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「ドラマにはならない」けれどもはやぶさ2がタッチダウンを2回成功させた意味

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
はやぶさ2の2回目タッチダウン地点撮影画像と渡邊誠一郎教授 撮影:秋山文野

2019年7月11日、JAXAの小惑星探査機はやぶさ2は、小惑星リュウグウの表面に2回目のタッチダウン(着陸)を実施した。今回のタッチダウンで採取したリュウグウの物質サンプルには、4月に人工クレーターを作った際に飛び散った、元はリュウグウの地下にあった物質が入っている可能性が高い。2月の第1回タッチダウンで採取したリュウグウ表面の物質と両方合わせて、2回のサンプルを得たことで、小惑星のサイエンスを解明する手がかりの価値が高まった。

2回目のタッチダウン成功に沸くJAXA 宇宙科学研究所のはやぶさ2管制室 Credit: ISAS/JAXA
2回目のタッチダウン成功に沸くJAXA 宇宙科学研究所のはやぶさ2管制室 Credit: ISAS/JAXA

7月11日の2度目のタッチダウンで、はやぶさ2は計画されたタッチダウンプロセスを「淡々と」成功させた。これまでのミッションの中で、表面に舞い上がったリュウグウの砂が付着し、はやぶさ2の目といえる航法カメラを曇らせている。そのため、前回のタッチダウンよりも低い高度から探査機の自律航法に切り替え、目標となるターゲットマーカの捕捉を開始した。高度が低い分カメラの見えやすさは向上するが、トレードオフで視界が狭くなり、小さなターゲットマーカを探す難易度は上がる。

はやぶさ2チームの津田雄一プロジェクトマネージャ。撮影:秋山文野
はやぶさ2チームの津田雄一プロジェクトマネージャ。撮影:秋山文野

それでも、探査機は完全に目標どおり、しかも予定時刻の中でも最速の日本時間7月11日10:06(探査機上の時刻、地上での確認は14分後)にタッチダウンを実行した。津田雄一プロジェクトマネージャが「きちんとできている技術はドラマにはならない」と讃えたはやぶさ2チームの実力だ。

CAM-Hで撮影したタッチダウン4秒前の画像 Credit:JAXA
CAM-Hで撮影したタッチダウン4秒前の画像 Credit:JAXA
CAM-Hで撮影したタッチダウンの瞬間の画像 Credit:JAXA
CAM-Hで撮影したタッチダウンの瞬間の画像 Credit:JAXA
CAM-Hで撮影したタッチダウン4秒後の画像 Credit:JAXA
CAM-Hで撮影したタッチダウン4秒後の画像 Credit:JAXA

そして手に入れたのが、リュウグウ地下の物質が飛び散って堆積しているエリアのサンプルだ。4月に行った衝突装置(SCI)と呼ばれる銅の弾丸を小惑星の表面に衝突させる実験で、はやぶさ2は人工的にクレーターを生成することに成功した。クレーターの周辺には、「イジェクタ(放出物)」という地下の物質が積もっている。タッチダウン目標地点のイジェクタの厚さは約1センチメートル程度あると見られていた。

津田プロマネは、2回目タッチダウンの成功を「太陽系の歴史のかけらを手に入れた。単に地下の1点だけでなく、比較対象として地表の物質も取った」と評した。これは、タッチダウンを2回行ったことで、両方のサンプルを比較検討できることでサイエンス価値が高まるという意味だ。

プロジェクトサイエンティストの名古屋大学 渡邊誠一郎教授 撮影:秋山文野
プロジェクトサイエンティストの名古屋大学 渡邊誠一郎教授 撮影:秋山文野

はやぶさ2プロジェクトサイエンティストの名古屋大学 渡邊誠一郎教授は「1回目のサンプルを持ち帰ることだけでも大きな成果だが、さらに地下も合わせて持って帰ることは、今後20年くらい他の国ではできないことだろうと思う。比較しながら、垂直方向にどんな変化があるか議論できるということがサイエンスにとって大きな成果になる。たとえば上(表面)も下(地下)もあまり変わっていないなら、小惑星の表面はかなりかき混ぜられているということがわかるので、それはそれで非常に重要。一方で、地下にはやはり新鮮なものがあるならば、有機物や水は地下でとても保存されやすいということが証明できる」と述べた。

