います(三浦)」
この日に限らず、シーズンを通して安定したパフォーマンスを示してきた。本人は「チームの結果につながってこそ個人のパフォーマンスは評価されるので決して納得していない」と話したが、チーム内の厳しいセンターバック争いを制して、誰よりも長くピッチに立ち続けてきた事実が何よりの証拠だろう。今シーズンは、18年から背負ってきたゲームキャプテンの座を外れたが、逆にそのことが心の重責を取り払ったのかもしれない。質問を向けると「肩書きがなくなってみて、初めて気負っていたことに気がついた」と笑った。
「正直、基本的に深く考えないタイプなので、そこまでキャプテンという肩書きに縛られていたつもりはなかったし、そもそもキャプテンの時も、キャプテンらしい仕事をできていたのかと言えばそうではなかったと思います。でも、こうして今シーズン、久しぶりにキャプテンではなくなって、目に見えないところで自分なりに気負っていたところもあったのかな、と。もちろんピッチに立つ責任やガンバのためにという思いは肩書きがあろうとなかろうと同じなんですよ。でも、今年は秋くん(倉田)がキャプテンをしてくれて、宇佐美(貴史)くんも一緒に副キャプテンをしてくれて…彼らがピッチにいない時は僕がキャプテンマークを巻いた試合もありましたけど、いつも自分の後ろには秋くんがどっしり構えていてくれている安心感はあったし、宇佐美くんが戻ってきてからも、それはすごく感じました。だからこそ、今シーズンは自分のプレーにより集中できたというか。それだけが理由ではないかも知れないけど、自分のことに気持ちを注げたことで、コンディション面でも…連戦とか、いろんな状況はあったとしても波なく保てたのかなと思います(三浦)」
鹿島戦も高さ、強さを見せつけた。ここ7試合は、常に同じ顔ぶれでDFラインを構成してきたことも守備の安定につなげながら、GK東口順昭を中心にゴール前に鉄壁を築く。相手にボールを持たれる時間が長くなっても、ゴール前には近づけないし、決定的な仕事もさせない。その決意はプレーで表現された。
「僕らセンターバックだけではなく、前線や中盤の選手もそうだし、DFラインとしても、常に相手の攻撃が限定されているから安定して守れたところは多分にある。この終盤、厳しい戦いの中でも、後ろが崩れずに試合を終えることができれば、チームとしても大崩れすることはないと思っていたし、個人的にもそのために最後の砦になるとか、相手のチャンスに対してゴール前で少しでも足掻くような存在になれればと思っていました(三浦)」
そうした守備を構築する上で、現役時代は同じセンターバックだった松田監督から受けたアドバイスも『安定』を見出すきっかけになったという。例えば、相手選手がサイドの突破を試みようとしている際の、センターバックの対応として「後ろからついていくのではなく、先に入って走らせないようにする」ことを心がけるようになったのも1つだろう。それが、安易に相手にスペースを与えない守備に繋がった。
「例えば、僕が右サイドに出ていく時に、真正面からマークにつくのではなくて、相手を走らせないように、自分の右側に置くように先にコースに入って相手を追いやる、と。それによって、当然、僕のいたエリアに左センターバックの源くん(昌子)がスライドして、左サイドバックも中に絞らなければいけなくなるので、DFラインは横のスライドが増えるし、特にサイドバックは、逆サイドに振られたりしたら大変な運動量を求められるんですけど、チームとしてそうした守備が安定し始めてからはスペースに走られるとか、間を使われることがなくなった。試合によっては、そのスライドが遅れて、少し距離ができてピンチになったシーンもありましたけど、その意識を今日を含めDFラインが徹底できるようになったことは(守備が)安定する材料の1つになったのかなと思います(三浦)」
■勝ち点1が引き寄せたJ1残留。
ゴール前に鉄壁を築きながら、試合終盤、スコアレスで試合が進む中では、残り10分くらいから他会場の結果を踏まえて、『勝ち点1』を掴むことも考えていたという。松田監督は試合後「勝ち点1が入れば、プレーオフに回る16位は保証される。今日すんなり残留を決められなくても、なんとしても自動降格だけは避けなければいけないという思いもあった」と明かしたが、『無失点』で試合を締めくくることをリマインドされてからは、チームとしてより守備への意識を強めて試合を進めた。
「試合前のミーティングでは、まずは自分たちが勝つことを目指す、と。でも、試合展開、プラス、他会場の状況によって戦い方をどうするのか、指示を出すということも言われていた。その中で終盤、ベンチから…他会場のスコアまでは伝えられていなかったけど、焦らずに、落ち着いてというようなジェスチャーがあったので、このままゼロでと意思統一はしていました(三浦)」
その狙い通り、4分のアディショナルタイムを含め、ゴールを許すことなくスコアレスドローで戦いを終えたガンバ。だが、試合後は、そこからさらに4分間ほどピッチで他会場の結果を待つことになる。その時点で同じく残留を争っていた京都サンガF.C.がまだ試合を終えておらず、結果次第でプレーオフ進出に回るか、残留を決められるか、という状況にあったからだ。
「他会場の結果を待つというのは好きじゃないし、本来なら自分たちが勝って、残留を決めたかったので他力になってしまったのは悔しいけど…人生で、一番長い4分間でした(昌子)」
だからこそ、その間、アウェイゴール裏を満杯にしたサポーターが続けてくれた『ガンバ大阪、オレ!』という声援が心強く響いた。
そしてーー。
京都が引き分けに終わったのを受け、ガンバのJ1残留が確定する。昌子は目を赤くし、三浦は笑顔で喜びを爆発させた。
「今日はたくさんのサポーターだけではなく、ベンチ外になった選手も駆けつけてくれて、クラブスタッフの方も見にきてくれていた。そういうガンバに関わるいろんな人の人生が、この1試合で変わってしまうかもしれないという覚悟を持って臨んでいた。そのみんなの力が本当に力になったし、最後は自分たちの覚悟が結果に届いたのかなと思う(三浦)」
「実は、試合直後にDAZNのインタビューをすぐに受けて欲しいと言われながら、いや、他会場の結果が出てからにしてください、と待ってもらっていた。人生で初めて、神頼みをしながら、彼らの声を聞いていました。決まった瞬間にDAZNの方が『昌子さん、早く!』という感じだったので、サポーターとゆっくり喜びを分かち合えなかったですけど、最後まで一緒に戦ってくれた彼らの存在は本当に心強かった。他力で残留を決めて喜ぶのは不本意だけど、この時間を共有できてよかったです(昌子)」
思えば、ガンバが最終節まで残留を争ったのは12年以来のこと。あの時は最終節で勝ち点を積み上げられずに降格が決まったが、この日は違う。苦しみながらも、守り抜き、勝ち点1を積み上げられたことで引き寄せた、J1残留。その中心には、心身を極限状態まで擦り減らしながら体を張り続けた、二人の心強きDFリーダーの姿があった。