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「自分の人生は自分で決める」『虎に翼』吉田恵里香さんインタビュー

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「虎に翼」より 写真提供:NHK

朝ドラこと連続テレビ小説「虎に翼」(NHK)の最終回が目前(最終回は9月27日)。半年間、絶大なる人気を誇ったドラマを書いた吉田恵里香さんに自作を振り返っていただきました。

第14条だけでも覚えておいてください

「虎に翼」より 写真提供:NHK
「虎に翼」より 写真提供:NHK

――日本国憲法第14条から「虎に翼」ははじまりました。その思いは?

吉田「三淵嘉子さんをモデルにした朝ドラを書くことになってから改めて日本国憲法を最初から最後まで読みました。そのとき最も心に響いたのが第14条でした。これができたとき、誰もが宝物を得たような気持ちになったのではないかと思ったので、物語はそこからはじめましたし、視聴者の方々に第14条だけでも覚えておいてくださいという気持ちで、ことあるごとに出しました。さすがにここまで第14条を何度も出すとは自分でも予想外だったのですが、寅子(伊藤沙莉)の長い人生を描くなか、途中でどんな題材を扱っても、やっぱりそこに戻ってしまう。第14条とは人間らしく生きるためのスタートラインなのではないかと思います」

――カフェー燈台を戦後、事務所にしたその壁に、第14条をよね(土居志央梨)が書き、ずっと残っていることが印象的です。

吉田「台本では紙に書いて壁に貼ると書いたのですが、思いもかけず、壁に書くことになっていて、第14条がより象徴的に使用されて、すごく好きなシーンになりました。紙を貼るよりもずっと残っていく感じが伝わりますよね。演出なのか美術さんのアイデアなのかは定かではないですが嬉しかったです」

――ドラマでは第14条で平等とされているにもかかわらず、現実では平等に扱われていない人たちが多く登場しました。

吉田「日本国憲法が制定された頃と比べたら、令和のいまは、だいぶ、皆が平等になってきていると思いますが、完璧に周知されてはいません。平等に扱われていない人たちがまだまだいます。遡れば、寅子の生きていた時代はもちろん、そのもっと前から、意識的であれ無意識であれ、見ないようにされてきた人たちが存在していました。『虎に翼』ではそういう方たちの存在をできるだけ描きたいと強く思い、ドラマを見て、日本国憲法が制定されてから80年近く経っても、様々な問題があまり解決していないということと、それがどうしてなのかと疑問を感じていただければ嬉しいと思って描きました」

――吉田さんが台本に書いた多くのマイノリティと呼ばれる登場人物たちに当事者の方々をキャスティングしたことをどう思いますか。

吉田「私自身は当事者の方にできるだけ演じてもらえたら素敵だと思っています。今回、スタッフの方々が当事者のかたをキャスティングしてくださったことも素晴らしいと感じました。一方で、これはすごく難しい問題で、このキャスティング方針が変な方向に行き『シスヘテロの役はシスヘテロの役者がやるべき』と誤った考えが進む可能性もあります。それはオープンにされた役者さんの活躍を妨げかねません。また当事者性を優先するあまり、オープンにしたくない方との温度差が生まれてしまわないかとか、まだまだ課題が存在しています。法整備や社会構造が定まらない現時点では、決めつけることなく、十分議論していく必要があるように感じます」

――「虎に翼」に限らず、これからもマイノリティを描いていきたいと考えていますか。

吉田「社会問題に関して、当事者のかたがたが矢面に立つべきではなく、エンターテインメントでやれることが少なからずあるのではないかと私は思っています。本来、社会や政府や政治家のやるべきことなのでしょうけれど」

「虎に翼」より 写真提供:NHK
「虎に翼」より 写真提供:NHK

――正解のない難しい問題に向き合うことに迷いはないですか。

吉田「描く上で反省は多々あります。やり方を間違えて当事者のかたを傷つけてしまうこともあるのではないかという不安もつねにありますが、間違えて怒られることをおそれて、取り組まないでいると、何も変わりません。私は、歩みを止めず、失敗を繰り返しながらも勉強を続けていきたいと思います。知ろうと思うことをおそれないでいたいです」

