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元アイドルから中国の名門演劇大学で学び『ギャルコン2021』グランプリ。女優・中西悠綺が突破したもの

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/S.K.

佐々木希らを輩出し7年ぶりに開催された『ギャルコン2021』でグランプリに輝いた中西悠綺。20歳で台湾に語学留学。チャン・ツィイーらが卒業した北京の名門演劇大学に入学し、香港で武術も学ぶという2年を過ごした経歴を持つ。中国映画で日本人女優として異例の主演も果たし、アジアから世界での活躍を見据える彼女のバイタリティを探る。

海外でも活躍したくて覚悟を決めました

――小さい頃から、いろいろオーディションを受けていたそうですが、芸能界を目指す原点は何だったんですか?

中西 幼稚園の頃、家族でドラマを観ていて、亡くなった役の方が別の番組に出ていたんです。子どもだったので、母に「この人は生きていたの?」と聞いたら、女優さんというお仕事のことを教えてもらいました。それで、いろいろな人生を経験できて、人に感動を届けられるのは素晴らしいなと思ったのがきっかけです。

――自分もそんな女優になりたいと。

中西 そうです。私は三重出身で、小学生の頃から名古屋にある養成所まで、特急で40分くらいかけて通わせてもらいました。13歳のときにアイドルグループに入って、メジャーデビューもして、センターとメインボーカルを担当していました。

――中国に目を向けたのは、どんな経緯から?

中西 グループを18歳で卒業した後、母と個人事務所で二人三脚で女優を目指していたんですけど、日本だけでなく、海外でも活躍できる人になりたい気持ちがすごく強くて。もし中国で知名度をつけられたら、日本でも逆輸入みたいに注目していただけると思って、覚悟を決めてチャレンジしました。

――それまで中国に縁やツテはあったんですか?

中西 全然。私は純日本人で、上海と香港に旅行で行ったことがあるだけ。中国語はニーハオとシェシェしか知りませんでした(笑)。

――そういう状態で1人で現地に赴くのに、不安はありませんでした?

中西 迷いはありましたけど、中国で頑張って何か結果を残せたら、すごく大きいことなので。自分を信じて行くことに決めました。楽観的な性格なんです(笑)。

台湾で3ヵ月で日常会話ができるように

――最初は台湾の語学学校に入ったんですよね。

中西 20歳になって、すぐ行きました。まず中国語が話せないと何も始まらないから、早く習得したくて、すごく勉強しました。語学学校で朝から夕方まで授業を詰め込んで、家に帰ってもずっと宿題をやっていて、全然遊ばなかったです。日本人の友だちも作らないようにしていて。3ヵ月くらいで、中国語の日常会話はできるようになりました。

――ニーハオとシェシェだけから短期間で、すごいですね。

中西 たぶん語学を学ぶのは自分に合っていたんです。耳から聴くのが好きで、学校でも英語の成績は良かったので。

――それから、北京の演劇大学に?

中西 その前に香港に武術の勉強に行きました。中国ではアクション映画も多いので、女優として活動するなら、武術ができたほうがいいと思ったんです。4ヵ月ほど、毎日9時間くらい、カンフー、剣術、銃、ワイヤーとひと通り学びました。

――体的にキツくありませんでした?

中西 最初の頃は全身の筋肉痛がすごくて、大変でした。歩くだけでも精いっぱいなのに、稽古場に行っては練習して。でも、たぶん体が筋肉痛に慣れて、1~2ヵ月で大丈夫になりました。もともと体を動かすのは好きで、小さい頃から新体操や日本拳法をやっていたので、向いていたと思います。

――習得も早かったと?

中西 覚えは早いと誉められました。普通の人が3年くらいかかることを4ヵ月で習得したので。香港には北京で演劇大学を卒業したあと、また2ヵ月くらい、武術を習いに来ました。

――香港は住むにはいいところでした?

中西 毎日アクション漬けで観光はまったくできなくて、自分が香港にいるのかどこにいるのかもわからない状況でした(笑)。でも、稽古のお昼休みに、先生がローカルのお店に連れてきてくれて、珍しいものを食べたんです。体力が限界のとき、「体にいいから」って、亀のロイヤルゼリーみたいなものを頼んでくれて。真っ黒でゼリーのようにプルンプルンで、味はあまり覚えていませんけど、確かにすごく元気が出ました。

北京の大学では日本人は自分だけで寂しくて

――台湾で語学、香港で武術を学んでから、コン・リーさんやチャン・ツィイーさんが卒業した北京の国立演劇大学中央戯劇学院に入学したわけですか。

中西 中国で女優、俳優を目指す人はみんな受けるという、有名な大学です。入学試験は筆記もありましたけど、面接はオーディションみたいでした。中国語で自己紹介、台本があってお芝居をして、自分で探した文章を朗読。あと、武術もありました。

――競争率も高かったんですか?

