『アトムの童(こ)』最終回 不屈の山﨑賢人が創り出す、人と社会の新しいカタチ
人生はテレビゲームのようにリセット出来ない。だからこそ面白く、挑みがいがある。
使い古された言葉かもしれないが、今夜、最終回を迎える山﨑賢人主演の日曜劇場『アトムの童(こ)』(TBS系にて毎週日曜夜9時~)にぴったりのフレーズではないだろうか。
■ゲーム開発をめぐる怒涛の展開の先に待つ結末は?
天才ゲームクリエイター・安積那由他(山﨑)は菅生隼人(松下洸平)と共に「ジョン・ドゥ」というペンネームでインディーゲーム「ダウンウェル」を開発。一部のゲームファンに熱狂な人気を誇るが、検索エンジン大手「SAGAS」の社長・興津晃彦(オダギリジョー)に開発中のゲームを奪われ、責任を感じた二人の友人・緒方公哉(栁俊太郎)は自ら命を絶ってしまう。
時が経ち、やよい銀行の融資課で働く銀行員・富永海(岸井ゆきの)と知り合った那由他と隼人は、海の父・繁雄(風間杜夫)が社長を務める「アトム玩具」でこれまでにない新しいテレビゲーム「アトムワールド」の開発を手がけることになる。
ところが、融資先の銀行の裏切りによって、アトム玩具はSAGASにあっけなく買収されてしまう。
一方、狡猾な手を使いアトム玩具を手に入れたSAGASだったが、強大な資本力を持つ大財閥・宮沢ファミリーオフィスによって会社存亡の危機を迎える。
その時、興津が訪れたのは、元アトム玩具の社員たちが興した新会社「アトムの童」だった。一度は奪っておきながら「助けてほしい」という、人の心を踏みにじる、あまりにも礼儀を失した申し出に当然のごとく全員が反発するが、ただ一人、那由他だけは彼を手伝うことを決意する。しかし、それによって那由他と隼人は決裂。宮沢ファミリー側についた隼人はSAGASの大株主である伊原総一郎(山﨑努)の元を訪ね協力を依頼、株式の委任状を取り付ける。
こうして迎えた株主総会の当日。なんと興津が不正競争防止法違反の容疑で警察に連行されてしまう。すかさず興津の解任を要求する宮沢ファミリーオフィスの宮沢沙織(麻生祐未)。騒然とする会場。
この絶体絶命のピンチに立ち上がったのは、なんと那由他だった。彼はいったい何を話すのか。果たしてこのパワーゲームの行方はどうなってしまうのか……。
■「ゲーム」が内包する無限の可能性を信じる若者
まず本作の面白さを支えているのが、展開の妙味だ。
一見、単なるゲーム開発者のサクセスストーリーのように思えるかもしれないが、決してそうではない。ドラマの中盤である第5話、映画で言うところのミッドポイントで那由他たちは「アトム玩具」を奪われ、一敗地に塗れてしまう。
だが、物語はそこで終わらない。6話ではそれまで彼らが開発していた「エンタメゲーム」とは異なる「シリアスゲーム」(※医療や教育などの問題解決に活用されるコンピューターゲーム)に活路を見出し、小学生に向けた“登下校ゲーム”を開発。人間的に成長した姿を描いた。
その際、那由他が言った「ゲームは親子の大事なコミュニケーションツールになれる」「ゲームに否定的な人もいる。でも、そういう人たちにもいつかゲームの可能性に気づいて欲しい」というセリフは、苦い敗北を喫した彼が口にするからこそ、見る人の心に届き、深く刻まれたのではないだろうか。
■次世代を担う若者と人生の先輩との見事なコラボ
キャストに目を向けると、山﨑賢人、松下洸平の全編を通じた熱演・好演はもちろんのことだが、岸井ゆきの演じる海もそのイキイキとしたキャラクターで序盤を牽引する大事な役どころだった。強大な壁となって彼らの前に立ちふさがるオダギリジョー、那由他たちをサポートするでんでんや塚地武雅(ドランクドラゴン)、林泰文も要所で渋い演技を見せてくれた。
また、繁雄役の風間杜夫は、かつて一世を風靡した『スチュワーデス物語』の村沢教官よろしく、未来を担う若い二人を励まし見守る姿に温かさと安心感があふれていた。そして伊原役の山﨑努。かつて伝説の時代劇『必殺仕置人』『新必殺仕置人』で奔放かつ破滅的なキャラクター“念仏の鉄”を演じた彼が、SAGASをめぐるパワーゲームの鍵を握る重要人物として終盤に登場。将来ある若者と対峙する姿は、時代の流れとともに未来に何かを伝えようという強い意志を感じさせる。
『半沢直樹』の例を挙げるまでもなく、これまで日曜劇場は比較的年齢層の高い視聴者に向けた重厚なドラマ作りを基調にしてきたと言える。
その意味で今回の『アトムの童』では、主役を務める山﨑賢人の存在が非常に大きい。見る人がこの枠に求めるカタルシスをしっかり継承しつつ、次の時代を担う若者として、そのナチュラルでリアルな演技が新しい方向性および可能性を示すことに奏功したと言えるだろう。
■人はみな“人生”というゲームにチャレンジするプレイヤーである
Life is a game,play it. (人生はゲーム、楽しみなさい)
かのマザー・テレサが遺した言葉である。
ゲームを心から愛し、ゲーム作りに生命を燃やし、誇りを持って生きている那由他は、まさにそれを体現している。普通なら心が折れそうな困難や逆境すら楽しみ、進んで立ち向かうその姿勢は、見る人に言葉にできない勇気を与えてくれる。
「人生はゲームのようにうまくいかない」。これもまた正論だし、そう思う気持ちもよく分かる。人生ほど難易度の高いムリゲーはないだろう。だが、メタバースのように現実と虚構の境目が曖昧になりつつある今、もしかするとゲームの中にこそ、リアルの“人生”を楽しむコツが隠されているかもしれない。
冒頭で人生=テレビゲームではないと述べたが、たとえゲームオーバーになったとしても、人生だって諦めなければ何度でもコンティニューし、チャレンジすることが出来るはずだ。
那由他と仲間たちが最後まで持ち続けたタフで前向きなマインド、そして人と人との生身のぶつかり合いこそが、向かい風が吹きまくる今の世の中には必要なのである。