日銀が行っている金融政策はおかしい。我々は物価に応じた利子を得る権利もあるはず
岸田政権が、安定的な経済成長を実現するための政府と日銀の役割を定めた共同声明を初めて改定する方針を固めたことが17日、複数の政府関係者への取材で分かった(17日付共同通信)。
どのような格好での共同声明(アコード)修正なのかは定かではないが、この記事では。黒田東彦総裁が目標達成を目指して10年近く進めてきた大規模な金融緩和の修正につながる可能性があるとしている。
これに対して19日に松野博一官房長官が政策協定改定について「そのような方針を固めた事実はない」と否定する発言をした。しかし、火のないところから煙りはたたない。
19日には2022年7~9月期の資金循環統計(速報)が日銀によって公表され、これによると、日銀が保有する短期を除く国債の発行残高に占める割合が9月末時点で50.26%となり、初の5割超えとなった。
これは時間の問題であったこともあり、サプライズとかではない。それでも日銀が国債の半分も保有していると言う事実は、いまさらながら異常な事態である。日銀が財政ファイナンスに近いことをしているともいえる。
12月1日の10年国債の入札日には発行額2.8兆円に対し、日銀が毎営業日連続無制限指し値オペにて1.5兆円を買い入れるという異常な事態ともなっていた。入札日当日に、その同じ銘柄の国債を半分以上の金額を買い入れるなど、その意図はなくとも形式上、財政ファイナンス以外の何ものでもない。
日本の物価上昇はコストプッシュなので非常時緩和を続け、戦時下のように長期金利を0.25%におさえつけることは本当に正しい政策なのであろうか。それで何をしたいのか。ここ10年日銀は何をしてどのような成果を得られたというのであろうか。
ここにきて今度は物価を取り巻く環境が世界的に大きく変化したにもかかわらず、頑として異常な金融緩和をあらためようとしない。柔軟で機動的な金融政策が必要なときにそれができないのはどうしてなのか。それが本当に正しい金融政策なのか。
我々には物価に応じた賃金上昇も必要だが、物価に応じた金利を得る権利もあるはず。それを放棄させられているという事実を含め、日銀の政策に疑問を投げかける必要があると思う。