名前のつけかた 主人公がどう認識しているかが大事

――尾崎CPにも竹もとの主人と女将の名前はなぜないのか質問したのですが、吉田さんに直接、その理由を聞きたかったのでお聞かせください。

吉田「当初、竹もとはここまで最後のほうまで出てくる予定ではありませんでした。初期、女子部の集まる場所として書いてはいましたが、戦中戦後もたまり場になっていくとは私自身、想定していなかったんです。第1週などは、主人や女将にが寅子たちと会話する場もなかったし、彼らのセリフもなく、だから名前をつけていませんでした。ところが、予想に反してじょじょに竹もとのシーンが増えていったため、セリフも増えたにもかかわらず、名前をつける機会を逸してしまいました。今度、名前を考えてみます」

――他にも名字と下の名前があるキャラクターと苗字しかないキャラクターと苗字のないキャラクターがいますが、名付けは作家さんの個性が出る気がしていて。吉田さんは登場人物の名前をつけるときどのように考えていますか。

吉田「私個人は、なにごともまず主人公を中心にして考えるので、そのほかの登場人物は、主人公がどう認識しているかが大事になってきます。今回はそうしていませんが、場合によっては、フルネームではなく、例えば『優三さん(仲野太賀)』と『ヒャンちゃん(ハ・ヨンス)』で通すほうが好みです。『虎に翼』は登場人物がとても多い分、皆に名前をできるだけしっかりつけていますが。もう少し規模の小さい作品では、作品における役割が一目でわかるような名前にしようと心がけています。だから名字だけの人もいますし、フルネームの人もいます。主人公から見た認識のキャラクターとして物語のなかにいてほしいという意図があります。でも、今回、名前にまつわるエピソードを何度も書いたので、それによって、後半になるにつれ、出番の少ない人物にもフルネームがあったほうがいいかなと考えるようになりました。自分の中の意識の変化があったように感じます」

花江が主人公の朝ドラがあってもおかしくないように描いた

――寅子の口癖の「はて?」が生まれたきっかけは?

吉田「『虎に翼』のテーマのひとつに、疑問には声をあげ、他者と対話をしていこうというものがありましたので、何かそのきっかけになる言葉がほしいと思ったとき『はて?』が浮かびました。例えば、『ん〜?』などだと内省して対話になっていかないんですよね」

――声をあげていこうということで、だいぶ、寅子が率直でしたし、語り(尾野真千子)も気持ちを代弁するところがありました。

吉田「『虎に翼』においては、いま、怒っていいんだよとか疑問に思っていいんだよということをナビゲートする役割を語りが担っていました。尾野真千子さんが『はて』とか『む』とか『おやおやおや』とか短いセンテンスで気持ちを表現してくださいました」

「虎に翼」より 写真提供:NHK
「虎に翼」より 写真提供:NHK

――「虎に翼」の後半、原爆裁判が描かれました。戦争中、寅子が原爆を意識するエピソードを描かなかった意図はありますか。

吉田「寅子(伊藤沙莉)のモデルの三淵嘉子さんが原爆裁判を担当されていたので、取り上げたいとは思っていましたが、そこにどれだけ比重を置くかは迷ったところです。私のなかでは扱いきれるか不安もありましたが、今回の座組――スタッフさんたちの信頼度が高く、このメンバーだったらやっていけると、真正面から取り組むことにしました。当初から『虎に翼』では戦中よりも戦後をメインにし、戦争の傷について描きたいという構想でしたので、原爆裁判の前フリのように戦中や終戦のエピソードを描こうとは思いませんでした。原爆裁判も戦後、何年も経ってから行われたことなんです」