中西 ネット情報によると、演劇学科は136倍とか。同級生は私以外、中国の人しかいなくて、最初の頃はすごく寂しかったです。

――でも、言葉のハンデがある日本人ながら、その倍率を突破したということですよね。どんな授業があったんですか?

中西 演技に音楽に、体を使って表現をする授業もありました。日本で受けていた演技レッスンは、台本をもらって、お芝居をして、先生にアドバイスをいただく形でしたけど、その演劇大学では中国語ですごくいっぱい書いてあるテキストがあって。俳優の心得や呼吸法から全部出ていて、それを先生が解読しながら、生徒がみんなの前に出てやってみる。そういう授業は新鮮でした。

――中国語のテキストを読み込むだけでも、大変そうですけど。

中西 そうですね。あと、中国語の早口言葉もあって、みんなは楽しそうに聞いているんですけど、私はついていくのに必死でした。特に北京の方は早口で舌を巻くので、台湾で語学を学んでいたときとは全然違って、聞き辛かったです。でも、聞いているうちに、だんだん慣れてきました。

中国語でのお芝居は呼吸から違います

――中央戯劇学院で学んで、今も演技の糧になっていることはありますか?

中西 日本語でお芝居するのと中国語でお芝居するのは、私的にはちょっと違います。呼吸の仕方、言葉のニュアンスや雰囲気……。たぶん言語の問題で、日本語は言い回しがあいまいなところがありますけど、中国語はストレート。その中にあいまいな感情を乗せるのが難しくて。でも、どちらの表現にも良さがあることは、中国で学んでわかりました。

――日本人が1人という中で、コミュニケーションは取れるようになりました?

中西 みんなやさしくて、食堂で一緒にごはんを食べてくれたりしました。冬に私がタイツを穿いていったら、ネットで“日本の女の子は冬でも素足”というのを見ていたみたいで、「なんで?」と聞かれました(笑)。

――逆に、中西さんの中国人のイメージが変わったりもしました?

中西 中国語は口調が強い感じで、会話を聞くとケンカしているみたいで怖かったんです。でも、中国の人はみんなフレンドリーで、言葉を理解したら会話の内容も温かくて、全然ケンカはしてませんでした(笑)。

――中国の食事は合う・合わないがあると聞きます。

中西 私は小籠包と炒飯とチンジャオロースが好きなんですけど、北京にいたときはそんなに外食はしていません。でも、牛河(ニューフー)という中華風きしめんみたいな料理にハマりました。おいしくて、値段もお手頃だったので。

映画会社60社をアポなしで売り込みに回りました

――他に、中国の生活でしていたことはありますか?

中西 大学に通いながら、中国映画を観たときにエンドロールに出てくる制作会社の名前を全部メモして、一覧表を作りました。その会社をひとつずつ、自分で作った中国語のプロフィールを持って、売り込みに回ったんです。ネットで住所を調べて、アポも取らずに行って。「誰?」みたいな感じで門前払いされることもありましたけど、アジアで活躍できる女優になるために、早く結果を出したい気持ちが強かったので。

――何社くらい回ったんですか?

中西 たぶん60社とか。そのうち、会ってもらえたのは半分もいきません。でも、私の経歴を全部中国語で説明して、「合う役があったら使ってください」とお願いしたら、親身になってくれて、オーディションに呼んでいただいたこともありました。それで決まった仕事はなかったんですけど。北京にいた頃は、ゴールが見えないトンネルをずっとガムシャラに走っている感じでした。

――それにしても、すごいバイタリティですね。

中西 たぶん目標に向かって行動していく力は誰よりも強いかなと、自分では思っています。

――心が折れたり、ホームシックになったことはないですか?

中西 北京の大学に1年ちょっと、台湾や香港と合わせると2年弱いましたけど、どこでもすごいホームシックになりました。1人で住んでいて、誰も頼る人がいない。水道代や電気代をどう払うかもわからなくてパニックになったり、初めてのことに直面するたびに手探りしながら生活していて。何回も日本に帰りたくなりましたけど、ここで心が折れたら負けだと思って、頑張りました。

――何か支えにしていたものもあったんですか?

中西 一時帰国して中国に戻るとき、母がお手紙を渡してくれて。飛行機の中で読んだら、「もし本当に心が折れそうになったら、いつでも帰ってきていいよ。悠綺の家はちゃんと日本にあるから。有名になれてもなれなくても、ママは悠綺を世界で一番愛しているよ」と書いてあって、めっちゃ泣きました。挫けそうになったときは、いつもその手紙を読んで、励みにしていました。

ミラクルが起きて中国映画の主演が決まって

――今年公開予定の中国映画『神奇旅行社』では主演しているんですよね。オーディションで決まったんですか?