分析チームの期待高まる

小惑星リュウグウで表面と地下、2箇所のサンプルを手に入れることができ、2020年末に持ち帰られるサンプルを分析する担当の科学者たちの期待が高まっている。2回目のタッチダウン当日、札幌では世界の隕石研究者たちが集う国際隕石学会が開催されていた。学会に出席したおよそ10カ国、200人近い研究者は、2020年以降に出番がくる分析サイエンスチームのメンバーだ。広島大学の籔田ひかる教授は、タッチダウンの成功で「自分たちが実際に触れられるサンプル、という実感が増した」とその喜びを語る。

はやぶさ2が持ち帰ったサンプルの分析にあたる、広島大学の籔田ひかる教授。宇宙科学研究所から札幌の国際隕石学会へ吉報と共に向かった。撮影:秋山文野
はやぶさ2が持ち帰ったサンプルの分析にあたる、広島大学の籔田ひかる教授。宇宙科学研究所から札幌の国際隕石学会へ吉報と共に向かった。撮影:秋山文野

はやぶさ2が無事にサンプルの入ったコンテナを地球に持ち帰った後に始まる分析チームの仕事。その中で、「表面」と「地下」2つの物質はどのように比べられるのだろうか。2010年に小惑星イトカワの物質を持ち帰った初代はやぶさの成果などから、小惑星表面の物質は宇宙の放射線や太陽風(太陽から放出される、電気をおびた粒子でできている超高速のガスの流れ)にさらされて「宇宙風化」と呼ばれる変化が起きている。この変化による物質の変化を分析する手法があるという。

「(サンプルに)太陽風由来のヘリウム3が表面と中でどれくらい含まれているかを比較することによって、内部でどれくらい太陽風にあたっていないものが存在しているのかを評価できます。また、銀河宇宙線由来のネオン20の同位体比の割合を比較することでも評価することができます。こうした方法から、どちらの試料がより新鮮か、という判断が可能だと思います」(籔田教授)

そしてもうひとつ、サンプル分析によって明らかになるリュウグウの特徴で籔田教授が注目する点がある。リュウグウの人工クレーターを観測して明らかになったその「黒さ」だ。2回目のタッチダウン前、籔田教授は「リュウグウ表面の反射率は我々が知るいかなる隕石のものよりも低く、表面よりクレーターの方が反射率がさらに低い」と物質分析チームから寄せる期待を表明した。反射率が低い、つまり表面と地下で黒さが違うとは何を反映しているのだろうか。

はやぶさ2搭載の航法カメラ画像を元に作成された人工クレーター付近に表面より黒い物質が見える。(C)JAXA, 高知大, 東京大, 立教大, 名古屋大 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研, 神戸大学
はやぶさ2搭載の航法カメラ画像を元に作成された人工クレーター付近に表面より黒い物質が見える。(C)JAXA, 高知大, 東京大, 立教大, 名古屋大 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研, 神戸大学

「成因はいくつも挙がっていますが、ひとつは炭素が豊富にあるかもしれないということです。私たちは有機物を探したいので、有機物がたっぷりあると嬉しい。他にも、酸化鉄とか、硫化鉄といった鉄を含んでいるかもしれない。それに、宇宙線が当たり、太陽加熱されて焦げた黒かもしれません。SCIの衝突実験で衝突熱を与えていますから、それによる変化で黒くなっているかもしれない。複数のソースが黒色に寄与していると思います。

本当に(はやぶさ2が)帰ってこないとわからないのですが、表面と地下とを比較して、地下のほうがあまり変性を受けていないフレッシュなものだとと仮定すると地下のほうが黒いわけですから、何か始原的なものに由来する黒だという希望を私たちは持っています」(籔田教授)

リュウグウの人工クレーターが表面より黒い、ということから物質分析化学の研究者はこれだけの喜びを抱いている。地表と地下の物質、ふたつを比べられるようになったことが、2回目のタッチダウン成功の意義だといえる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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