――新聞で広島、長崎のことをなんらかの情報源で知るシーンも玉音放送を聞くシーンもなかったのはあえてのことだったのでしょうか。

吉田「戦中を描いた第8週から寅子は妊娠と仕事の両立が叶わず、仕事を辞めて社会から心を閉ざしました。家のことに集中するあまり、世の流れに気づいていないんです。調べると、実際、生きることにせいいっぱいで戦争が終わったことをしばらく知らなかった人もいたそうです。寅子もそのひとりということにしました。第8週までは作劇のルールとして、主人公の見ていないものはドラマのなかで描かないことを優先して、視聴者にお伝えしたい最低限の情報だけは語りで説明するに留めました。そして、第9週になって、戦後、偶然、闇市で食べ物をくるんであった新聞で、久しぶりに新聞を見て、憲法14条を知る展開にしました」

「虎に翼」より 写真提供:NHK
「虎に翼」より 写真提供:NHK

――女性の社会進出をテーマに描くにあたって法律の問題だけでなく家庭のことや寅子の友人たちの状況など幅広く描いています。意識されたことはありますか。

吉田「今回、私は、“自分の人生は自分で決める”ということをテーマに書きました。それには寅子だけでは描ききれないことが多かったので、女子部のみんなを最後まで出演させようというのは最初から決めていました。役者の皆さんの力もあって、女子部のメンバーがすごく愛される存在になったことが嬉しかったです。自分自身が働いているもので、どうしても働いている側に立って、視野が狭くなってしまうので、そうならないように気を使いました。一番いいのは心からなりたいものにみんながなれることであって、ばりばり働きたい人もいれば、家庭に入って家族や家のことを守ることで力を発揮する人もいてほしい。そういう意味で、花江(森田望智)はもうひとりの主人公のようになりました。花江は、これまでの朝ドラのパターンのひとつである、何かを成し遂げた男性の奥様ヒロインになり得る人だと思いますので、花江が主人公の朝ドラがあってもおかしくないように描いたつもりです」

――意識的に花江を専業主婦として描いたのですね。

吉田「花江は社会に出たいとか働きたいとか言う気持ちは一切なく、家庭に入って家族を支えたり家族のために生きたりすることに幸せを感じる人です。それは一貫して最初から最後までそうで、働きに出るとかそういう描写はやめようと思いました。彼女が働いたのは、戦後の縫い物の内職ぐらいなんですよ。ただ、社会構造的にばりばり働くためには、誰かにケアしてもらわないと立ち行かないようになっています。その改善策を私はみつけられずにいますが、バリバリ働く人を支える人に対して家庭でケアする側が、言葉が悪いですが、二軍扱いされてしまうことにはNOを突きつけたい。外で働こうが、家事をしようが、お互い支えあってどれだけ家庭を円満にするかが大事なことで、毎日心地よい生活――いつも美味しいご飯を用意するとかシーツがパリッとしているとか部屋に埃がないようにするとかはとても大変な仕事で、その人の取り組み方が如実に表れるものです。花江は家事のプロに見えるように気をつけました」

――寅子を含め、どの人の生き方が正しいとか一番ということはないということでしょうか。

吉田「誰ひとり美化しないように、善人、悪人と分けず、人にはいろいろなグラデーションがあるように描きました。みんな間違うし、ダメなところがあるということを意識して描くことによって、登場人物の誰かしらに感情移入してもらえたら嬉しいし、なんなら、とても嫌いな人物がいてもいいと思っていたくらいです」

「虎に翼」より 写真提供:NHK
「虎に翼」より 写真提供:NHK

男性が生きづらかったりしんどい思いをしたりすることもあるはず

――穂高(小林薫)を筆頭に男性がなにかと寅子の生き方を阻害していましたが、男性を描くにあたってどう思いましたか。

吉田「社会人女性の生きづらさを中心に描きましたが、それは男女問わず、すべての社会人の生きづらさにつながると思っています。もちろん男性の特権問題も根強いですが、男性は男性で余計に生きづらかったりしんどい思いをしたりすることが本来はあるはずで。女性が生きやすくなることは男性が生きにくくなることではない。男性が生きにくくなるようでは本末転倒です。男性・女性共々、すべての人が生きやすくなることを願っています。また、世の中には、男女問わず、理解あるふりをして、相手を傷つけてしまうこともあるし、そもそもまったく相手を理解できない人もいます。かくいう私自身も、誰かに寄り添っているつもりでうまく向き合えていない、ある意味、穂高先生のようなところもあるでしょう。よかれと思ったことを拒絶され、こんなに寄り添ったのに?と思うことは多かれ少なかれありますから、そこにどう向き合っていくか、登場人物を描くときには気をつけました」