中西 ミラクルなことが起きました。私の母が芸能とまったく関係ない仕事で中国に行った際に、通訳の方に「私の娘が中国で頑張っていて」という話をしたら、「一度プロフィールを送ってください」と言われて。母がいちおう送ったら、その通訳の方がいろいろな制作会社に渡してくださったんです。その中から、日本人女優を探していた映画の監督さん、プロデューサーさんが目に留めていただいて、オーディションのご連絡が直接届きました。受けに行ったら、主演に決めてくださいました。

――日本人の女子大生が中国でタイムマシンの研究に取り組む話だとか。

中西 そうです。現地の中国の人と一緒に、超高速シュミレーション現実装置という、自分が見たかった過去の記憶に戻れるマシンの研究に取り組みながら、友情や家族愛がテーマのヒューマンストーリーです。キャストもスタッフさんもみんな中国の方で、台詞もほぼ中国語。毎日撮影が終わったら、すぐホテルに戻って、次の日の台本と向き合って台詞の発音練習をしました。もちろん感情も乗せないといけなくて、とにかく必死でした。

――撮影で特に印象に残っていることはありますか?

中西 四川省での撮影で、行ったら盛大なクランクイン式が行われました。中国の映画撮影の儀式のようで、大きい果物やお花がいっぱい置かれていて、真ん中にお線香みたいなものが立っていて。そこに監督や私たちキャストが1人ずつ出て行って、祈願をしました。そのときに初めて「本当に撮るんだな」と思ったんです(笑)。撮影現場では、スタッフさんの数もカメラの数も、日本では見たことがないくらいの多さでした。

――試写は観ました?

中西 はい。いい感じになってました(笑)。中国映画で日本人が主演するのは、合作や男性の俳優さんではあるみたいですけど、女優は史上初らしいです。だから、本当に頑張ってきて良かったと思いました。

初のビキニ撮影の前にひたすら筋トレを

――一方、7年ぶりに開催された週刊ヤングジャンプの『ギャルコン2021』でグランプリを獲得しました。グラビアもやりたいことだったんですか?

中西 考えたこともなかったんですけど、新たな挑戦かなと思って応募しました。今の自分をヤングジャンプさんに載せられたら、すごいことなので。

――水着撮影の前には何か準備はしました?

中西 プライベートでもビキニは1回も着たことがなかったので、すごく緊張しました。撮影前は食事に気をつけたのと、YouTubeで筋トレの動画をひたすら観て、腹筋と脚や二の腕の運動をやり続けました。

――普段だと、オフは何をしているんですか?

中西 家にいることが多いですね。韓国ドラマに高校生の頃からハマっていて、休みの日はよく観ています。話題になった『愛の不時着』や『梨泰院クラス』はもちろん、ひと通り観ていて語れるくらい(笑)。最近はNetflixで毎週日曜に更新される『海街チャチャチャ』を楽しみにしています。

他の人にない経歴を武器に開拓していきます

――仕事と関係ない趣味もありますか?

中西 語学の勉強は好きで、英語ももっと話せるようになりたくて。中国人で英語をネイティブに話す友だちがいて、中国語で英語を教えてもらっています。そしたら、どっちも学べるかなと。あと、音楽も好きで、J-POPも洋楽も中国の曲もK-POPも全部聴きます。日本のアーティストでは清水翔太さんが好きで、最近はONE OK ROCKのTakaさんとコラボした『Curtain Call』という曲をよく聴いてます。

――仕事でも、また歌いたい気持ちも?

中西 いつか自分が出演した作品の主題歌を歌えるくらいになりたい、というのはあります。

――吉本興業の所属になりましたが、お笑いもやるんですか(笑)?

中西 吉本新喜劇は小さい頃から好きで、三重では毎週土曜にテレビで観てましたけど、大阪の劇場まで観に行ったこともあります。だから、所属させていただいたのは嬉しくて、ご恩を返せるように頑張りたいと思います。もちろん、女優として(笑)。

――これから中国で学んだことを活かして、世界に出ていくんですね。

中西 日本でもアジアでも活躍できる女優になって、夢は大きく、ハリウッドに進出したいと思っています。日本人女優といえば中西悠綺と、皆さんに認知されるくらいになりたいですし、レッドカーペットも歩きたいです。

――今まで誰も通ってない道を進む感じですね。

中西 たぶん私のような経歴の人はいないので、中国語や武術も武器に、そこを開拓していく先駆者になれたらと思います。

撮影/S.K.

Profile

中西悠綺(なかにし・ゆうき)

1997年2月25日生まれ、三重県出身。

2015年より本格的に女優活動。主な出演作は映画『僕が君の耳になる』、『ある家族』、舞台『遠き夏の日』、『放課後探偵薔薇戦士』など。2021年公開予定の中国映画『神奇旅行社』に主演。中国で放送されている小林製薬のCMに出演。週刊ヤングジャンプ『ギャルコン2021』でグランプリ。

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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