日銀による異次元緩和の修正の注目すべきポイントは黒田総裁のもとではありえなかったはずの方向転換にある
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20日の日銀による長期金利の変動幅の拡大は、サプライズとなり、国内市場のみならず、海外市場にも影響を与えるほどであった。どうしてそれほどのサプライズとなったのか。
黒田総裁が就任して以降の日銀の特色は、金融政策での緩和一辺倒にあった。つまりクルマで言えば、ブレーキなくアクセルのみで走っていた。当初掲げた2年で2%の物価目標は達成できず、量的緩和を拡大するなどさらなる緩和に踏み込んだ。ETFという格好で株式も大量に買い入れた。社債やREITなども買い入れた。
2016年には誘導目標の短期金利をマイナスとするマイナス金利政策、それで批判を受けたこともあり、長期金利もコントロール下に置いて、いわゆるイールドカーブコントロールを世界で初めて行ってきた。市場で形成されるとしていたはずの長期金利をも日銀はコントロール下に置いた。
しかし、いくら緩和を強化しようがいっこうに物価は上がってこなかった。そうであれば、日銀としては異次元緩和を続ける名目は成り立っていた。
ところが、新型コロナウイルスの世界的な拡大とともに、ロシアによるウクライナ侵攻も加わって、世界の物価が動き出した。サプライチェーンの問題なども重なったが、エネルギー価格や原材料価格が高騰し、世界の物価がここ数十年経験しなかった水準に上昇しはじめた。
これに対して欧米の中央銀行は利上げに転じた。金融引き締めである。物価の上昇と中央銀行の利上げによって欧米の長期金利は上昇した。
物価を巡る情勢変化によって、少なくとも日銀は金融政策の機動性と柔軟性を取り戻すため、マイナス金利政策やイールドカーブコントロールを撤廃し、いわゆる正常化を進める必要があった。
今年4月から6月あたりが、日本でも正常化を進めるチャンスとなった。ところが日銀は修正どころか、正常化を拒み、その結果、10年新発債を0.25%で無制限に買い入れる指し値オペを実施、さらには債券先物の機動性を奪うためにチーペストと呼ばれる10年国債の7年残存の国債をこちらも無制限に買い入れるという暴挙に出た。
これを伝家の宝刀を抜いたと言う人もいたが、債券市場の機能性を奪うとともに、財政ファイナンスと呼ばれてもおかしくないことをはじめたのである。
欧米の中央銀行と日銀の金融政策が真逆となり、これが円安を促進させた。日本の消費者物価指数は日銀の目標の2%を超えてきた。それにもかかわらず、日銀の黒田総裁は緩和の修正はありえないとして断固拒否してきた。
金融政策を決める政策委員のメンバーも全員一致で、非常時緩和を続ける方に賛成していた。黒田総裁の任期中は正常化どころか緩和の修正すらありえないというのが、ほとんどの市場参加者の見立てとなっていた。
ところが12月20日に急転直下というべき事態が発生した。ありえないとされたイールドカーブコントロールの調整を日銀が行ってきたのである。しかも全員一致で。これはどういうことなのか。
為替や株式市場の動向を見ながら、タイミングを計ってのサプライズを日銀が自らの戦術の下、今回の調整を行った、ということは考えられない。
今回の日銀は自ら進んで調整を行ったとは考えられないのである。それは、例えば債券市場を知り尽くしているはずの高田審議委員が、12月に入り長短金利操作の解除について「残念ながらそういう局面になっていない」と述べていたことからもうかがえる。
日銀は12月20日の金融政策決定会合は現状維持で準備していたはずであった。それがどうして急展開したのか。これには次の22日付けのロイターの記事を注目すべきであろう。
別の関係者によると、日銀が許容幅拡大に向けた根回しに入ったのは決定会合の数日前。政策決定に関わる関係者が踏み込んだ対外発言を禁じられる「ブラックアウト期間」に入る直前だった。「審議委員への根回しも直前だったが、反対意見が出なかったのは政府と同様の問題意識を持っていたことの裏返し」と、この関係者は言う、とあった。
つまりブラックアウトに入る15日の直前に日銀が動きを見せたということになる。それでもどうしてこのタイミングなのか。
岸田政権が安定的な経済成長を実現するための政府と日銀の役割を定めた共同声明を初めて改定する方針を固めたことが12月17日に、複数の政府関係者への取材で分かったと共同通信が報じた。
この記事も注目すべきものであった。
今後本格化させる日銀総裁の人選とともにアコード見直しの是非も含め、政府・日銀間で調整する構えで、首相周辺の1人は「人事と政策を合わせて決めていくこと」と述べた(19日付朝日新聞)。
つまりこのアコードの改定には日銀総裁人事も絡んでいたとみる必要がある。日銀総裁人事を進めていく過程で、政権側がアコード修正も絡めて、日銀に対して政策修正を迫った可能性がある。これを受けて急遽、日銀が動いたという見立てとなる。
市場では長期金利の0.25%の上限をそのまま来年4月どころか、あと2、3年も続けるとの見方すら出ていた。これは黒田総裁などの発言からもそれをうかがわせた。そのために全員一致での異次元緩和を続けていたとも見える。
ところが、それがわずか0.25%の拡大ではあるが、日銀はこれまで存在しなかったかのように振る舞っていた「ブレーキを踏んだ」のである。これは大きな方向転換と言えるものである。
これに日銀の総裁・副総裁人事、アコードなどが絡んでいたものとすれば、今後はそのブレーキを、正常な政策に戻すまで踏んでくるというのが素直な予測となろう。
すでにマイナスであった2年国債の利回りはマイナスを脱してきている。マイナス金利政策の解除も時間の問題となる。そしてイールドカーブコントロールそのものの解除に向けた動きを今後本格化させることが予想される。
これによってこれまで日銀の異常な緩和によって封じられていた金利がその役割を復活させることが期待される。