――寅子の結婚式に、小橋(名村辰)と稲垣(松川尚瑠輝)が呼ばれなかったのはなぜですか。

吉田「デリケートな問題を抱えているヒャンちゃんがいるので、彼女を決して傷つけない人たちを最小限、選びました。彼らを仲間外れにしたわけではないんですけどね。ヒャンちゃんの問題がなければ、寅子のお祝いに呼んだとは思います」

――吉田さんがいま、思う幸せとは何でしょうか。

吉田「傷ついている人のなかには自分自身でどうにもできない人が多くいます。まずは、自分ではどうにもならないことがなくなっていくといいなと。戦争や紛争という大きなことからネット上や日常のちょっとした諍いなどまで、一個ずつ争いを虱潰し、ひとつでも争いの種が消えることが幸せです」

◎取材を終えて。

「朝ドラを書くことが夢だった」と語る吉田さん。今回、夢がかなったが、それで満足ではなく、また朝ドラを書きたいと意欲的である。吉田さんはとても言葉数が多く、思いが体中にいっぱい詰まっているように感じる。情報を取り入れる能力も高く、「虎に翼」はよくぞこれだけの題材を平行して書いたものだとその処理能力にも驚くものだった。でも吉田さんは感情や情報はあふれるほど抱えているが決して慢心はしてないようにも見える。間違えて怒られることを心配してやらないより、間違えながらも勉強を続け、信じた道を歩んでいこうとする姿勢はすてきだ。

吉田さんのような三十代に限ったことでなく、間違ったり知らなかったりすることはもっと年をとっても誰にでもある。人間、一生勉強を続け、リトライもし続けたい。

このインタビューは合同取材会で、一媒体一問であった。その制限のなか、筆者は名前や平等についてドラマを書いていた吉田さんに登場人物の名前の付け方について聞きたかった。吉田さんは率直に回答してくれたあと、名前のエピソードを書いたことで意識が変わったとつけ加えた。毎日の生活のなかでこういう気付きが大事なのかなと思う。吉田さんの書いた「虎に翼」はたくさんの気づきをくれた。

「後半の脚本を執筆しているとき、もう終わってしまうのか、終わらないでほしいなあという気持ちを抱いていました。スケジュールや撮影の事情などと格闘しながら最後まで描き切りましたが、本当に最後までずっと楽しく書けましたし、役者さんやスタッフさんに恵まれた現場で皆さんにも感謝しています。もっと描きたかったこともあって、あと3ヶ月くらいあればよかったなあという気持ちもありました」と語った吉田さんの次なる挑戦も楽しみにしたい。

吉田恵里香 Erika Yoshida

87年生まれ、神奈川県出身。脚本家、小説家。主な脚本作に「生理のおじさんとその娘」「花のち晴れ~花男 Next Season」「Heaven?~ご苦楽レストラン」「君の花になる」、映画「ヒロイン失格」、「センセイ君主」「ホリックxxxHOLiC」など、アニメ「TIGER&BUNNY」「ぼっち・ざ・ろっく!」など多数がある。「恋せぬふたり」で第40回向田邦子賞を受賞。

吉田恵里香さん 9月25日の「クローズアップ現代『虎に翼』が描く“生きづらさ”の正体 脚本家・吉田恵里香」に出演する。写真提供:NHK
吉田恵里香さん 9月25日の「クローズアップ現代『虎に翼』が描く“生きづらさ”の正体 脚本家・吉田恵里香」に出演する。写真提供:NHK

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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